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第十話 告白
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馬車の中、私の前の座席に座ったオーガスタス様は首を横に振りました。
「もちろんこれですべてが解決したわけではないが、解決の糸口にはなっただろう。しかし糸口が掴めたのは、好敵手殿がなにがあっても諦めずに行動していたからだ。家臣を巻き込まないために行く場所を変えていたから、殺人犯三人の特徴を確認することが出来た。俺の死を知って注意喚起しようと考えてくれたから、三人が俺の叔父どもかもしれないとわかり、おぼろげに事件の概要が見えてきた」
掠れた声で語った後で、彼は暗い青色の瞳を細めて優しい笑顔になりました。
「好敵手殿、君はもっと自信を持つべきだ。君はとても……素晴らしい女性だよ」
私は熱くなる顔をオーガスタス様から逸らし、まるで初めからそのつもりだったかのように、座席の隣に腰かけたエミリーに向かって唇を開きました。
ええ、私とオーガスタス様は学園の同級生で貴族家の当主同士で、試験の結果で争っていた好敵手という関係なので、ふたりっきりになってはいけません。
常に侍女に見守られていなくてはいけないのです。
「エミリーもありがとう」
彼女は微笑みました。
本当はいろいろと言いたいことがあるのだと思います。
でもこれまでに繰り返してきた時間と同じように、彼女は黙って隣にいてくれるのです。もしかしたら時間が戻った、なんてわけのわからないことを言い出した主人の頭を心配してくれているのかもしれませんが。
「……好敵手殿。俺は君に告白しなくてはいけないことがある」
「はい?」
「実は……」
揺れる馬車の中、向かいの席に座った彼の暗い青色の瞳が私を映し出しています。
あり得ないことを想像して、私の心臓が飛び跳ねました。
オーガスタス様が掠れた声で言葉を続けます。
「叔父どもが俺の両親を殺したんだ」
「……」
思っていた言葉とは違いますが、衝撃的な告白でした。
「わかっていらっしゃるのに、どうして野放しに……いいえ、ごめんなさい。理解出来ますわ。マーシャル侯爵家の名誉をお守りになるためですね」
オーガスタス様の祖父である先々代のマーシャル侯爵が小劇団の美人女優達に熱を上げて、一度に三人に子どもを産ませたというだけでも十分な醜聞なのです。
その子ども達が正妻の子ども、侯爵家を継いだ嫡子を殺しただなんて知れたら、マーシャル家の名前は地に落ちることでしょう。
異母妹の姿が脳裏に浮かびます。もし時間が戻らずに私が死んだ後も世界が続いていたら、ベイリー男爵家はどうなっていたのでしょう。
「爺に叔父どもが書いた告白書を渡されて、騎士団へ突き出すのはいつでも出来るのだから、今は家の名誉のために沈黙しろと言い含められたんだ。クソ爺めっ! あのとき奴らを告発していれば、好敵手殿が殺されることはなかったのに!」
「オーガスタス様……理由はわかりませんが、時間は戻りました。私はこうして生きておりますし、貴方に注意喚起することも出来ましたわ」
「ありがとう。でも……殺された記憶は、大切な人を喪った記憶は残っているのだろう?」
オーガスタス様はちらりとエミリーに視線を向けました。エミリーも案じるように私を見ます。
「大丈夫、大丈夫です。オーガスタス様にいただいた梨でエミリーに焼き菓子を作ってもらえれば、消えてしまった時間のことなど忘れられますわ」
「そうか……」
暗い青色の瞳に私を映して、オーガスタス様は優しい表情になられました。
「……俺は叔父どもを告発しようと思う。今回は時間が戻ったおかげで事なきを得られそうだが、いつまたロクでもないことを仕出かすかしれない。どんな条件で交換殺人にいたったのかはわからないものの、躊躇いなく好敵手殿を殺した屑どもをこれ以上野放しにはしておけない」
「マーシャル侯爵家は大丈夫なのですか?」
「分家はクソ爺の前に分かれた血筋だ。爺直系の俺が当主の座を退けば、なんとかなるだろう」
「そんなっ! 当主の座を退いて、オーガスタス様はどうなさるのですか?」
「……さっきはわからない振りをして見せたが、時間が戻ったのはきっと、ハリーがくれた外套の釦に刻まれた古代魔導呪文の効果なんだ」
「幸せになるおまじない、ですか?」
オーガスタス様は頷いて、おっしゃいました。
「両親の死後、マーシャル侯爵家の当主として俺は精いっぱいやって来た。いつ死んでも後悔はない。叔父どもは告白書を書かされたときに我が家の継承権も放棄しているしな。だが……好敵手殿が命を奪われてしまったら、俺の魂は幸せになれない」
それはどういう意味ですか? そんな質問を飲み込みます。
