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5・お妃様の木
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「窓を開けましょうか。風を浴びれば気分も変わるでしょう」
「ありがとうございます」
ポール殿下の威圧に臆して体に力が入らなくなっていたので、私は図書室でしばらく休むことにした。あの方の視線が放つ威圧は一種の魔術のような気がする。
なぜか、図書室までベリエ大公が付き添ってくださった。
ありがたいものの、殿下以外の殿方と一緒にいたら不貞の疑惑が深まらないかしら。
「ドリアーヌ嬢、なにかあったのですか? 君の心の色が普段と違います」
「……ポール殿下と喧嘩してしまいました。良かれと思って婚約解消を申し出たのですが、お気に召さなかったみたいです」
ベリエ大公は、人の感情を淡い光で見るという魔術をお持ちだ。
その光の色でなにを考えているのかが大体わかるのだという。
武勇を貴ぶ国なのに、この国の貴族は魔術学院への入学を義務付けられていた。
学院の入学に向けて幼いころから勉強するので、だれでもひとつは魔術を使える。私の魔術は小さな風を起こすだけのものだ。
そうだわ、それを殿下にお見せしようとしてリボンを飛ばしてしまったのだった。
考えてみれば当然かもしれない。
英雄王が不死者を倒したときの光り輝く聖剣は失われてしまった。もし再び不死者が現れたときは魔術で対抗するしかないのだ。魔術で戦っても武勇の誉れとなる。
それに、英雄王が聖剣を光り輝かせていたのは魔術の力だったとも言われている。
「君との婚約を解消しても男爵令嬢は王妃になれませんよ?」
「今から王妃教育をなされば良いかと思いました」
「無理ですね。身分や知識だけでなく……簡単に男を乗り換えるような女性は王妃には向きません。ポールが子爵子息から男爵令嬢を奪ったのではありません。彼女が、より身分の高くて金持ちの男に乗り換えようとして、彼を誘惑したのです」
ベリエ大公は淡々と語る。
従兄なだけあって顔立ち自体はポール殿下に似ているが、殿下よりも華奢で線が細い。髪の色も黒ではなく焦げ茶、日に透けると金色に輝く。肌が抜けるように白いのは、殿下と違って武芸よりも学問を重視していて、いつも室内に籠っていらっしゃるから。
だけど瞳だけは同じ、エメラルド。
「大公殿下、私の心の色はどのように変わっていますか?」
「これまではずっとポールへの愛情で煌めいていたのが静かに凪いでいます」
心の色は、ほかの人間が見ている物体の持つ色とは違うらしい。
「恋を失ったということでしょうか?」
「……失ったというよりも向ける相手が変わった気がします」
恋した相手が今の彼ではなく、思い出の中にしかいない昔の彼だと気づいたからだろうか。
ベリエ大公が窓の外に目を向けた。
図書室の窓の外には、王宮の中庭にあるのと同じ木が立っている。
「あの木、ご存じですか?」
「ええ。英雄王ジャコブと魔術師マティユが不死者退治に旅立つときに、当時王女だった英雄王のお妃様が旅の無事を祈って植えた木ですよね。生き物を育む王女様の魔術で、普通よりも早く成長したとか。王宮の中庭にあるのは、この木の枝を挿し木したものなのでしょう?」
「そうです。私に見えるのは人間の心の色だけなのですが、英雄王のお妃様が植えられた木のせいか、この木だけはときどき心の色を見せてくれる気がします。高い梢が煌めくんです。君がポールへの愛情で煌めかせていた心の色と同じ色で」
「……」
悪かったのは、私のほうだったのかもしれない。
覚えてもいない過去の思い出の中の自分を愛されて、今の自分を見られていないなんて、ポール殿下が不快に感じられるのも当たり前だ。
これからでも間に合うのだろうか。でも……殿下は本当にセリア様を愛していらっしゃらないのかしら。
「私、王宮の木に思い出があるんです」
「ポールとの思い出ですか?」
「はい。未熟な自分の魔術で飛ばしてしまったリボンが枝に絡まって、それを殿下に取っていただいた思い出です。殿下はご自分が木から落ちたりするはずがないとおっしゃいましたが、心配する私に大丈夫だと微笑んでくださった殿下に私は恋をしたんです」
「ドリアーヌ嬢?」
ベリエ大公が私に怪訝そうな視線を向けてくる。
落ち着いた雰囲気に甘えて、つい口に出してしまったけれど、他人の初恋について聞かされても疎ましいだけかもしれない。
「つまらない話をして申し訳ありませんでした。過去にこだわっていても仕方がありませんよね。とりあえずポール殿下は私と婚約解消なさらないそうなので、少しでもお気持ちを向けていただけるよう努力いたしますわ」
「ダメです!」
「え?」
これまでの淡々とした口調が消えて、いきなり激しく否定された。
エメラルドの瞳が、真っ直ぐに私を見つめている。
「私には時間がない。私と婚約してください!」
「え? え?」
わけがわからない。
ベリエ大公は印象の薄い方だった。魔術学院では年が違うから一緒に授業を受けたことがないし、王宮でもめったに顔を合わさない。
それにご本人自身、ついさっきまでお優しいものの熱はない雰囲気で私と接してらっしゃったじゃないですか! 大体、私はポール殿下と婚約中なのですよ? と私が言うと、
