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第五話 愛せなかった少女
ロナウドは怒りを胸に帰宅した。
ジュリアナのことは愛していない。
だが、王命の婚約者として結び付けられて十年の月日を過ごしてきたのだ。情はあるし、ふたりでブラガ侯爵家と南部を盛り立てて行こうと考えていたときもある。
彼女が公爵令嬢を引き込んだりせず、素直にクェアダに謝っていればこれまでのことは水に流そうと思っていたのに。
そう思いながら帰った王都にあるブラガ侯爵邸には、領地にいるはずの父、現当主ブラガ侯爵がいた。
応接室のソファに座った父は、不機嫌そうな顔でロナウドを見つめて言った。
「ジュリアナ嬢との婚約を勝手に破棄したそうだな」
「どうしてご存じなのですか?」
「私が王都へ来たのは王太子殿下に呼ばれたからだ。殿下は婚約者のナタリア嬢と密接に連絡を取り合っている。昼休みに起きた椿事など、午後の授業が終わる前には殿下の耳に入っている。……王命で結ばれた婚約だったというのはわかっているのだろうな?」
「申し訳ありません、父上。ですが、ジュリアナはブラガ侯爵家に相応しい人間とは言えません。彼女は私が親しくしているペリゴ男爵家の令嬢クェアダを虐めていたのです」
ロナウドの言葉に、ブラガ侯爵は溜息を漏らす。
「ジュリアナ嬢という婚約者がいながら、ほかの女性と親しくしていた自分を反省する気持ちはないのか?」
「それは申し訳ないと思っています。しかし、だからといって虐めるのは論外です」
「証拠はあるのか?」
「クェアダとピント子爵子息、南部貴族派のもの達が証言してくれていたのですが、ジュリアナがエステヴェス公爵令嬢を利用して圧力をかけたせいで証言を覆されてしまいました」
「……」
しばらくの沈黙の後で、ブラガ侯爵はロナウドに尋ねてきた。
「ロナウド。お前とジュリアナ嬢の婚約が、どうして結ばれたかは知っているな?」
「は、はい。クェアダの実家ペリゴ男爵家が、麦が豊作だったにもかかわらず不作と偽って国庫からの支援金をもらい続けていたからです。けれどそれはクェアダの祖父の代の話ですし、不当に受け取った支援金は少しずつ返済しています。それでも王家の南部貴族派への不信感は拭えず、東部貴族派に監視させるために私とジュリアナの婚約を命じたのだと聞いています」
「それは表向きの理由だ。次の世代に遺恨は残したくないし、子どもには罪はないと考えて、成人前のお前には真実を伝えていなかった私が悪かったのだな……」
「父上?」
「もちろん支援金を不当に受け取っていただけでも大罪だが、男爵家の罪はそれだけではない。不作だと誤魔化していたのだから、豊作で収穫出来た麦を公的に売ることは出来ない。実った麦はどこへ行ったのだと思う?」
「密売ですか?」
「だったら、まだ良かったな」
ペリゴ男爵領は南部貴族派の領地の東北の端にあり、東部貴族派の領地と接している。
王国の東を塞ぐ山脈がちょうど途切れて、帝国南部の平原につながる辺りだ。
「男爵はその麦を平原に住む盗賊団に与えていた」
「……なぜですか?」
「盗賊団が帝国の外れにある小さな村や町を襲って攫った奴隷を受け取る代償だ」
「奴隷、は……」
「我が王国でも帝国でも、ほかの近隣諸国でも犯罪奴隷と借金奴隷以外は認められていないし、無暗に虐待するような真似は禁じられている。……違法の、存在すら知られていない奴隷にどんな扱いをしようと、だれにも知られはしないがな」
男爵の不正は、帝国からの要請で奴隷問題を調査しているときに明らかになったのだという。
「証拠は? 男爵家がそんなことをしているという証拠はあったのですか?」
「証拠は見つからなかった」
「なら冤罪だったのではないですか? 帝国は五年前に今の皇帝が即位するまでは、現皇帝の父親に当たる前皇帝の乱れた女性関係のせいで国内が荒れた状態だったと聞きます。我が国に罪を擦り付けて金をせびるつもりだったのでは?」
