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18・おにぎり屋さん111
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突然の誘いを受けて、春歌ちゃんと駅前のクレープ屋さんに行ったわたし。
定番の苺チョコカスタードクレープにしたけど、やっぱり季節限定の桜餅パフェのクレープのほうが良かったかなあ、なんて思っていたら、春歌ちゃんから衝撃の告白が!
冬花さんは、舞夏ちゃんとは血がつながってなかったんだって。
そして春歌ちゃんは──
「……おばあちゃんが亡くなって、おばあちゃんが私に遺してくれるって言っていたペンダントを舞夏が持っているのに気づいたときは……心臓が潰れそうだった。私としか血がつながっていないおばあちゃんでさえ、舞夏を選んだんだって思って」
言いながら、春歌ちゃんは首を横に振る。
「私、幸せなのよ? お父さんもお義母さんも大好きなの。亡くなった本当のお母さんに申し訳ないくらい毎日楽しいわ。舞夏だってスゴク良い子で可愛い自慢の妹で……私は年上だしお姉ちゃんなんだからって譲ったり我慢したりするのも自分で選んだことで……なのに……」
「……春歌ちゃん、それは辛いよ」
「和奏さん……」
「お母さんが違うとか舞夏ちゃんは年下で妹だからとか、そういうことは関係なくて、大好きな人に約束を破られたかもしれないって感じたら、だれだって辛いよ」
春歌ちゃんはハンカチを取り出して、思い出し涙で潤んだ目元を拭った。
それから照れくさそうに笑う。
「ありがとう。……でもごめんなさい。全部誤解だったの。実は約束のペンダントのトップが外れてね、おばあちゃんは老眼で直せなかったから舞夏に頼んでたのよ。だけどその後すぐにおばあちゃんが亡くなったから、ショックを受けた舞夏はなかなか直す気力が沸かなくて……」
やっとの思いで気合いを入れてアクセサリー作りが趣味の友達に教わって直したペンダントは公園に落としてしまった、のだという。
「昨日、和奏さんと隣のクラスの犬神くんが探すのを手伝ってくれたんでしょう? 舞夏に聞いてるわ」
……うちの弟の楽と犬神くんの弟のミカルくんもいました。
まあ、春歌ちゃんが省略しただけかもしれないけど。
「昨日、公園から戻った舞夏に事情を聞かされてペンダントを渡されてね、ふたりでおばあちゃんのことをいっぱい話したの。泣いて泣いて、お父さんとお義母さんが心配して覗きに来るくらい泣きながら、ね。それで……和奏さんに会いたいと思ったの」
「わたしに?」
春歌ちゃんはちらりとわたしを見て、拗ねたように唇を尖らせた。
「ずっと心配してくれてたし……私たち、友達でしょ? だから嬉しいことを報告したかったの」
「そっか。うん、教えてくれてありがとう。安心した!……そういえば、今日はペンダントはしてこなかったんだね」
今日の春歌ちゃんが着ているピンク色のワンピースに、あの梅の花をモチーフにしたペンダントはとてもよく似合いそうなのに。
もう梅の季節ではないからだろうか。
春歌ちゃんはイタズラっ子のような笑みを浮かべる。
「あのペンダント、舞夏にあげたの」
「え?」
「私のほうが年上なぶん、おばあちゃんとの思い出が多いから。そのほうがいいかなって思ったの」
『……春歌はいい子だね、おばあちゃんは春歌が大好きだよ……』
肩の梅ちゃんが発した言葉に、わたしは息を呑んだ。
ギャル風でない話し方をするその声は、なんだかだれかによく似て聞こえた。
春歌ちゃんがぽかん、とした顔でわたしを見つめる。
「今の……和奏さん? おばあちゃんの声で、私に……」
「う、うん、そうなの。上手いでしょ?」
春歌ちゃんは頬を膨らませた。
なんだか新鮮だ。
彼女はもっとおとなしい子だと勝手に思っていた。
「亡くなった人のモノマネするなんて、悪い趣味よ」
