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第三話 殺人者の奇妙な行動
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王都の中央市場は賑わっていました。
食べ歩きの主役は焼き栗、王都の近くにある港町から運ばれた海鮮たっぷりのスープ、季節の果実などです。
季節の果実はすぐ食べられるものを売っているのではなく、貴族家や飲食店に籠や箱で購入してもらいたいものを切って味見用に提供しているという感じです。
「お待たせしました、ビアトリスお嬢様」
私が梨を味見した後で、注文をしていたエミリーが戻ってきます。
「ベイリー男爵邸へ箱を届けてもらうよう頼んで参りました。梨はお腹を冷やしますが、ご学友様を亡くされて悲しんでいらっしゃると思いますので、夕食の後に二個まで食べてもよろしいですよ」
「ふふふ、ありがとう」
……夕食の時間を迎えられると良いのですけれど。
そんなことを思いながら、中央市場の人混みを見回します。
二度目の殺人者は、この人混みに紛れて私を殺しました。すれ違いざまに刃物で刺されたのです。刃物に毒は塗っていなかったように思います。
突発的な犯行だったのでしょうか。
殺人者は帽子を深く被っていましたが、真っ赤な髪の毛が垂れていました。
確かめるように振り向いた顔は、それなりに整っていました。
一度目の殺人者も顔はそれなりでしたね。
髪の毛は金色で、特に顔を隠す様子はなくて眼鏡をかけていました。
探している花がどこにあるか知らないか、と植物園で声をかけてきたのです。
ベイリー男爵家の当主で貴族令嬢でもある私が初対面の男性と会話するわけにはいきませんので、エミリーが彼の質問に答えてくれました。
エミリーの答えを聞き終わった後で男は彼女を絞殺したのです。
逃げて助けを呼べば良かったのに、私はエミリーを助けようと駆け寄ってしまいました。そしてまんまと殺されたのです。
三度目の殺人者は金髪の巻き毛で……それなりに整った顔でした。
今考えると三人は少し似ていた気がします。
体格はまるで違う別人でしたが。
男爵邸へ押し入った殺人者は覆面をしていて、一度目と二度目の殺人者とは違うゴロツキを数人引き連れていました。
まずは家の一部に外から火を点けて、男爵家の護衛騎士がそちらに集まった隙に押し入ってきたのです。
火災のほうにもゴロツキがいたか、火になにか毒のようなものをくべていたのでしょう。私達が叫んでも護衛騎士は戻って来ませんでした。
王家お膝元の王都では、貴族家の護衛騎士は爵位ごとに領地から呼べる人数が決まっています。
騎士とは要するに軍人ですものね。家格に見合わない大人数の軍人を王家の喉元に突きつけるような貴族家は問題です。
我が家の財力に合わせて陞爵を願い出ても良いのだけれど、高位貴族になって領地が増えたら、それだけ仕事も増えるので悩んでいました。
覆面をしていた三度目の殺人者の顔を知っているのは、私を襲ったときに覆面が外れたからです。
もしかしたら火災のほうに一度目と二度目の殺人者がいたのかもしれません。
三人兄弟の殺し屋だったのでしょうか。
「ビアトリスお嬢様」
「え? なにかしら、エミリー。ぼーっとしていてごめんなさい」
「親しくしていた方がお亡くなりになられたのですから、思索に耽ってしまうのは仕方がないことですよ。……明日は梨の焼き菓子をお作りしますね」
エミリーの言う焼き菓子は、小麦粉で作った皿にクリームと果実の甘煮を飾ったものです。
彼女の得意料理なのです。
本当に、明日それが食べられると良いのですけれど。でも私が殺されなくて時間が戻らなかったら、オーガスタス様とは二度とお会い出来ないのですね。
相変わらず人混みの中に帽子の男の姿は見えません。
今が四度目だというのは私の妄想に過ぎないのでしょうか。
いいえ、時間を繰り返していなければ、私はまだ婚約破棄を引きずっていたでしょう。一ヶ月を四度繰り返したからこそ、婚約者のアーネスト様のことが吹っ切れているのです。異母妹のキーラとの不貞に薄々気づいていたといっても、実際に別れを告げられるのは衝撃が違いましたもの。