「……国にはそう報告したというだけの話だ。実際は父上、お前の祖父が身内可愛さに男爵家を庇って証拠の奴隷達を始末したのだ。私は! 私は何度も父上に言ったのだ! 同じ南部の身内だからこそ罪は罪として受け入れ、ちゃんと処罰するべきだと!」
「……クェアダのせいではありません」
「そうだな。男爵令嬢は婚約者のいる人間に擦り寄っただけだ」
その通りだったので、ロナウドは言葉を返せなかった。
王家は薄々察しながらもそれ以上深入りすることが出来ず、事なかれ主義の国王が東部貴族派に南部の監視を押し付けることで手打ちにしたのだった。
とはいえ東部貴族派が南部を監視出来るようになるのは、ジュリアナがブラガ侯爵家に嫁いで身内となった後のことだ。今の段階では未来の親族としての付き合い以上のことはなかった。
「ロナウド、どうして私が王太子殿下に呼び出されたと思う?……帝国が、ペリゴ男爵家と盗賊団がつながっているという証拠を送って来たからだ」
今の帝国皇帝は病弱で、家臣の前にも滅多に姿を現さないという。
しかし異母弟妹や即位前からの忠臣による情報網を張り巡らせていて、国の内外を問わず知らないことはないのではないかとも言われていた。
ブラガ侯爵は吐き捨てるように言葉を続けた。
「父上に庇われて生き長らえたというのに! あの忘恩の輩はこの十年も盗賊団とつながり続けていたんだ! 今度は売る側に回っていた。麦の不作で生活が苦しくなった自領や他領の民を言葉巧みに騙して! お前が本来の婚約者を蔑ろにして選んだのは、そういう家の娘だ! 婚約者のいる人間に擦り寄る女だ!」
ブラガ侯爵家は南部貴族派の筆頭だ。
ペリゴ男爵家の所業とはいえ、管理責任を問われるのは間違いないだろう。
男爵領は東部貴族派の領地と接しているが、人攫いが出るので東部の人間が男爵領に入ることはない、学園で流れていたそんな噂を思い出す。ロナウドはそれを聞いたとき、ジュリアナがクェアダを貶めるために流した噂ではないかと疑ったのだった。
ジュリアナのことは愛していない。
だが、王命の婚約者として結び付けられて十年の月日を過ごしてきたのだ。情はあるし、ふたりでブラガ侯爵家と南部を盛り立てて行こうと考えていたときもある。
彼女が公爵令嬢を引き込んだりせず、素直にクェアダに謝っていればこれまでのことは水に流そうと思っていたのに。
そう思いながら帰った王都にあるブラガ侯爵邸には、領地にいるはずの父、現当主ブラガ侯爵がいた。
応接室のソファに座った父は、不機嫌そうな顔でロナウドを見つめて言った。
「ジュリアナ嬢との婚約を勝手に破棄したそうだな」
「どうしてご存じなのですか?」
「私が王都へ来たのは王太子殿下に呼ばれたからだ。殿下は婚約者のナタリア嬢と密接に連絡を取り合っている。昼休みに起きた椿事など、午後の授業が終わる前には殿下の耳に入っている。……王命で結ばれた婚約だったというのはわかっているのだろうな?」
「申し訳ありません、父上。ですが、ジュリアナはブラガ侯爵家に相応しい人間とは言えません。彼女は私が親しくしているペリゴ男爵家の令嬢クェアダを虐めていたのです」
ロナウドの言葉に、ブラガ侯爵は溜息を漏らす。
「ジュリアナ嬢という婚約者がいながら、ほかの女性と親しくしていた自分を反省する気持ちはないのか?」
「それは申し訳ないと思っています。しかし、だからといって虐めるのは論外です」
「証拠はあるのか?」
「クェアダとピント子爵子息、南部貴族派のもの達が証言してくれていたのですが、ジュリアナがエステヴェス公爵令嬢を利用して圧力をかけたせいで証言を覆されてしまいました」
「……」
しばらくの沈黙の後で、ブラガ侯爵はロナウドに尋ねてきた。
「ロナウド。お前とジュリアナ嬢の婚約が、どうして結ばれたかは知っているな?」
