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13・残念イケメン三兄弟
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矢上家連続襲撃事件を阻止しようと、弟の楽に同行して公園へやってきたわたしは、梅ちゃんと一緒に策を巡らした。
しかし、そこにおにぎり屋さんの弟さんたちが現れて──
「へー。お兄さんは犬神太郎さんとおっしゃるんですか」
わたしの言葉に次郎くんが頷く。
まさかと思っていたが、彼はやはり琴乃ちゃんのクラスの転校生だった。
大型犬を思わせる落ち着いた風格は『次郎さん』と呼びたいところなのだけれど、同級生にさん付けはなんとなく……ということで、『次郎くん』と呼ぶことにした。
というか、太郎、次郎、美果琉って──ご両親、どうしていきなりはっちゃけた。
「いただきまーす」
ミカルくんが、満面に笑みを浮かべてわたしのパウンドケーキを頬張る。
ベンチには楽を真ん中にして左右に彼と舞夏ちゃんが座っていた。
ギリギリ五人座れそうな気もするものの、小学生三人にゆったり座ってもらったほうがいいだろう。
舞夏ちゃんの隣にわたしが立ち、ミカルくんの横に次郎くんが立っている。
梅ちゃんはわたしの肩で、プルプルと震えていた。
おにぎり屋さんの弟さんたちに捕獲された恐怖からまだ抜けきっていないらしい。
昨日は足が痺れた太郎さんのことをからかうくらい元気だったのに。
──はむはむ、ごっくん。
ひと口分のパウンドケーキを飲み込んで、ミカルくんの瞳が輝き出す。
「美味しいですー! ね、ちぃ兄ちゃん?」
「……ああ」
「和奏さんのパウンドケーキ美味しいよね!」
「はいですー!」
「……ぐるるるる」
最後に唸ったのは、恥ずかしながら我が弟・楽である。
自分を挟んで笑い合う花のような二人を睨みつけている。
いやそこで会話に加わらないとダメなんじゃないかな?
お姉ちゃん心配。
「本当に美味しい」
次郎くんがわたしに、眩しいほど煌めいた笑顔を向ける。
え? そんなにかな?……嬉しいな。
照れて言葉も返せないわたしに、次郎くんは称賛を浴びせ続けた。
「この大ざっぱで適当な配合、いい加減なことが感じ取れる手順!」
「お店のスイーツとは全然違いますー」
……称……賛?
わたしの肩に座った梅ちゃんが溜息をつく。
猟犬隊に捕まった恐怖から、やっと立ち直れたようだ。
呆れたように小声で言う。
『……コイツら本気で褒めてるつもりみたいだし』
うん、そうだね。
次郎くんとミカルくんの顔には嫌味や皮肉は感じられない。
本当にわたしのパウンドケーキを美味しいと思ってくれている顔だ。
ミカルくんなんかほっぺが落ちないよう両手で押さえて、天使の笑みを浮かべている。
舞夏ちゃんが困惑した表情でわたしを見る。
「えっと……飾り気がなくて素朴なところがいいって言ってるんだと思いますよ?」
ううう、舞夏ちゃんは良い子だねえ。
我が弟は相変わらず、ミカルくんを睨んで唸っている。
楽ごときに睨まれても毛ほども気にせず、ミカルくんは立ち上がった。
天使の笑顔を浮かべたまま、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「美味しいです、美味しいですー! 僕、このケーキ毎日食べたいですー!」
「あはは、ありがとう」
お礼を言って、わたしはパウンドケーキをもう一個ミカルくんに渡した。
それを見た次郎くんが小さく、あ、と声を上げて顔を真っ赤に染める。
「次郎くんもどうぞ」
「え、いや、その……」
「たくさんあるし、次郎くんにはお茶を奢ってもらったので」
そうなのだ。
楽が飲み物を買いに行く直前に彼らが現れたこともあり、パウンドケーキのお礼にと、次郎くんがお茶を買って来てくれたのである。
ちなみにそのとき、ミカルくんはベンチに座ってお兄さんを待っていた。
細い足をバタバタさせる仕草が可愛かったな。