「大丈夫です。私は我儘を許される立場ですから」
大公は微笑んで、そう言ったのだった。
「ありがとうございます」
ポール殿下の威圧に臆して体に力が入らなくなっていたので、私は図書室でしばらく休むことにした。あの方の視線が放つ威圧は一種の魔術のような気がする。
なぜか、図書室までベリエ大公が付き添ってくださった。
ありがたいものの、殿下以外の殿方と一緒にいたら不貞の疑惑が深まらないかしら。
「ドリアーヌ嬢、なにかあったのですか? 君の心の色が普段と違います」
「……ポール殿下と喧嘩してしまいました。良かれと思って婚約解消を申し出たのですが、お気に召さなかったみたいです」
ベリエ大公は、人の感情を淡い光で見るという魔術をお持ちだ。
その光の色でなにを考えているのかが大体わかるのだという。
武勇を貴ぶ国なのに、この国の貴族は魔術学院への入学を義務付けられていた。
学院の入学に向けて幼いころから勉強するので、だれでもひとつは魔術を使える。私の魔術は小さな風を起こすだけのものだ。
そうだわ、それを殿下にお見せしようとしてリボンを飛ばしてしまったのだった。
考えてみれば当然かもしれない。
英雄王が不死者を倒したときの光り輝く聖剣は失われてしまった。もし再び不死者が現れたときは魔術で対抗するしかないのだ。魔術で戦っても武勇の誉れとなる。
それに、英雄王が聖剣を光り輝かせていたのは魔術の力だったとも言われている。
「君との婚約を解消しても男爵令嬢は王妃になれませんよ?」
「今から王妃教育をなされば良いかと思いました」
「無理ですね。身分や知識だけでなく……簡単に男を乗り換えるような女性は王妃には向きません。ポールが子爵子息から男爵令嬢を奪ったのではありません。彼女が、より身分の高くて金持ちの男に乗り換えようとして、彼を誘惑したのです」
ベリエ大公は淡々と語る。
従兄なだけあって顔立ち自体はポール殿下に似ているが、殿下よりも華奢で線が細い。髪の色も黒ではなく焦げ茶、日に透けると金色に輝く。肌が抜けるように白いのは、殿下と違って武芸よりも学問を重視していて、いつも室内に籠っていらっしゃるから。
だけど瞳だけは同じ、エメラルド。
「大公殿下、私の心の色はどのように変わっていますか?」
「これまではずっとポールへの愛情で煌めいていたのが静かに凪いでいます」
心の色は、ほかの人間が見ている物体の持つ色とは違うらしい。
「恋を失ったということでしょうか?」
「……失ったというよりも向ける相手が変わった気がします」
恋した相手が今の彼ではなく、思い出の中にしかいない昔の彼だと気づいたからだろうか。
ベリエ大公が窓の外に目を向けた。
図書室の窓の外には、王宮の中庭にあるのと同じ木が立っている。
「あの木、ご存じですか?」
「ええ。英雄王ジャコブと魔術師マティユが不死者退治に旅立つときに、当時王女だった英雄王のお妃様が旅の無事を祈って植えた木ですよね。生き物を育む王女様の魔術で、普通よりも早く成長したとか。王宮の中庭にあるのは、この木の枝を挿し木したものなのでしょう?」
「そうです。私に見えるのは人間の心の色だけなのですが、英雄王のお妃様が植えられた木のせいか、この木だけはときどき心の色を見せてくれる気がします。高い梢が煌めくんです。君がポールへの愛情で煌めかせていた心の色と同じ色で」
「……」
悪かったのは、私のほうだったのかもしれない。
覚えてもいない過去の思い出の中の自分を愛されて、今の自分を見られていないなんて、ポール殿下が不快に感じられるのも当たり前だ。
これからでも間に合うのだろうか。でも……殿下は本当にセリア様を愛していらっしゃらないのかしら。
「私、王宮の木に思い出があるんです」
「ポールとの思い出ですか?」
「はい。未熟な自分の魔術で飛ばしてしまったリボンが枝に絡まって、それを殿下に取っていただいた思い出です。殿下はご自分が木から落ちたりするはずがないとおっしゃいましたが、心配する私に大丈夫だと微笑んでくださった殿下に私は恋をしたんです」
「ドリアーヌ嬢?」
ベリエ大公が私に怪訝そうな視線を向けてくる。
落ち着いた雰囲気に甘えて、つい口に出してしまったけれど、他人の初恋について聞かされても疎ましいだけかもしれない。
「つまらない話をして申し訳ありませんでした。過去にこだわっていても仕方がありませんよね。とりあえずポール殿下は私と婚約解消なさらないそうなので、少しでもお気持ちを向けていただけるよう努力いたしますわ」
「ダメです!」
「え?」
これまでの淡々とした口調が消えて、いきなり激しく否定された。
エメラルドの瞳が、真っ直ぐに私を見つめている。
「私には時間がない。私と婚約してください!」
「え? え?」
わけがわからない。
ベリエ大公は印象の薄い方だった。魔術学院では年が違うから一緒に授業を受けたことがないし、王宮でもめったに顔を合わさない。
それにご本人自身、ついさっきまでお優しいものの熱はない雰囲気で私と接してらっしゃったじゃないですか! 大体、私はポール殿下と婚約中なのですよ? と私が言うと、
「大丈夫です。私は我儘を許される立場ですから」
大公は微笑んで、そう言ったのだった。
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