「そうだね、ごめん」
「苺チョコカスタードクレープをひと口くれないと許しません」
わたしが差し出した苺チョコカスタードクレープを齧った後、春歌ちゃんは自分の桜餅パフェクレープをひと口くれた。
丸ごとの桜餅と桜餅味のアイスが入ったクレープは、食べにくいけど美味しかった。
限定期間が終わる前に再来店できたら、今度は頼んでみよう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
夕焼けの公園で春歌ちゃんと別れて、帰路を辿る。
言いたいことはたくさんあるのに、口から出てこない。
家の前も通り過ぎて、おにぎり屋さんが近くなったころ、わたしはようやく唇を開いた。
「……ねえ梅ちゃん。梅ちゃんって、もしかして……」
『待って!』
肩の梅ちゃんが、わたしの言葉を遮る。
『まだその名前は口にしないで。根の国へ引き戻されちゃうから』
「そういうものなの? というか、じゃあやっぱり……」
『うん。和奏ちゃんが想像している通りだと思うわ』
「もうギャルしゃべりじゃないんだ。……そもそもなんでギャル風だったの?」
『ネットのゲームで対戦したり協力したりするとき、若いギャルの振りをしておくといろいろとお得だったのよ』
……そうですか。
わたしはコメントを控えた。
梅ちゃんが見たくなって、彼女に手を伸ばす。
一昨日のおにぎり屋さんで掴もうとしたときのように消えたりせず、梅ちゃんはわたしの手のひらに乗ってくれた。
顔の前に近づけて見つめる。
鼻がピンク色で、真っ黒でまん丸の目をした灰色ネズミだ。
わたしが知っている、梅の花が咲く日に産まれた人の面影は見つけられなかった。
『……和奏ちゃん』
「……うん」
『春歌と舞夏のこと、ありがとう』
「わたし、なんにもしてませんよ」
『おやおや。私はまだ梅ちゃんなんだからタメ口で話してちょうだい』
「そんなこと言われても」
『うふふ、そうねえ。難しいかもしれないわねえ。……この数日、普通の年の近い友達みたいに過ごせて楽しかったわ。生前は、私の最後の友達になってくれてありがとう』
灰色ネズミの体が白く変わっていく。
「ふゆっ……梅ちゃん!」
『ああ、これで最後の未練も消えた。自分でも気づいてなかったけど、半分じゃなかったのね。昨日解決したのは三分の一だわ。孫たちの問題を解決して誤解を解くこと、友達と楽しく過ごすこと……それが私の未練だったみたいよ』
「……ランキングに入賞したのは?」
『それは何度もしてるもの』
真っ白になったネズミは、今度はうっすらと透き通っていった。
『これからも春歌と仲良くしてやってね。あの子、いつも私に嫉妬してたのよ。おばあちゃんばっかり和奏ちゃんと仲良くしてズルい、って』
「春歌ちゃんにゲーム勧めてみようかな」
『そうね。そのときは課金はほどほどにするように言ってやってくれる? あの子の両親は甘いのよ』
「……どうしても根の国に行かなきゃいけないの?」
『あらイヤだ。和奏ちゃんは私に悪霊になれって言うの?』
「そんなこと……」
『昨日おにぎりを半分こしたの、楽しかったわ。……私たち、これからも友達よね?』
「うん。ずっとずっと友達よ……冬花ちゃん……」
もうほとんど見えなくなっていたネズミは、最後に名前を呼ぶと、友達の顔で微笑んで消えた。
──しばらくして気が付くと、わたしはおにぎり屋さんの前に立っていた。
ずっと歩き続けていたのだ。
入り口の横に立てられた看板に目を向ける。
『イチイチイチ』じゃなくて『ワンワンワン』か。
「……ふふっ……」
起こったことの報告と大切な友達がちゃんと根の国へ行ったかを確認するために、わたしは頬を流れる涙を拭って、お店の扉を開けた。
定番の苺チョコカスタードクレープにしたけど、やっぱり季節限定の桜餅パフェのクレープのほうが良かったかなあ、なんて思っていたら、春歌ちゃんから衝撃の告白が!
