ラビラントの錬金術師

豆狸

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おまけ・レオナール二世である!

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 祭りが終わった。
 毎年恒例の祭りではあるけれど、特に問題もなく終わったというのは喜ぶべきことである。

 十年前に出奔していた双子の姉リュシーが戻ってきたのも嬉しいことだ。
 もっともこれまでもちょくちょく顔を覗かせていたし、今後も領主館に居つくわけではなく冒険者生活を続けるつもりらしいのだが。
 とりあえずガスパール殿と正式に結婚することになったのはめでたいと言える。

 冒険都市ラビラントが生み出す富は、いまやこの国カバネル王国の屋台骨だ。
 父上レオナール一世のことを獣人領主とバカにしていた貴族達もすり寄ってきている。
 口先だけの世辞を真に受けて、町の支配権を奪われないよう気をつけなければ。

 いずれこの町を俺が受け継ぐことになるのか……はあ。
 考えただけで責任に押し潰されそうだ。
 俺が溜息をついたとき、

「二世! 見ろ、二世!」

 双子の姉が執務室に飛び込んできた。

「その呼び名はやめろ、リュシー。俺はレオナール二世だ」
「二世だろ?」
「名前で呼べと言っているんだ」
「父上もレオナールだからややこしいじゃないか」
「この館に父上を名前で呼ぶものはいない。母上だって旦那様と呼んでいるではないか」
「えー? 昔は二世と呼ばれて喜んでいたぞ?」

 リュシーが唇を尖らせる。
 子どものころは知らなかっただけだ。
 冒険都市ラビラント領主の座を受け継ぐというのはどういうことかを。

「まあいいか。可愛い弟の頼みは聞いてやるぞ、レオ」
「そうしてくれるとありがたい。……それで、なんのようだ? リュシーがヴァランタン殿を連れ回しているから、その分のシワ寄せが俺に来ていて忙しいのだが」
「魔法使いの本業は魔法を使うことだろ。私は彼の力を正しく使っているぞ」
「領主付きの魔法使いとしては、この町で発生する魔法関係の問題を解決するのが本業だ」
「なにか起こっているのか?」

 騒動好きのリュシーが瞳を輝かせる。

「問題といっても事件というわけではない。魔具の認可や冒険者ギルドに属する魔法使いのレベルの把握など、有能な魔法使いでなければ判断できない事柄のことだ」
「そうか、面倒だな」
「面倒でも、だれかがやらなくてはいけないことだ」
「レオは真面目だな。しっかりものの跡取りで、父上もお喜びのことだろう」
「……だといいが。それよりリュシー、なにを見せたかったんだ?」
「うむ、これだ!」

 リュシーの手の中には、ふたつの指輪があった。

「ガスパール殿との結婚指輪か」
「そうだ。エメとゴーレムとイレーヌ殿が作ってくださった! ヴァランタン殿も協力してくれたので、付与効果が四つも重ねられている。これがあれば結界のない第十層以下でも潜り放題だ!」

 結婚指輪の価値って、そういうものだっただろうか。
 いやまあ、付与効果が四つも重ねられているのはすごいことだな。
 最近リュシーの話によく出てくるエメとは、確か先月開店した道具屋の主人のことのはずだ。ヴァランタン殿の妹君イレーヌ殿の弟子だと……

「ん? イレーヌ殿がこの町に来てるのか?」

 魔法も錬金術も修めている賢者のヴァランタン殿と違って錬金術専門だが、魔力マナ量だけなら兄君にも並ぶ力の持ち主だと聞いている。
 気難しい性格で、昔から取引のある店のものにしか顔を見せないという噂だ。

「ああ、そうか。イレーヌ殿は冒険者ギルドにも商人ギルドにも属していないから報告が回っていないんだな。エメの店の従業員というわけでもないし……このまま定住しそうだから、そのうち転居届が出されると思うぞ」
「そうか」

 この双子の姉は昔から妙な情報網を持っている。

「……ん?」
「どうした、レオ」
「情報量が多くて聞き流しそうになったが、この指輪ゴーレムが作ったのか?」
「うむ。ゴーちゃんはすごいぞ! 体の中が炉になっているんだ。魔鉱を飲み込んで、護符でも武具でも作ってしまう。ドーナツも揚げられるから、私を飲み込んでいたドラゴンゴーレムよりもすごいかもしれないぞ!」

 聞けば聞くほどわけがわからなくなっていくのは俺だけなんだろうか。
 体の中が炉になっている? ドーナツも揚げられる? そのゴーレム野放しにしておいていいのか?
 魔具の販売は許可制だが自分で使う分には自由だ。今度のラビラント会議では、その辺りも議題に載せてみよう。

 しかし自作の魔具を自由に使えないということになったら、魔法使い系の冒険者の反発がすさまじいだろうな。……やめておくか。

「レオ、眉間に皺」
「どうせ消えない」

 長男の重責で刻まれたのだから受け入れるしかない。
 文句があるなら冒険者を引退してガスパール殿と夫婦で領主の座を継いでくれ、姉上。
 ……そんなことになったら、せっかく腫瘍を切除したガスパール殿の内臓に今度は穴が開きそうだな。

「ゴーちゃんが気になるなら『赤の止まり木』へ行ってみたらどうだ? レオは父上の跡を継いで領主になるのだから、身を守るための護符を作ってもらうといい」
「そうだな。……いや、仕事がある」
「ヴァランタン殿が館に帰っているから、まかせられるものはまかせればいい。ローランも来ているぞ」

 ヴァランタン殿の弟子で銀髪エルフのローランとは幼なじみのような関係だ。

「ローランがいるのなら安心だな。ヴァランタン殿の補佐として領主館に住み込んでもらえないだろうか」
「無理だな。ヴァランタン殿と比べると常識人に思えるが、ローランはヴァランタン殿以上の研究バカで冒険好きだ」

 俺は頷いた。
 ヴァランタン殿は俺達の家庭教師でもあった。
 一緒に育ったローランのことはよく知っている。

 ──そんなわけで、俺は領主館を出て道具屋へ向かった。

「いらっしゃいませー!」
「ゴゴー!」

 扉を開けると冒険者達の喧騒の中、少女とゴーレムが迎えてくれた。

「開発中のハーブティーです。良かったらどうぞ」

 どういう仕組みか、ゴーレムの腹からティーポットとカップが出てきた。

「あ、ああ。いただこう」

 カップに注がれたハーブティーは爽やかな香りがして、飲むと疲れが解けていった。

 ……ふむ。
 俺はしばらく店内を見て回り、HPの自然回復率を上げる付与効果を持つ護符を買った。高価でも、それだけの価値はあると見た。HPの減少を抑えられれば疲労も増えにくくなる。
 冒険者達は俺に気づいていたのだろうが、声はかけないでいてくれた。

 店主の少女は気づいていないようだ。
 彼女は祭りのとき迷宮に潜っていたそうだから当然か。
 領主の父上ならともかく、跡取りの俺は祭りのときくらいしか表に出ない。

 店主の言葉に従って甲斐甲斐しく店を切り盛りするゴーレムに問題はなさそうだ。
 でもまあ、そのうちまた来店してみてもいいだろう。
 視察ではなく、あの店を気に入った、ただの客として──
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