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第十一話 芸術の虜囚~オギュスト前編~
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オギュストは裕福な商家の次男として生まれた。
音楽を好きになったのは何歳のときだったろうか。
両親と年齢の離れた兄は、オギュストが望むままに教育を与えてくれた。
自分が井の中の蛙だと知ったのは、生まれ育った王国の学園に入学した日だ。
入学式でオギュストは、特待生デジールの演奏を聞いてしまったのだ。
オギュスト自身は特待生になれるほどの才もなく、家の金で入学していた。
デジールは鍵盤楽器奏者でオギュストは弦楽器奏者。
奏でる楽器が違うというのに、才能の違いは残酷なまでに明白だった。
その後王太子マティユのお気に入りとなり、婚約者のいる彼の恋人にまで上がり詰めたデジールのことを、本当は才能など無くてこれまでも体で成り上がってきたのだろう、と罵る人間もいた。
しかしオギュストにはそうは思えなかった。
たぶん彼女には叶わないまでも多少の才能を持ち合わせていたからだろう。
どんなに妬んで汚い言葉で貶めようとしても、オギュストの瞳にはデジールの才能の輝きが飛び込んでくる。そもそも芸術科の校舎で学ぶものならば、同じ授業を受けていなくても耳を擽る彼女の旋律に囚われずにはいられなかった。
(芸術は恋に似ている……)
オギュストはそう思う。
見た目とか性格とか生まれとか、理由は後からついてくるものに過ぎない。
出会ったら最後、囚われて逃れられなくなるのが芸術と恋なのだ。
オギュストは弦楽器に囚われた。
デジールもまた鍵盤楽器に囚われていた。
金しか持たない凡才と王太子にも愛されている天才の運命は、本来なら交わることはなかった。両親や兄が支援してくれても、帝国の音楽大学は才能が足りないという理由でオギュストの入学を許してくれなかった。この王国に嫁いだ皇女に愛されていた音楽大学は今も帝国で優遇を受けていて、商人ごときの金袋では動かなかったのだ。
王太子の妾だと口汚く罵るものであっても、本当はデジールの才能に気づいていた。
気づいているからこそ妬み、自身の才を磨くことを怠ってまで彼女を貶めようとしていた。
そんな輩がデジールとの合奏を受け入れられるはずがない。彼女を認めて称賛するものならなおさらに、自分の才能の無さをさらけ出されるのを嫌がった。
オギュストが卒業式でデジールと合奏することになったのは、結局のところ自暴自棄になっていたからだ。
芸術は恋に似ている。
才能が足りないと音楽大学に拒まれ、優しい家族に家を手伝いながら音楽を続ければ良いと言われて受け入れて、諦めた振りをしていてもオギュストは焦がれていた。愛しい弦楽器で最高の演奏が出来るのなら、その場で命を喪っても良いくらいに芸術に囚われていたのだ。
「……疲れていないか?」
幼いころ兄と出かけたときのことを思い出しながら尋ねると、自分と同じ色の髪と瞳を持つ子どもは無言で頷いた。
アンリ――つい先ほどまでオギュストが生まれ育った王国の王子として育てられていた少年だ。
彼はオギュストとデジールの子どもだった。
「そうか、君は強いな。でも俺は疲れたから、そこの噴水に腰かけて休んでも良いか?」
「あ、はい。気づかなくてごめんなさい!」
どっちが大人かわからないな、と思いながらオギュストはアンリと一緒に広場の噴水のほとりに腰かけた。
実家の商家は近いが、少し気持ちを落ち着ける時間が欲しかったのだ。
音楽大学を卒業してからは祖国へ戻ってきて、王妃の実家が運営する劇場で専属弦楽器奏者になっていた。そちらの宿舎で音楽漬けの暮らしをしていたので、実家へ戻るのは久しぶりだ。事情は王国のほうから伝えられていると聞いていた。
音楽を好きになったのは何歳のときだったろうか。
両親と年齢の離れた兄は、オギュストが望むままに教育を与えてくれた。
自分が井の中の蛙だと知ったのは、生まれ育った王国の学園に入学した日だ。
入学式でオギュストは、特待生デジールの演奏を聞いてしまったのだ。
オギュスト自身は特待生になれるほどの才もなく、家の金で入学していた。
デジールは鍵盤楽器奏者でオギュストは弦楽器奏者。
奏でる楽器が違うというのに、才能の違いは残酷なまでに明白だった。
その後王太子マティユのお気に入りとなり、婚約者のいる彼の恋人にまで上がり詰めたデジールのことを、本当は才能など無くてこれまでも体で成り上がってきたのだろう、と罵る人間もいた。
しかしオギュストにはそうは思えなかった。
たぶん彼女には叶わないまでも多少の才能を持ち合わせていたからだろう。
どんなに妬んで汚い言葉で貶めようとしても、オギュストの瞳にはデジールの才能の輝きが飛び込んでくる。そもそも芸術科の校舎で学ぶものならば、同じ授業を受けていなくても耳を擽る彼女の旋律に囚われずにはいられなかった。
(芸術は恋に似ている……)
オギュストはそう思う。
見た目とか性格とか生まれとか、理由は後からついてくるものに過ぎない。
出会ったら最後、囚われて逃れられなくなるのが芸術と恋なのだ。
オギュストは弦楽器に囚われた。
デジールもまた鍵盤楽器に囚われていた。
金しか持たない凡才と王太子にも愛されている天才の運命は、本来なら交わることはなかった。両親や兄が支援してくれても、帝国の音楽大学は才能が足りないという理由でオギュストの入学を許してくれなかった。この王国に嫁いだ皇女に愛されていた音楽大学は今も帝国で優遇を受けていて、商人ごときの金袋では動かなかったのだ。
王太子の妾だと口汚く罵るものであっても、本当はデジールの才能に気づいていた。
気づいているからこそ妬み、自身の才を磨くことを怠ってまで彼女を貶めようとしていた。
そんな輩がデジールとの合奏を受け入れられるはずがない。彼女を認めて称賛するものならなおさらに、自分の才能の無さをさらけ出されるのを嫌がった。
オギュストが卒業式でデジールと合奏することになったのは、結局のところ自暴自棄になっていたからだ。
芸術は恋に似ている。
才能が足りないと音楽大学に拒まれ、優しい家族に家を手伝いながら音楽を続ければ良いと言われて受け入れて、諦めた振りをしていてもオギュストは焦がれていた。愛しい弦楽器で最高の演奏が出来るのなら、その場で命を喪っても良いくらいに芸術に囚われていたのだ。
「……疲れていないか?」
幼いころ兄と出かけたときのことを思い出しながら尋ねると、自分と同じ色の髪と瞳を持つ子どもは無言で頷いた。
アンリ――つい先ほどまでオギュストが生まれ育った王国の王子として育てられていた少年だ。
彼はオギュストとデジールの子どもだった。
「そうか、君は強いな。でも俺は疲れたから、そこの噴水に腰かけて休んでも良いか?」
「あ、はい。気づかなくてごめんなさい!」
どっちが大人かわからないな、と思いながらオギュストはアンリと一緒に広場の噴水のほとりに腰かけた。
実家の商家は近いが、少し気持ちを落ち着ける時間が欲しかったのだ。
音楽大学を卒業してからは祖国へ戻ってきて、王妃の実家が運営する劇場で専属弦楽器奏者になっていた。そちらの宿舎で音楽漬けの暮らしをしていたので、実家へ戻るのは久しぶりだ。事情は王国のほうから伝えられていると聞いていた。
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