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2・開店です!② 【商人ギルド】/【冒険者ギルド】
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「銀貨一枚で良かったんすか、兄ィ」
道具屋『赤の止まり木』を出て少し歩いたところで、茶色い熊獣人のジャックが言った。
「金貨三十枚持って帰るよりゃマシだ」
オーギュストは溜息とともに言葉を返す。
「んな真似してみろ、商人ギルドの評判を落とすような真似してんじゃねぇってババア……お袋にぶっ殺されちまう」
商人ギルドのギルド長でオーギュストの母グロワールは、多少吹っかけて自分の懐に入れることは許してくれている。
ギルドに登録している店舗を回ってタチの悪い冒険者、いや、冒険者崩れや名を騙っているだけのチンピラどもと対峙する危険な役目を受け持っているからだ。
「ほう。お嬢のことをババアと言いかけて言い直したな。坊はよほどあの嬢ちゃんが気に入ったらしい」
「うるせぇぞ、ユーグ。てかお前、四十近い女をお嬢とか呼ぶな」
鈴を鳴らしたような声のユーグは、オッサンくさい口調で答えた。
「そいつぁ無理な話でさあ。あっしはお嬢のオムツを替えてたんですぜ?」
ハーフエルフのユーグは祖父の代からオーギュストの家に仕えている。
グロワールのこともオーギュストのことも赤ん坊のころから面倒を見ていた。
茶色い髪の熊獣人ジャックが口を開く。
「月に金貨三十枚でもイケそうな気ぃしましたけどね。あの店のライフポーション、どれも良い出来だったっすよ」
「あの世間知らず振りだ。過保護な師匠が持たせたとかじゃねぇの?」
「劣化してる匂いはなかったっすね。昨日か今日作ったばかりのライフポーションだったっすよ、兄ィ」
ポーション類は時間による劣化が激しい。もちろん劣化すれば効力は落ちる。
だからこそ冒険者達は新鮮なものを求めるのだが、冒険都市ラビラントの景気の良さに引かれて集まるチンピラどものせいでポーション類を扱う店が長続きしないという問題があった。
奴らは店主を脅して安値で買い占め、高値で転売するのだ。
景気が良いので、新しい店もすぐできるのが救いだった。
遠方から仕入れると、輸送費が加わって高くなる上に劣化も進んでいる。
「天才ゆえの世間知らずだったのかね。それにしても相変わらず鼻が良いな、ジャック。その鼻を活かした仕事を探しちゃどうだ。てかお前、年下の俺の舎弟やってていいのかよ」
実はオーギュスト、エメと同じ十八歳だった。
しかし老け顔で、昔から年より上に見られがちだ。
年上のジャックに『兄ィ』呼びされているせいもあるのでは? と本人は思っているのだが、
「もちろんっす。俺っちは一生兄ィについて行くつもりっす」
ジャックに改める気はなさそうだ。
「……はあ。あの店が軌道に乗るまでは重点的に見回りに行くぞ。女ひとりだといろいろ大変そうだしな」
「うっす」
「わかりやした」
★ ★ ★ ★ ★
「いらっしゃいませ!」
商人ギルドのオーギュストさんの次にやって来たのは、金髪の青年でした。
「こんにちは。今日からですか?」
「はい! 良かったら見て行ってくださいね」
わたしが言うと、彼は微笑みました。
「ごめんなさい、買い物じゃないんです。私はフレデリク。ラビラントの治安を守る大神殿の聖騎士団団長です」
「そうでしたか。初めまして、この店の店長のエメです」
騎士だと聞いて身構えてしまいます。
わたしが冒険都市ラビラントで冒険者さんのためのお店を開こうと思ったのは、冒険者さんに恩があるからです。
──八年前、わたしの故郷モラン村は魔獣の群れに襲われました。
近くの森で魔獣が増えていることは前からわかっていたので、何度もご領主様に助けを求めていたのだけれど、一向に助けは来ていなかったのです。