……楽。舞夏ちゃんの視線は、天使のようなミカルくんでも彼を睨むあなたでもなく、しなやかに疾走して人数分の飲み物を買って来てくれた次郎くんに向けられていることに早く気づこうね。
「ありがとう。それじゃ遠慮なくいただこう。……ああ。この手を抜けるだけ抜いた雑さが本当にたまらないな」
「……えーっと。おにぎり屋さんのおにぎりは、スゴク丁寧に下ごしらえされている感じの上品な味で美味しかったです。太郎さんが作られているんですか?」
ものスゴク美味しそうに食べてくれてはいるのだけれど、このまま聞いていたら心がボロボロになってしまう。
まあ確かに市販のホットケーキの素を使い、ホットケーキの素の袋裏に書かれていたレシピを適当に省略して作っているので、彼の言うことは間違っていない。
バナナですら、ドロドロに潰しているのと形が残っているのと、その中間が入り混じっている。
それはそれで食感が変わって楽しいんじゃないかと自分を誤魔化していたが、今度からはもっと丁寧に作ろうと思う。
思うので、今日のところは話題を変えさせてください。お願いします。
わたしの質問に、次郎くんは首を横に振って見せた。
「いや、おにぎりは全部俺が作っている」
「包むのは僕がしてます。棚に並べるのも僕とちぃ兄ちゃんの仕事でーす。お金関係の処理もちぃ兄ちゃんがやってるんだよねー?」
「ああ、そうだ」
「……太郎さんのお仕事は?」
次郎くんとミカルくんは顔を見合わせた。
「店番、だよな?」
「あんまりお客さん来ないし、たまに飽きて裏に引っこんで寝てるけど、大兄ちゃんのお仕事は店番でーす」
「そうですか」
このふたりも結構残念臭がするものの、一番の残念イケメンは長兄の太郎さんで間違いないようだ。
昨日のわたしはサービスでおにぎりをもらったので、金銭のやり取りはしてないし。
★ ★ ★ ★ ★
そのころのおにぎり屋さん111では──
「くしゃん!……おや、だれかが私の噂をしているようですね。昨日のお嬢さんの助けで、あのネズミが未練を思い出したんでしょうか?」
見た目だけはいい犬神太郎がくしゃみをして、ひとりでなにやら納得していた。
★ ★ ★ ★ ★
……普通のお店じゃないみたいだから、儲けがなくてもいいのかな?
しかし、そこにおにぎり屋さんの弟さんたちが現れて──
「へー。お兄さんは犬神太郎さんとおっしゃるんですか」
わたしの言葉に次郎くんが頷く。
まさかと思っていたが、彼はやはり琴乃ちゃんのクラスの転校生だった。
大型犬を思わせる落ち着いた風格は『次郎さん』と呼びたいところなのだけれど、同級生にさん付けはなんとなく……ということで、『次郎くん』と呼ぶことにした。
というか、太郎、次郎、美果琉って──ご両親、どうしていきなりはっちゃけた。
「いただきまーす」
ミカルくんが、満面に笑みを浮かべてわたしのパウンドケーキを頬張る。
ベンチには楽を真ん中にして左右に彼と舞夏ちゃんが座っていた。
ギリギリ五人座れそうな気もするものの、小学生三人にゆったり座ってもらったほうがいいだろう。
舞夏ちゃんの隣にわたしが立ち、ミカルくんの横に次郎くんが立っている。
梅ちゃんはわたしの肩で、プルプルと震えていた。
おにぎり屋さんの弟さんたちに捕獲された恐怖からまだ抜けきっていないらしい。
昨日は足が痺れた太郎さんのことをからかうくらい元気だったのに。
──はむはむ、ごっくん。
ひと口分のパウンドケーキを飲み込んで、ミカルくんの瞳が輝き出す。
「美味しいですー! ね、ちぃ兄ちゃん?」
「……ああ」
「和奏さんのパウンドケーキ美味しいよね!」
「はいですー!」
「……ぐるるるる」
最後に唸ったのは、恥ずかしながら我が弟・楽である。
自分を挟んで笑い合う花のような二人を睨みつけている。
いやそこで会話に加わらないとダメなんじゃないかな?
お姉ちゃん心配。
「本当に美味しい」
次郎くんがわたしに、眩しいほど煌めいた笑顔を向ける。
え? そんなにかな?……嬉しいな。
照れて言葉も返せないわたしに、次郎くんは称賛を浴びせ続けた。
「この大ざっぱで適当な配合、いい加減なことが感じ取れる手順!」
「お店のスイーツとは全然違いますー」
……称……賛?