「は、はい。クェアダの実家ペリゴ男爵家が、麦が豊作だったにもかかわらず不作と偽って国庫からの支援金をもらい続けていたからです。けれどそれはクェアダの祖父の代の話ですし、不当に受け取った支援金は少しずつ返済しています。それでも王家の南部貴族派への不信感は拭えず、東部貴族派に監視させるために私とジュリアナの婚約を命じたのだと聞いています」
「それは表向きの理由だ。次の世代に遺恨は残したくないし、子どもには罪はないと考えて、成人前のお前には真実を伝えていなかった私が悪かったのだな……」
「父上?」
「もちろん支援金を不当に受け取っていただけでも大罪だが、男爵家の罪はそれだけではない。不作だと誤魔化していたのだから、豊作で収穫出来た麦を公的に売ることは出来ない。実った麦はどこへ行ったのだと思う?」
「密売ですか?」
「だったら、まだ良かったな」
ペリゴ男爵領は南部貴族派の領地の東北の端にあり、東部貴族派の領地と接している。
王国の東を塞ぐ山脈がちょうど途切れて、帝国南部の平原につながる辺りだ。
「男爵はその麦を平原に住む盗賊団に与えていた」
「……なぜですか?」
「盗賊団が帝国の外れにある小さな村や町を襲って攫った奴隷を受け取る代償だ」
「奴隷、は……」
「我が王国でも帝国でも、ほかの近隣諸国でも犯罪奴隷と借金奴隷以外は認められていないし、無暗に虐待するような真似は禁じられている。……違法の、存在すら知られていない奴隷にどんな扱いをしようと、だれにも知られはしないがな」
男爵の不正は、帝国からの要請で奴隷問題を調査しているときに明らかになったのだという。
「証拠は? 男爵家がそんなことをしているという証拠はあったのですか?」
「証拠は見つからなかった」
「なら冤罪だったのではないですか? 帝国は五年前に今の皇帝が即位するまでは、現皇帝の父親に当たる前皇帝の乱れた女性関係のせいで国内が荒れた状態だったと聞きます。我が国に罪を擦り付けて金をせびるつもりだったのでは?」
「……国にはそう報告したというだけの話だ。実際は父上、お前の祖父が身内可愛さに男爵家を庇って証拠の奴隷達を始末したのだ。私は! 私は何度も父上に言ったのだ! 同じ南部の身内だからこそ罪は罪として受け入れ、ちゃんと処罰するべきだと!」
「……クェアダのせいではありません」
「そうだな。男爵令嬢は婚約者のいる人間に擦り寄っただけだ」
その通りだったので、ロナウドは言葉を返せなかった。
王家は薄々察しながらもそれ以上深入りすることが出来ず、事なかれ主義の国王が東部貴族派に南部の監視を押し付けることで手打ちにしたのだった。
とはいえ東部貴族派が南部を監視出来るようになるのは、ジュリアナがブラガ侯爵家に嫁いで身内となった後のことだ。今の段階では未来の親族としての付き合い以上のことはなかった。
「ロナウド、どうして私が王太子殿下に呼び出されたと思う?……帝国が、ペリゴ男爵家と盗賊団がつながっているという証拠を送って来たからだ」
今の帝国皇帝は病弱で、家臣の前にも滅多に姿を現さないという。
しかし異母弟妹や即位前からの忠臣による情報網を張り巡らせていて、国の内外を問わず知らないことはないのではないかとも言われていた。
ブラガ侯爵は吐き捨てるように言葉を続けた。
「父上に庇われて生き長らえたというのに! あの忘恩の輩はこの十年も盗賊団とつながり続けていたんだ! 今度は売る側に回っていた。麦の不作で生活が苦しくなった自領や他領の民を言葉巧みに騙して! お前が本来の婚約者を蔑ろにして選んだのは、そういう家の娘だ! 婚約者のいる人間に擦り寄る女だ!」
ブラガ侯爵家は南部貴族派の筆頭だ。
ペリゴ男爵家の所業とはいえ、管理責任を問われるのは間違いないだろう。
男爵領は東部貴族派の領地と接しているが、人攫いが出るので東部の人間が男爵領に入ることはない、学園で流れていたそんな噂を思い出す。ロナウドはそれを聞いたとき、ジュリアナがクェアダを貶めるために流した噂ではないかと疑ったのだった。
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