「良い匂い」
焼き栗の匂いに足を止めたときでした。
「暴れ馬だあッ!」
だれかの叫び声に振り向くと、確かに暴れ馬が爆走してきます。
繋いでいた紐がほどけたのでしょうか。
二度目のときはこんなこと起こりませんでした。
「お嬢様、こちらへ!」
「ええ!」
エミリーと一緒に近くの焼き栗の屋台へ近づきます。
ほかの人々も左右に寄って暴れ馬を走らせるための空間を作っています。
暴れ馬の進行を邪魔して蹄で蹴られたくはないですものね。
「おい、コラ! 俺の屋台になにをする!」
「え?」
焼き栗の屋台店主の叫びに目をやります。
帽子を深く被った男が店主を殴り、屋台を私達のほうへ倒してきます。
屋台自体はそんなに重いものではないものの、避けようがなくて私は地面に転がってしまいました。
「ビアトリスお嬢様っ!」
暴れ馬の進行を邪魔する場所にです。
エミリーが金切り声を上げて私に覆い被さります。
暴れ馬は庇ってくれた彼女ごと私を踏みつけました。
内臓が潰れたのか、私の口から血が溢れ出します。
エミリーは大丈夫でしょうか。
いいえ、この状況で大丈夫なわけがありません。
彼女を巻き込みたくはなかったのに……
どうしたら良かったのでしょう。
植物園へ行って、エミリーではなく私が殺人者に対応すれば良かったのでしょうか。
暴れ馬の蹄の音が去っていきます。
市場の人々が私達の周囲に近づいてきました。
焼き栗屋の店主は殴り倒されたままのようです。
人混みに紛れて帽子を深く被った男の姿も見えます。やはり帽子から赤い髪の毛が垂れていました。
おそらく暴れ馬を放ったのも彼の仕業だったのでしょう。
殺人者は私に向かって小さななにかを投げつけてきました。
薄れていく意識の中、私の吐いた血溜まりに転がるそれは釦でした。
旧大陸で発見された古代魔導呪文を思わせる文様が描かれた、どこかで見たことのある釦です。
死に逝くものの見た幻覚だったのかもしれませんが、その釦は私の血の上を転がって、うっすらと光り始めました。
食べ歩きの主役は焼き栗、王都の近くにある港町から運ばれた海鮮たっぷりのスープ、季節の果実などです。
季節の果実はすぐ食べられるものを売っているのではなく、貴族家や飲食店に籠や箱で購入してもらいたいものを切って味見用に提供しているという感じです。
「お待たせしました、ビアトリスお嬢様」
私が梨を味見した後で、注文をしていたエミリーが戻ってきます。
「ベイリー男爵邸へ箱を届けてもらうよう頼んで参りました。梨はお腹を冷やしますが、ご学友様を亡くされて悲しんでいらっしゃると思いますので、夕食の後に二個まで食べてもよろしいですよ」
「ふふふ、ありがとう」
……夕食の時間を迎えられると良いのですけれど。
そんなことを思いながら、中央市場の人混みを見回します。
二度目の殺人者は、この人混みに紛れて私を殺しました。すれ違いざまに刃物で刺されたのです。刃物に毒は塗っていなかったように思います。
突発的な犯行だったのでしょうか。
殺人者は帽子を深く被っていましたが、真っ赤な髪の毛が垂れていました。
確かめるように振り向いた顔は、それなりに整っていました。
一度目の殺人者も顔はそれなりでしたね。
髪の毛は金色で、特に顔を隠す様子はなくて眼鏡をかけていました。
探している花がどこにあるか知らないか、と植物園で声をかけてきたのです。
ベイリー男爵家の当主で貴族令嬢でもある私が初対面の男性と会話するわけにはいきませんので、エミリーが彼の質問に答えてくれました。
エミリーの答えを聞き終わった後で男は彼女を絞殺したのです。
逃げて助けを呼べば良かったのに、私はエミリーを助けようと駆け寄ってしまいました。そしてまんまと殺されたのです。
三度目の殺人者は金髪の巻き毛で……それなりに整った顔でした。
今考えると三人は少し似ていた気がします。
体格はまるで違う別人でしたが。
男爵邸へ押し入った殺人者は覆面をしていて、一度目と二度目の殺人者とは違うゴロツキを数人引き連れていました。