冬花さんは、舞夏ちゃんとは血がつながってなかったんだって。
そして春歌ちゃんは──
「……おばあちゃんが亡くなって、おばあちゃんが私に遺してくれるって言っていたペンダントを舞夏が持っているのに気づいたときは……心臓が潰れそうだった。私としか血がつながっていないおばあちゃんでさえ、舞夏を選んだんだって思って」
言いながら、春歌ちゃんは首を横に振る。
「私、幸せなのよ? お父さんもお義母さんも大好きなの。亡くなった本当のお母さんに申し訳ないくらい毎日楽しいわ。舞夏だってスゴク良い子で可愛い自慢の妹で……私は年上だしお姉ちゃんなんだからって譲ったり我慢したりするのも自分で選んだことで……なのに……」
「……春歌ちゃん、それは辛いよ」
「和奏さん……」
「お母さんが違うとか舞夏ちゃんは年下で妹だからとか、そういうことは関係なくて、大好きな人に約束を破られたかもしれないって感じたら、だれだって辛いよ」
春歌ちゃんはハンカチを取り出して、思い出し涙で潤んだ目元を拭った。
それから照れくさそうに笑う。
「ありがとう。……でもごめんなさい。全部誤解だったの。実は約束のペンダントのトップが外れてね、おばあちゃんは老眼で直せなかったから舞夏に頼んでたのよ。だけどその後すぐにおばあちゃんが亡くなったから、ショックを受けた舞夏はなかなか直す気力が沸かなくて……」
やっとの思いで気合いを入れてアクセサリー作りが趣味の友達に教わって直したペンダントは公園に落としてしまった、のだという。
「昨日、和奏さんと隣のクラスの犬神くんが探すのを手伝ってくれたんでしょう? 舞夏に聞いてるわ」
……うちの弟の楽と犬神くんの弟のミカルくんもいました。
まあ、春歌ちゃんが省略しただけかもしれないけど。
「昨日、公園から戻った舞夏に事情を聞かされてペンダントを渡されてね、ふたりでおばあちゃんのことをいっぱい話したの。泣いて泣いて、お父さんとお義母さんが心配して覗きに来るくらい泣きながら、ね。それで……和奏さんに会いたいと思ったの」
「わたしに?」
春歌ちゃんはちらりとわたしを見て、拗ねたように唇を尖らせた。
「ずっと心配してくれてたし……私たち、友達でしょ? だから嬉しいことを報告したかったの」
「そっか。うん、教えてくれてありがとう。安心した!……そういえば、今日はペンダントはしてこなかったんだね」
今日の春歌ちゃんが着ているピンク色のワンピースに、あの梅の花をモチーフにしたペンダントはとてもよく似合いそうなのに。
もう梅の季節ではないからだろうか。
春歌ちゃんはイタズラっ子のような笑みを浮かべる。
「あのペンダント、舞夏にあげたの」
「え?」
「私のほうが年上なぶん、おばあちゃんとの思い出が多いから。そのほうがいいかなって思ったの」
『……春歌はいい子だね、おばあちゃんは春歌が大好きだよ……』
肩の梅ちゃんが発した言葉に、わたしは息を呑んだ。
ギャル風でない話し方をするその声は、なんだかだれかによく似て聞こえた。
春歌ちゃんがぽかん、とした顔でわたしを見つめる。
「今の……和奏さん? おばあちゃんの声で、私に……」
「う、うん、そうなの。上手いでしょ?」
春歌ちゃんは頬を膨らませた。
なんだか新鮮だ。
彼女はもっとおとなしい子だと勝手に思っていた。
「亡くなった人のモノマネするなんて、悪い趣味よ」
「そうだね、ごめん」
「苺チョコカスタードクレープをひと口くれないと許しません」
わたしが差し出した苺チョコカスタードクレープを齧った後、春歌ちゃんは自分の桜餅パフェクレープをひと口くれた。
