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閑話 人形遣い~五度目のキーラ~
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キーラが初めて殺した人間は実母だった。
そのとき本当に殺したかったのは父である。
当時のキーラは父がベイリー男爵家の婿養子だとは知らなかった。父さえ死ねば、裕福な男爵家の財産が娘の自分のものになると思っていたのだ。
体調を崩していた父の薬を小麦粉と入れ替えているところを母に見つかり、言い争いになって彼女を突き飛ばした。
打ちどころが悪くて死んでしまった母は事故死だったのだと、父も捜査に来た衛兵も判断した。
キーラは母を殺したことを後悔してはいない。母と言い争うことで父が死んでも自分に男爵家の財産が転がり込みはしないと知れたし、母が死んだおかげで男爵家で生活出来るようになったからだ。
男爵家で生活して良かったことはふたつある。
ひとつは異母姉ビアトリスの婚約者、伯爵子息アーネストを略奪出来たこと。
婿入り予定だったアーネストに継ぐ家はないし、父の実家の伯爵家がキーラを跡取りにすることはない。ふたりが結婚しても平民になるだけだ。
(でもアーネストの両親や兄が死ねば、伯爵家を継ぐことになるわよね。父さんの実家の人間だって、いつなにがあって死んでしまうかもしれないし……うっふっふ)
もうひとつ良かったことは、異母姉ビアトリスが気づく前にハリーという男からの手紙を着服出来たことだ。
キーラは最初、それが財産を譲るという手紙だとは思っていなかった。
そのハリーという男が異母姉の母が父と結ばれる前の婚約者であることは知っていた。だから、その手紙はハリーが異母姉の実父であると告白しているものではないかと思ったのだ。
(半分血がつながってるから、嫌々でもアタシを引き取ったんだものね。父親まで違う赤の他人だなんてことになったら、絶対追い出されちゃうわ)
それは嫌だった。
少なくともなにか金儲けの種を見つけ出すまでは、男爵家にいたかった。
ハリーの手紙は、そんなキーラの願いを叶えてくれた。莫大な財産を異母姉ビアトリスに譲るという手紙だったのだ。
文章からするとビアトリスはそのことを知らず、彼女が署名することで譲渡が完成するという最高の状態の手紙だ。
だれに譲るということはきちんと記されていたので、キーラが直接遺産を受け取ることは出来ない。
でも異母姉の振りをしてハリーの遺産を受け取り、それをキーラに残す遺言書を作ることなら出来る。
アーネストは、金になるかもしれないから手に入れた男に過ぎない。
キーラの本命は神殿で金融関係の事柄を担当している神官だった。
この王国の神殿は神官の婚姻を認めていて、その男にも妻子がいる。
母と同じで、キーラは正妻と嫡子達よりも男に愛されていると信じていた。キーラはアーネストという夫も得る予定なので、自分は母よりも優れているのだと自負していた。
キーラは自尊心が高く、ほかの女性を見下すことに快感を得る性質なのだ。
学園の卒業パーティでアーネストに婚約破棄をさせたのは、男爵家を継げないことすら知らない愚かな娘だと見せつけることで、ハリーの遺産に関する細工など出来そうにないと周囲に思わせるためだったが、愛する婚約者に捨てられた異母姉の惨めな泣き顔を見たいからでもあった。
(なのに全然泣きもしなかったわね、あの女。まあ、いいわ。どうせ殺すんだから)
さすがに異母姉が死んでキーラに遺産が残されていたら疑われるとわかっているので、ビアトリスの殺害については他人に押し付けるつもりだ。
父やアーネストは妙なところで小心者なので、ハリーの遺産を着服したことから秘密にしている。
そもそもアーネストが異母姉と結婚してキーラを囲うと言っていたこと自体、ビアトリスへの未練だと感じている。父も正妻の前の婚約者に嫉妬していた。それでキーラはハリーの存在を知っていたのだ。
(男って莫迦だから、自分の周りの女がすべて自分のものだと思っているのよね)
キーラはマーシャル侯爵オーガスタスを殺し、それを利用して異母姉殺害をやらせようと考えていた。
卒業パーティの前に異母姉と侯爵が話しているのを聞いて、彼の叔父達が王都を離れていることを知ったからだ。