私達はまだ貴族家の多忙な当主同士なのです。
キーラのこともオーガスタス様の叔父達のことも、どう転ぶかわかりません。五度目の今はこれまでの繰り返しとは違うのですから。でも、もし彼の言葉の意味が──
「もちろんこれですべてが解決したわけではないが、解決の糸口にはなっただろう。しかし糸口が掴めたのは、好敵手殿がなにがあっても諦めずに行動していたからだ。家臣を巻き込まないために行く場所を変えていたから、殺人犯三人の特徴を確認することが出来た。俺の死を知って注意喚起しようと考えてくれたから、三人が俺の叔父どもかもしれないとわかり、おぼろげに事件の概要が見えてきた」
掠れた声で語った後で、彼は暗い青色の瞳を細めて優しい笑顔になりました。
「好敵手殿、君はもっと自信を持つべきだ。君はとても……素晴らしい女性だよ」
私は熱くなる顔をオーガスタス様から逸らし、まるで初めからそのつもりだったかのように、座席の隣に腰かけたエミリーに向かって唇を開きました。
ええ、私とオーガスタス様は学園の同級生で貴族家の当主同士で、試験の結果で争っていた好敵手という関係なので、ふたりっきりになってはいけません。
常に侍女に見守られていなくてはいけないのです。
「エミリーもありがとう」
彼女は微笑みました。
本当はいろいろと言いたいことがあるのだと思います。
でもこれまでに繰り返してきた時間と同じように、彼女は黙って隣にいてくれるのです。もしかしたら時間が戻った、なんてわけのわからないことを言い出した主人の頭を心配してくれているのかもしれませんが。
「……好敵手殿。俺は君に告白しなくてはいけないことがある」
「はい?」
「実は……」
揺れる馬車の中、向かいの席に座った彼の暗い青色の瞳が私を映し出しています。
あり得ないことを想像して、私の心臓が飛び跳ねました。
オーガスタス様が掠れた声で言葉を続けます。
「叔父どもが俺の両親を殺したんだ」
「……」
思っていた言葉とは違いますが、衝撃的な告白でした。
「わかっていらっしゃるのに、どうして野放しに……いいえ、ごめんなさい。理解出来ますわ。マーシャル侯爵家の名誉をお守りになるためですね」
オーガスタス様の祖父である先々代のマーシャル侯爵が小劇団の美人女優達に熱を上げて、一度に三人に子どもを産ませたというだけでも十分な醜聞なのです。
その子ども達が正妻の子ども、侯爵家を継いだ嫡子を殺しただなんて知れたら、マーシャル家の名前は地に落ちることでしょう。
異母妹の姿が脳裏に浮かびます。もし時間が戻らずに私が死んだ後も世界が続いていたら、ベイリー男爵家はどうなっていたのでしょう。
「爺に叔父どもが書いた告白書を渡されて、騎士団へ突き出すのはいつでも出来るのだから、今は家の名誉のために沈黙しろと言い含められたんだ。クソ爺めっ! あのとき奴らを告発していれば、好敵手殿が殺されることはなかったのに!」
「オーガスタス様……理由はわかりませんが、時間は戻りました。私はこうして生きておりますし、貴方に注意喚起することも出来ましたわ」
「ありがとう。でも……殺された記憶は、大切な人を喪った記憶は残っているのだろう?」
オーガスタス様はちらりとエミリーに視線を向けました。エミリーも案じるように私を見ます。
「大丈夫、大丈夫です。オーガスタス様にいただいた梨でエミリーに焼き菓子を作ってもらえれば、消えてしまった時間のことなど忘れられますわ」
「そうか……」
暗い青色の瞳に私を映して、オーガスタス様は優しい表情になられました。
「……俺は叔父どもを告発しようと思う。今回は時間が戻ったおかげで事なきを得られそうだが、いつまたロクでもないことを仕出かすかしれない。どんな条件で交換殺人にいたったのかはわからないものの、躊躇いなく好敵手殿を殺した屑どもをこれ以上野放しにはしておけない」
「マーシャル侯爵家は大丈夫なのですか?」
「分家はクソ爺の前に分かれた血筋だ。爺直系の俺が当主の座を退けば、なんとかなるだろう」
「そんなっ! 当主の座を退いて、オーガスタス様はどうなさるのですか?」
「……さっきはわからない振りをして見せたが、時間が戻ったのはきっと、ハリーがくれた外套の釦に刻まれた古代魔導呪文の効果なんだ」
「幸せになるおまじない、ですか?」
オーガスタス様は頷いて、おっしゃいました。
「両親の死後、マーシャル侯爵家の当主として俺は精いっぱいやって来た。いつ死んでも後悔はない。叔父どもは告白書を書かされたときに我が家の継承権も放棄しているしな。だが……好敵手殿が命を奪われてしまったら、俺の魂は幸せになれない」
それはどういう意味ですか? そんな質問を飲み込みます。
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