魔獣の群れに襲われた村を救ってくれたのは、たまたま滞在していたふたりの冒険者さん。魔法剣士のリュシーさんと神官のガスパールさんでした。
ふたりは事後処理も協力してくれました。
その際、ご領主様が助けを送ってくれなかったのは、ご領主様の元へ話が行く前に当時の騎士団長が握り潰していたからだとわかったのです。理由までは知りません。
そういうわけで、わたしは騎士という存在が好きではないのです。
「初めまして、エメさん。私が店に入る前に商人ギルドのオーギュスト達が出ていくのが見えましたが大丈夫でしたか? 彼らは暴漢からから店を守ると言って、ギルドの登録料に上乗せした法外な金額を要求することがあるんです。困っているのなら相談に乗りますよ」
「大丈夫です。銀貨一枚に負けてくださいましたから」
「銀貨一枚ですか? それはスゴイ。あなたはまだ若いのに、錬金術だけでなくて交渉術にも長けているんですね」
オーギュストさんが親切だっただけだと思います。
お客さんじゃないんなら早く帰ってくれないでしょうか、この人。
この人が悪いんじゃないってわかっていても、騎士が店にいると思うと、カウンターの下に隠してある緊急用の爆弾を投げつけたくなるのです。
大神殿への寄付でも要求されるかと思っていたのですが、騎士はひとりでペラペラしゃべっただけで帰って行きました。
開店初日から殺人犯にならなくて良かったです。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
騎士が帰ったあとで、ぽつぽつ冒険者さんが来てくれました。
数万人が暮らす冒険都市ラビラントの地下にある迷宮はとても広いので、大神殿が結界を張った区域だけを約一年に渡って解放する仕組みになっています。
迷宮に巣食う魔獣から取れる皮や肉、骨などの素材も、迷宮を構成している植物や鉱物もラビラントの大切な資源で、この町と冒険者さんを豊かにしているのです。もちろん冒険者さんに寄り添う商人も。
一年が終わるころ、結界が切れて魔獣が暴走する一週間は迷宮への立ち入りが禁止される代わりに、地上の町でお祭りが開催されます。
お祭りは今月末に開催予定。
みんなお祭りの前に荒稼ぎしたいから、それまではすごく繁盛するよ、と教えてもらいました。
ライフポーションと一緒に護符も追加しておいたほうがいいかもしれませんね。
どちらの原料も商人ギルドか冒険者ギルドで仕入れることができます。
商人ギルドは品切れがない代わり、原料のランクが低い。
原料のランクが低いと、効き目の強いポーション類は作れません。
ポーション類の効き目は液体の放つ輝きの違いで判断できます。鼻の利く獣人の方は匂いでもわかるみたいです。
冒険者ギルドは迷宮で採取してきた原料を売っているのでランクが高い。
でも品があるとは限らないのです。
うーん、どうしよう?
【商人ギルド】/【冒険者ギルド】
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
【商人ギルド】/【冒険者ギルド】←
一長一短なのですが……今回は冒険者ギルドで原料を仕入れることにしました。
効き目の強いポーション類のほうが高く売れるのです。
早くたくさん儲けて、負けてもらってる分の登録料を支払いたいですからね。
登録料が銀貨一枚だったから、高い原料を大量に買い込めるお金も残っています。
お店を閉めたあと、わたしは冒険者ギルドへ向かいました。
残念ながら、赤毛の獅子獣人のリュシーさんもハシバミ色の髪と目の神官ガスパールさんとも再会できませんでした。拠点はラビラントだって聞いてたんですけれど。
迷宮に潜っているのか、遠方に出かけているのか。
ふたりはとても仲が良さそうだったから、もしかしたら結婚して引退したのかもしれません。
お礼を言えないのは寂しいけれど、ふたりの後輩冒険者さんのために良いポーション類を作りましょう!