侯爵は高級そうな外套を纏っていた。
(貴族家の当主なんだから、きっと特注品よね。細かい細工がしてある上等そうな釦だったから、あれだけで侯爵のものだとわかるわ)
侯爵を殺した後で外套から釦をむしり取り、彼を殺す動機を持つ人間に送りつけて異母姉の殺害を依頼する。
実行しようとしなかったら、送っていない釦をその人間が落としたと言って衛兵に届け出ると脅せば言うことを聞くだろう。貴族を殺すのだから騎士団に言ったほうが良いだろうか。
マーシャル侯爵殺害に関しては、無関係なキーラが疑われるはずはない。
それがキーラの計画だった。
異母姉は友人関係にある侯爵の死を悲しむだろうし、悲しみも癒えぬまま自分も殺害されてしまうのだ。
ベイリー男爵家の財産は手に入れられないものの、異母姉が譲られるはずだったハリーの遺産はキーラのものになる。キーラは考えただけで笑い出したい気分だった。
「キーラ、そろそろ神殿へ行こう」
「ええ、そうね」
学園に通い続けられなくなったキーラは、母を殺した下町の家で父やアーネストとともに暮らしている。
異母姉の殺害でひとかけらも疑われないように、殺害日時を指定して、その日に神殿でアーネストと結婚式を挙げるつもりだ。
今日はアーネストと神殿へ行って式の予約をする。本命のいる神殿で、ハリーの遺産に関する手続きをした場所でもあるが、キーラは偽装が暴かれるだなんて少しも思っていなかった。
(あの女に変装して行ったときはヴェールで顔を隠していたものね)
神殿にいた人間は、ベイリー男爵ビアトリスらしき人間が手続きをしていたと記憶しているだろう。
怪しむものがいても本命が、ちゃんと確認したと言ってくれる。
本命のいる神殿で結婚式の手続きをするという、ある意味アーネストを虚仮にする行動が、キーラは楽しくてならなかった。奪った男を虚仮にするということは、奪われた女を踏み躙る行為でもあるから。
「……気をつけて行っておいで。キーラの花嫁姿が今から楽しみだよ……ゲホゲホ」
もう薬を小麦粉と入れ替えたりはしていないのだが、この家へ戻ってから父の体調は悪化する一方だ。
父が死んだとき、本命が葬式の費用を払わなくて済むようにしてくれると良いのに、などと思いながら、キーラは家を出た。
本命が逃げ出していて、神殿にいないだなんて思いもせずに。
そのとき本当に殺したかったのは父である。
当時のキーラは父がベイリー男爵家の婿養子だとは知らなかった。父さえ死ねば、裕福な男爵家の財産が娘の自分のものになると思っていたのだ。
体調を崩していた父の薬を小麦粉と入れ替えているところを母に見つかり、言い争いになって彼女を突き飛ばした。
打ちどころが悪くて死んでしまった母は事故死だったのだと、父も捜査に来た衛兵も判断した。
キーラは母を殺したことを後悔してはいない。母と言い争うことで父が死んでも自分に男爵家の財産が転がり込みはしないと知れたし、母が死んだおかげで男爵家で生活出来るようになったからだ。
男爵家で生活して良かったことはふたつある。
ひとつは異母姉ビアトリスの婚約者、伯爵子息アーネストを略奪出来たこと。
婿入り予定だったアーネストに継ぐ家はないし、父の実家の伯爵家がキーラを跡取りにすることはない。ふたりが結婚しても平民になるだけだ。
(でもアーネストの両親や兄が死ねば、伯爵家を継ぐことになるわよね。父さんの実家の人間だって、いつなにがあって死んでしまうかもしれないし……うっふっふ)
もうひとつ良かったことは、異母姉ビアトリスが気づく前にハリーという男からの手紙を着服出来たことだ。
キーラは最初、それが財産を譲るという手紙だとは思っていなかった。
そのハリーという男が異母姉の母が父と結ばれる前の婚約者であることは知っていた。だから、その手紙はハリーが異母姉の実父であると告白しているものではないかと思ったのだ。
(半分血がつながってるから、嫌々でもアタシを引き取ったんだものね。父親まで違う赤の他人だなんてことになったら、絶対追い出されちゃうわ)
それは嫌だった。
少なくともなにか金儲けの種を見つけ出すまでは、男爵家にいたかった。
ハリーの手紙は、そんなキーラの願いを叶えてくれた。莫大な財産を異母姉ビアトリスに譲るという手紙だったのだ。
文章からするとビアトリスはそのことを知らず、彼女が署名することで譲渡が完成するという最高の状態の手紙だ。