丸ごとの桜餅と桜餅味のアイスが入ったクレープは、食べにくいけど美味しかった。
限定期間が終わる前に再来店できたら、今度は頼んでみよう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
夕焼けの公園で春歌ちゃんと別れて、帰路を辿る。
言いたいことはたくさんあるのに、口から出てこない。
家の前も通り過ぎて、おにぎり屋さんが近くなったころ、わたしはようやく唇を開いた。
「……ねえ梅ちゃん。梅ちゃんって、もしかして……」
『待って!』
肩の梅ちゃんが、わたしの言葉を遮る。
『まだその名前は口にしないで。根の国へ引き戻されちゃうから』
「そういうものなの? というか、じゃあやっぱり……」
『うん。和奏ちゃんが想像している通りだと思うわ』
「もうギャルしゃべりじゃないんだ。……そもそもなんでギャル風だったの?」
『ネットのゲームで対戦したり協力したりするとき、若いギャルの振りをしておくといろいろとお得だったのよ』
……そうですか。
わたしはコメントを控えた。
梅ちゃんが見たくなって、彼女に手を伸ばす。
一昨日のおにぎり屋さんで掴もうとしたときのように消えたりせず、梅ちゃんはわたしの手のひらに乗ってくれた。
顔の前に近づけて見つめる。
鼻がピンク色で、真っ黒でまん丸の目をした灰色ネズミだ。
わたしが知っている、梅の花が咲く日に産まれた人の面影は見つけられなかった。
『……和奏ちゃん』
「……うん」
『春歌と舞夏のこと、ありがとう』
「わたし、なんにもしてませんよ」
『おやおや。私はまだ梅ちゃんなんだからタメ口で話してちょうだい』
「そんなこと言われても」
『うふふ、そうねえ。難しいかもしれないわねえ。……この数日、普通の年の近い友達みたいに過ごせて楽しかったわ。生前は、私の最後の友達になってくれてありがとう』
灰色ネズミの体が白く変わっていく。
「ふゆっ……梅ちゃん!」
『ああ、これで最後の未練も消えた。自分でも気づいてなかったけど、半分じゃなかったのね。昨日解決したのは三分の一だわ。孫たちの問題を解決して誤解を解くこと、友達と楽しく過ごすこと……それが私の未練だったみたいよ』
「……ランキングに入賞したのは?」
『それは何度もしてるもの』
真っ白になったネズミは、今度はうっすらと透き通っていった。
『これからも春歌と仲良くしてやってね。あの子、いつも私に嫉妬してたのよ。おばあちゃんばっかり和奏ちゃんと仲良くしてズルい、って』
「春歌ちゃんにゲーム勧めてみようかな」
『そうね。そのときは課金はほどほどにするように言ってやってくれる? あの子の両親は甘いのよ』
「……どうしても根の国に行かなきゃいけないの?」
『あらイヤだ。和奏ちゃんは私に悪霊になれって言うの?』
「そんなこと……」
『昨日おにぎりを半分こしたの、楽しかったわ。……私たち、これからも友達よね?』
「うん。ずっとずっと友達よ……冬花ちゃん……」
もうほとんど見えなくなっていたネズミは、最後に名前を呼ぶと、友達の顔で微笑んで消えた。
──しばらくして気が付くと、わたしはおにぎり屋さんの前に立っていた。
ずっと歩き続けていたのだ。
入り口の横に立てられた看板に目を向ける。
『イチイチイチ』じゃなくて『ワンワンワン』か。
「……ふふっ……」
起こったことの報告と大切な友達がちゃんと根の国へ行ったかを確認するために、わたしは頬を流れる涙を拭って、お店の扉を開けた。
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