そう気合いを入れ直し、その日は少し夜更かしをしてライフポーションを作りました。
モラン村の実家が薬屋なので、薬の調合自体は子どものころから見て育ちました。
作った薬に魔力を注いでポーションにするのが錬金術の技。
HP回復をするライフポーションが作れれば錬金術師として一人前なのです。
お店も開いたことだし、今夜はMP回復を回復するマナポーションの調合にも挑戦してみましょう。
どんな道に進んでも修行は一生。
マナポーションが作れたら、中級レベルの錬金術師です。
手に入りにくいマナの花も仕入れることができました。
マナの花をすり潰して、沸騰させた蒸留水とよく混ぜます。
苦みを和らげるためにハチミツを少し。できた白銀の液体に魔力を注いで、月光のような輝きが現れたら完成。
ここで焦ると魔力抜きでも鎮痛剤として使える薬が台無しになります。
うん、成功。満月レベルの輝きです。
マナポーションはライフポーションよりも劣化しやすいので、早く売れますように。
道具屋『赤の止まり木』を出て少し歩いたところで、茶色い熊獣人のジャックが言った。
「金貨三十枚持って帰るよりゃマシだ」
オーギュストは溜息とともに言葉を返す。
「んな真似してみろ、商人ギルドの評判を落とすような真似してんじゃねぇってババア……お袋にぶっ殺されちまう」
商人ギルドのギルド長でオーギュストの母グロワールは、多少吹っかけて自分の懐に入れることは許してくれている。
ギルドに登録している店舗を回ってタチの悪い冒険者、いや、冒険者崩れや名を騙っているだけのチンピラどもと対峙する危険な役目を受け持っているからだ。
「ほう。お嬢のことをババアと言いかけて言い直したな。坊はよほどあの嬢ちゃんが気に入ったらしい」
「うるせぇぞ、ユーグ。てかお前、四十近い女をお嬢とか呼ぶな」
鈴を鳴らしたような声のユーグは、オッサンくさい口調で答えた。
「そいつぁ無理な話でさあ。あっしはお嬢のオムツを替えてたんですぜ?」
ハーフエルフのユーグは祖父の代からオーギュストの家に仕えている。
グロワールのこともオーギュストのことも赤ん坊のころから面倒を見ていた。
茶色い髪の熊獣人ジャックが口を開く。
「月に金貨三十枚でもイケそうな気ぃしましたけどね。あの店のライフポーション、どれも良い出来だったっすよ」
「あの世間知らず振りだ。過保護な師匠が持たせたとかじゃねぇの?」
「劣化してる匂いはなかったっすね。昨日か今日作ったばかりのライフポーションだったっすよ、兄ィ」
ポーション類は時間による劣化が激しい。もちろん劣化すれば効力は落ちる。
だからこそ冒険者達は新鮮なものを求めるのだが、冒険都市ラビラントの景気の良さに引かれて集まるチンピラどものせいでポーション類を扱う店が長続きしないという問題があった。
奴らは店主を脅して安値で買い占め、高値で転売するのだ。
景気が良いので、新しい店もすぐできるのが救いだった。
遠方から仕入れると、輸送費が加わって高くなる上に劣化も進んでいる。
「天才ゆえの世間知らずだったのかね。それにしても相変わらず鼻が良いな、ジャック。その鼻を活かした仕事を探しちゃどうだ。てかお前、年下の俺の舎弟やってていいのかよ」
実はオーギュスト、エメと同じ十八歳だった。
しかし老け顔で、昔から年より上に見られがちだ。
年上のジャックに『兄ィ』呼びされているせいもあるのでは? と本人は思っているのだが、
「もちろんっす。俺っちは一生兄ィについて行くつもりっす」
ジャックに改める気はなさそうだ。
「……はあ。あの店が軌道に乗るまでは重点的に見回りに行くぞ。女ひとりだといろいろ大変そうだしな」
「うっす」
「わかりやした」
★ ★ ★ ★ ★
「いらっしゃいませ!」
商人ギルドのオーギュストさんの次にやって来たのは、金髪の青年でした。
「こんにちは。今日からですか?」
「はい! 良かったら見て行ってくださいね」
わたしが言うと、彼は微笑みました。
「ごめんなさい、買い物じゃないんです。私はフレデリク。ラビラントの治安を守る大神殿の聖騎士団団長です」
「そうでしたか。初めまして、この店の店長のエメです」
騎士だと聞いて身構えてしまいます。
わたしが冒険都市ラビラントで冒険者さんのためのお店を開こうと思ったのは、冒険者さんに恩があるからです。
──八年前、わたしの故郷モラン村は魔獣の群れに襲われました。
近くの森で魔獣が増えていることは前からわかっていたので、何度もご領主様に助けを求めていたのだけれど、一向に助けは来ていなかったのです。
魔獣の群れに襲われた村を救ってくれたのは、たまたま滞在していたふたりの冒険者さん。魔法剣士のリュシーさんと神官のガスパールさんでした。
ふたりは事後処理も協力してくれました。