だれに譲るということはきちんと記されていたので、キーラが直接遺産を受け取ることは出来ない。
でも異母姉の振りをしてハリーの遺産を受け取り、それをキーラに残す遺言書を作ることなら出来る。
アーネストは、金になるかもしれないから手に入れた男に過ぎない。
キーラの本命は神殿で金融関係の事柄を担当している神官だった。
この王国の神殿は神官の婚姻を認めていて、その男にも妻子がいる。
母と同じで、キーラは正妻と嫡子達よりも男に愛されていると信じていた。キーラはアーネストという夫も得る予定なので、自分は母よりも優れているのだと自負していた。
キーラは自尊心が高く、ほかの女性を見下すことに快感を得る性質なのだ。
学園の卒業パーティでアーネストに婚約破棄をさせたのは、男爵家を継げないことすら知らない愚かな娘だと見せつけることで、ハリーの遺産に関する細工など出来そうにないと周囲に思わせるためだったが、愛する婚約者に捨てられた異母姉の惨めな泣き顔を見たいからでもあった。
(なのに全然泣きもしなかったわね、あの女。まあ、いいわ。どうせ殺すんだから)
さすがに異母姉が死んでキーラに遺産が残されていたら疑われるとわかっているので、ビアトリスの殺害については他人に押し付けるつもりだ。
父やアーネストは妙なところで小心者なので、ハリーの遺産を着服したことから秘密にしている。
そもそもアーネストが異母姉と結婚してキーラを囲うと言っていたこと自体、ビアトリスへの未練だと感じている。父も正妻の前の婚約者に嫉妬していた。それでキーラはハリーの存在を知っていたのだ。
(男って莫迦だから、自分の周りの女がすべて自分のものだと思っているのよね)
キーラはマーシャル侯爵オーガスタスを殺し、それを利用して異母姉殺害をやらせようと考えていた。
卒業パーティの前に異母姉と侯爵が話しているのを聞いて、彼の叔父達が王都を離れていることを知ったからだ。
侯爵は高級そうな外套を纏っていた。
(貴族家の当主なんだから、きっと特注品よね。細かい細工がしてある上等そうな釦だったから、あれだけで侯爵のものだとわかるわ)
侯爵を殺した後で外套から釦をむしり取り、彼を殺す動機を持つ人間に送りつけて異母姉の殺害を依頼する。
実行しようとしなかったら、送っていない釦をその人間が落としたと言って衛兵に届け出ると脅せば言うことを聞くだろう。貴族を殺すのだから騎士団に言ったほうが良いだろうか。
マーシャル侯爵殺害に関しては、無関係なキーラが疑われるはずはない。
それがキーラの計画だった。
異母姉は友人関係にある侯爵の死を悲しむだろうし、悲しみも癒えぬまま自分も殺害されてしまうのだ。
ベイリー男爵家の財産は手に入れられないものの、異母姉が譲られるはずだったハリーの遺産はキーラのものになる。キーラは考えただけで笑い出したい気分だった。
「キーラ、そろそろ神殿へ行こう」
「ええ、そうね」
学園に通い続けられなくなったキーラは、母を殺した下町の家で父やアーネストとともに暮らしている。
異母姉の殺害でひとかけらも疑われないように、殺害日時を指定して、その日に神殿でアーネストと結婚式を挙げるつもりだ。
今日はアーネストと神殿へ行って式の予約をする。本命のいる神殿で、ハリーの遺産に関する手続きをした場所でもあるが、キーラは偽装が暴かれるだなんて少しも思っていなかった。
(あの女に変装して行ったときはヴェールで顔を隠していたものね)
神殿にいた人間は、ベイリー男爵ビアトリスらしき人間が手続きをしていたと記憶しているだろう。
怪しむものがいても本命が、ちゃんと確認したと言ってくれる。
本命のいる神殿で結婚式の手続きをするという、ある意味アーネストを虚仮にする行動が、キーラは楽しくてならなかった。奪った男を虚仮にするということは、奪われた女を踏み躙る行為でもあるから。
「……気をつけて行っておいで。キーラの花嫁姿が今から楽しみだよ……ゲホゲホ」
もう薬を小麦粉と入れ替えたりはしていないのだが、この家へ戻ってから父の体調は悪化する一方だ。
父が死んだとき、本命が葬式の費用を払わなくて済むようにしてくれると良いのに、などと思いながら、キーラは家を出た。
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