まずは家の一部に外から火を点けて、男爵家の護衛騎士がそちらに集まった隙に押し入ってきたのです。
火災のほうにもゴロツキがいたか、火になにか毒のようなものをくべていたのでしょう。私達が叫んでも護衛騎士は戻って来ませんでした。
王家お膝元の王都では、貴族家の護衛騎士は爵位ごとに領地から呼べる人数が決まっています。
騎士とは要するに軍人ですものね。家格に見合わない大人数の軍人を王家の喉元に突きつけるような貴族家は問題です。
我が家の財力に合わせて陞爵を願い出ても良いのだけれど、高位貴族になって領地が増えたら、それだけ仕事も増えるので悩んでいました。
覆面をしていた三度目の殺人者の顔を知っているのは、私を襲ったときに覆面が外れたからです。
もしかしたら火災のほうに一度目と二度目の殺人者がいたのかもしれません。
三人兄弟の殺し屋だったのでしょうか。
「ビアトリスお嬢様」
「え? なにかしら、エミリー。ぼーっとしていてごめんなさい」
「親しくしていた方がお亡くなりになられたのですから、思索に耽ってしまうのは仕方がないことですよ。……明日は梨の焼き菓子をお作りしますね」
エミリーの言う焼き菓子は、小麦粉で作った皿にクリームと果実の甘煮を飾ったものです。
彼女の得意料理なのです。
本当に、明日それが食べられると良いのですけれど。でも私が殺されなくて時間が戻らなかったら、オーガスタス様とは二度とお会い出来ないのですね。
相変わらず人混みの中に帽子の男の姿は見えません。
今が四度目だというのは私の妄想に過ぎないのでしょうか。
いいえ、時間を繰り返していなければ、私はまだ婚約破棄を引きずっていたでしょう。一ヶ月を四度繰り返したからこそ、婚約者のアーネスト様のことが吹っ切れているのです。異母妹のキーラとの不貞に薄々気づいていたといっても、実際に別れを告げられるのは衝撃が違いましたもの。
「良い匂い」
焼き栗の匂いに足を止めたときでした。
「暴れ馬だあッ!」
だれかの叫び声に振り向くと、確かに暴れ馬が爆走してきます。
繋いでいた紐がほどけたのでしょうか。
二度目のときはこんなこと起こりませんでした。
「お嬢様、こちらへ!」
「ええ!」
エミリーと一緒に近くの焼き栗の屋台へ近づきます。
ほかの人々も左右に寄って暴れ馬を走らせるための空間を作っています。
暴れ馬の進行を邪魔して蹄で蹴られたくはないですものね。
「おい、コラ! 俺の屋台になにをする!」
「え?」
焼き栗の屋台店主の叫びに目をやります。
帽子を深く被った男が店主を殴り、屋台を私達のほうへ倒してきます。
屋台自体はそんなに重いものではないものの、避けようがなくて私は地面に転がってしまいました。
「ビアトリスお嬢様っ!」
暴れ馬の進行を邪魔する場所にです。
エミリーが金切り声を上げて私に覆い被さります。
暴れ馬は庇ってくれた彼女ごと私を踏みつけました。
内臓が潰れたのか、私の口から血が溢れ出します。
エミリーは大丈夫でしょうか。
いいえ、この状況で大丈夫なわけがありません。
彼女を巻き込みたくはなかったのに……
どうしたら良かったのでしょう。
植物園へ行って、エミリーではなく私が殺人者に対応すれば良かったのでしょうか。
暴れ馬の蹄の音が去っていきます。
市場の人々が私達の周囲に近づいてきました。
焼き栗屋の店主は殴り倒されたままのようです。
人混みに紛れて帽子を深く被った男の姿も見えます。やはり帽子から赤い髪の毛が垂れていました。
おそらく暴れ馬を放ったのも彼の仕業だったのでしょう。
殺人者は私に向かって小さななにかを投げつけてきました。
薄れていく意識の中、私の吐いた血溜まりに転がるそれは釦でした。
旧大陸で発見された古代魔導呪文を思わせる文様が描かれた、どこかで見たことのある釦です。
死に逝くものの見た幻覚だったのかもしれませんが、その釦は私の血の上を転がって、うっすらと光り始めました。
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