その際、ご領主様が助けを送ってくれなかったのは、ご領主様の元へ話が行く前に当時の騎士団長が握り潰していたからだとわかったのです。理由までは知りません。
そういうわけで、わたしは騎士という存在が好きではないのです。
「初めまして、エメさん。私が店に入る前に商人ギルドのオーギュスト達が出ていくのが見えましたが大丈夫でしたか? 彼らは暴漢からから店を守ると言って、ギルドの登録料に上乗せした法外な金額を要求することがあるんです。困っているのなら相談に乗りますよ」
「大丈夫です。銀貨一枚に負けてくださいましたから」
「銀貨一枚ですか? それはスゴイ。あなたはまだ若いのに、錬金術だけでなくて交渉術にも長けているんですね」
オーギュストさんが親切だっただけだと思います。
お客さんじゃないんなら早く帰ってくれないでしょうか、この人。
この人が悪いんじゃないってわかっていても、騎士が店にいると思うと、カウンターの下に隠してある緊急用の爆弾を投げつけたくなるのです。
大神殿への寄付でも要求されるかと思っていたのですが、騎士はひとりでペラペラしゃべっただけで帰って行きました。
開店初日から殺人犯にならなくて良かったです。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
騎士が帰ったあとで、ぽつぽつ冒険者さんが来てくれました。
数万人が暮らす冒険都市ラビラントの地下にある迷宮はとても広いので、大神殿が結界を張った区域だけを約一年に渡って解放する仕組みになっています。
迷宮に巣食う魔獣から取れる皮や肉、骨などの素材も、迷宮を構成している植物や鉱物もラビラントの大切な資源で、この町と冒険者さんを豊かにしているのです。もちろん冒険者さんに寄り添う商人も。
一年が終わるころ、結界が切れて魔獣が暴走する一週間は迷宮への立ち入りが禁止される代わりに、地上の町でお祭りが開催されます。
お祭りは今月末に開催予定。
みんなお祭りの前に荒稼ぎしたいから、それまではすごく繁盛するよ、と教えてもらいました。
ライフポーションと一緒に護符も追加しておいたほうがいいかもしれませんね。
どちらの原料も商人ギルドか冒険者ギルドで仕入れることができます。
商人ギルドは品切れがない代わり、原料のランクが低い。
原料のランクが低いと、効き目の強いポーション類は作れません。
ポーション類の効き目は液体の放つ輝きの違いで判断できます。鼻の利く獣人の方は匂いでもわかるみたいです。
冒険者ギルドは迷宮で採取してきた原料を売っているのでランクが高い。
でも品があるとは限らないのです。
うーん、どうしよう?
【商人ギルド】/【冒険者ギルド】
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
【商人ギルド】/【冒険者ギルド】←
一長一短なのですが……今回は冒険者ギルドで原料を仕入れることにしました。
効き目の強いポーション類のほうが高く売れるのです。
早くたくさん儲けて、負けてもらってる分の登録料を支払いたいですからね。
登録料が銀貨一枚だったから、高い原料を大量に買い込めるお金も残っています。
お店を閉めたあと、わたしは冒険者ギルドへ向かいました。
残念ながら、赤毛の獅子獣人のリュシーさんもハシバミ色の髪と目の神官ガスパールさんとも再会できませんでした。拠点はラビラントだって聞いてたんですけれど。
迷宮に潜っているのか、遠方に出かけているのか。
ふたりはとても仲が良さそうだったから、もしかしたら結婚して引退したのかもしれません。
お礼を言えないのは寂しいけれど、ふたりの後輩冒険者さんのために良いポーション類を作りましょう!
そう気合いを入れ直し、その日は少し夜更かしをしてライフポーションを作りました。
モラン村の実家が薬屋なので、薬の調合自体は子どものころから見て育ちました。
作った薬に魔力を注いでポーションにするのが錬金術の技。
HP回復をするライフポーションが作れれば錬金術師として一人前なのです。
お店も開いたことだし、今夜はMP回復を回復するマナポーションの調合にも挑戦してみましょう。
どんな道に進んでも修行は一生。
マナポーションが作れたら、中級レベルの錬金術師です。
手に入りにくいマナの花も仕入れることができました。
マナの花をすり潰して、沸騰させた蒸留水とよく混ぜます。
苦みを和らげるためにハチミツを少し。できた白銀の液体に魔力を注いで、月光のような輝きが現れたら完成。
ここで焦ると魔力抜きでも鎮痛剤として使える薬が台無しになります。
うん、成功。満月レベルの輝きです。
マナポーションはライフポーションよりも劣化しやすいので、早く売れますように。
応援ありがとうございます!
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