わたしの肩に座った梅ちゃんが溜息をつく。
猟犬隊に捕まった恐怖から、やっと立ち直れたようだ。
呆れたように小声で言う。
『……コイツら本気で褒めてるつもりみたいだし』
うん、そうだね。
次郎くんとミカルくんの顔には嫌味や皮肉は感じられない。
本当にわたしのパウンドケーキを美味しいと思ってくれている顔だ。
ミカルくんなんかほっぺが落ちないよう両手で押さえて、天使の笑みを浮かべている。
舞夏ちゃんが困惑した表情でわたしを見る。
「えっと……飾り気がなくて素朴なところがいいって言ってるんだと思いますよ?」
ううう、舞夏ちゃんは良い子だねえ。
我が弟は相変わらず、ミカルくんを睨んで唸っている。
楽ごときに睨まれても毛ほども気にせず、ミカルくんは立ち上がった。
天使の笑顔を浮かべたまま、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「美味しいです、美味しいですー! 僕、このケーキ毎日食べたいですー!」
「あはは、ありがとう」
お礼を言って、わたしはパウンドケーキをもう一個ミカルくんに渡した。
それを見た次郎くんが小さく、あ、と声を上げて顔を真っ赤に染める。
「次郎くんもどうぞ」
「え、いや、その……」
「たくさんあるし、次郎くんにはお茶を奢ってもらったので」
そうなのだ。
楽が飲み物を買いに行く直前に彼らが現れたこともあり、パウンドケーキのお礼にと、次郎くんがお茶を買って来てくれたのである。
ちなみにそのとき、ミカルくんはベンチに座ってお兄さんを待っていた。
細い足をバタバタさせる仕草が可愛かったな。
……楽。舞夏ちゃんの視線は、天使のようなミカルくんでも彼を睨むあなたでもなく、しなやかに疾走して人数分の飲み物を買って来てくれた次郎くんに向けられていることに早く気づこうね。
「ありがとう。それじゃ遠慮なくいただこう。……ああ。この手を抜けるだけ抜いた雑さが本当にたまらないな」
「……えーっと。おにぎり屋さんのおにぎりは、スゴク丁寧に下ごしらえされている感じの上品な味で美味しかったです。太郎さんが作られているんですか?」
ものスゴク美味しそうに食べてくれてはいるのだけれど、このまま聞いていたら心がボロボロになってしまう。
まあ確かに市販のホットケーキの素を使い、ホットケーキの素の袋裏に書かれていたレシピを適当に省略して作っているので、彼の言うことは間違っていない。
バナナですら、ドロドロに潰しているのと形が残っているのと、その中間が入り混じっている。
それはそれで食感が変わって楽しいんじゃないかと自分を誤魔化していたが、今度からはもっと丁寧に作ろうと思う。
思うので、今日のところは話題を変えさせてください。お願いします。
わたしの質問に、次郎くんは首を横に振って見せた。
「いや、おにぎりは全部俺が作っている」
「包むのは僕がしてます。棚に並べるのも僕とちぃ兄ちゃんの仕事でーす。お金関係の処理もちぃ兄ちゃんがやってるんだよねー?」
「ああ、そうだ」
「……太郎さんのお仕事は?」
次郎くんとミカルくんは顔を見合わせた。
「店番、だよな?」
「あんまりお客さん来ないし、たまに飽きて裏に引っこんで寝てるけど、大兄ちゃんのお仕事は店番でーす」
「そうですか」
このふたりも結構残念臭がするものの、一番の残念イケメンは長兄の太郎さんで間違いないようだ。
昨日のわたしはサービスでおにぎりをもらったので、金銭のやり取りはしてないし。
★ ★ ★ ★ ★
そのころのおにぎり屋さん111では──
「くしゃん!……おや、だれかが私の噂をしているようですね。昨日のお嬢さんの助けで、あのネズミが未練を思い出したんでしょうか?」
見た目だけはいい犬神太郎がくしゃみをして、ひとりでなにやら納得していた。
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……普通のお店じゃないみたいだから、儲けがなくてもいいのかな?
応援ありがとうございます!
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