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第九話 感謝
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旧大陸の遺跡で発見された古代魔導呪文を利用して作られた魔道具には光景を紙に記録出来るものもあり、写真と呼ばれて新聞などにも使われています。
けれど、長時間に渡る光景を記録するものはまだありません。
キーラが私に成りすましてハリー様の遺産手続きをしていたとしても、それを証明することは出来ないでしょう。
だけど彼女が遺書まで偽造していたとしたら、それを保管している神殿から取り寄せて署名の真偽を確認することが可能です。筆跡によって罪を立証出来るに違いありません。
「良かったら、これから一緒に神殿へ行くか? 前から取り引きのある神殿なら好敵手殿の顔を知っているだろうが、そうでない神殿だったとしても俺が保証人になれば話が早く済むはずだ。俺は学園在学時から代理人に同行するようにしていたから、マーシャル侯爵家の当主として顔を知られているんだ」
「お願い出来ますか?」
私はエミリーに護衛騎士と馬車の準備を命じました。
エミリーが戻るまではふたりきりです。
まあ有能な彼女は、ちゃんと応接室の扉を開けて、廊下の侍従に後を頼んで行ったのですが。先ほど感情を迸らせてしまったのは、私とオーガスタス様の会話があまりにもとんでもないものだったからでしょう。真実だと信じられるかどうかはべつにしても、主人である私が死んだり、私を庇った自分も死んだりして時間が巻き戻ったなんて聞いて、混乱しないわけがないのです。
神殿にはあまり良い思い出がありません。
金銭関係のことは面倒なだけですし、それ以外だと祖父や母の葬儀の準備で行ったくらいです。
唯一の楽しい記憶はアーネスト様との婚約式でしたけれど、それも先日の婚約破棄によって嫌なものに変わってしまいました。ハリー様の遺産横取りにアーネスト様も関係していたとしたら、さらに嫌な思い出になってしまうことでしょう。
なのに、私の心は弾んでいました。
オーガスタス様と一緒にお出かけするというだけのことなのに、です。
貴族家の多忙な当主同士の私達が結ばれることなど、ありはしないとわかっているのに……
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
原本はそれぞれの神殿で保管されているけれど、届け出があったという情報はすべての神殿で共有されています。
オーガスタス様と最寄りの神殿へ行って確認すると、彼の推理通り私がハリー様の遺産を受け取って、それを異母妹キーラに残すと記した遺言書が届けられているという記録があったのです。
マーシャル侯爵家当主であるオーガスタス様が保証してくださいましたし、最寄りの神殿の神官は私の顔を知っていましたので、問題なく確認出来ました。
「遺産の受け取りと遺言書の提出をおこなっている神殿に連絡して、署名の真偽を確かめましょう。先代ベイリー男爵の生存時に補佐をしていたビアトリス様のお父上が同行していない状態で手続きがなされているということは、神殿の内部に偽装に手を貸した仲間がいるという可能性があります。……大変申し訳ございませんでした」
「いいえ、神官様のせいではありませんわ。ほかの神殿でおこなわれたことまでわかるわけがないですもの。知らぬ間に手紙を奪われていた私にも問題があります」
手紙を受け取ったり振り分けたりしてくれている家令や侍従にしても、私自身が来ることを知らなかった手紙について確認することはないでしょう。
ハリー様は男爵家とはなんの取り引きもしていませんでしたし……母の前の婚約者からの手紙だなんて難しい存在のことを私に聞くはずがありません。
それに聞かれていたとしても、私は母の貞節を疑われたように感じて、手紙の存在を認識していようとしていまいと、そんなもの知らないと答えたに違いないのです。
キーラが私の振りをして届け出を出していたのは、彼女が母親とともに囲われていた下町の神殿でした。
あの子の友人や知り合いが神官を務めているのかもしれません。
取り寄せた書類の署名と比較するために私の正規の署名を登録して、神殿での手続きは終わりました。
これ以上は私に出来ることはありません。
私がした署名は魔道具によって複写されて、もう二度とこのようなことがないように保管されるのだそうです。
そういえば顔の写真も撮られました。せっかく便利な魔道具が出来ているのだから、少しでも間違いをなくすために運用していくのだそうです。
「ありがとうございました」
帰りの馬車の中でお礼を言うと、オーガスタス様は苦笑を漏らしました。
「好敵手殿の知り合いの神官がいたから、俺は必要なかったじゃないか」
「それでもオーガスタス様に同行していただけて心強かったですわ。本当にありがとうございます。……私だけなら五度目の今回も解決出来ていなかったと思います」
「それは違うな、好敵手殿」
けれど、長時間に渡る光景を記録するものはまだありません。
キーラが私に成りすましてハリー様の遺産手続きをしていたとしても、それを証明することは出来ないでしょう。
だけど彼女が遺書まで偽造していたとしたら、それを保管している神殿から取り寄せて署名の真偽を確認することが可能です。筆跡によって罪を立証出来るに違いありません。
「良かったら、これから一緒に神殿へ行くか? 前から取り引きのある神殿なら好敵手殿の顔を知っているだろうが、そうでない神殿だったとしても俺が保証人になれば話が早く済むはずだ。俺は学園在学時から代理人に同行するようにしていたから、マーシャル侯爵家の当主として顔を知られているんだ」
「お願い出来ますか?」
私はエミリーに護衛騎士と馬車の準備を命じました。
エミリーが戻るまではふたりきりです。
まあ有能な彼女は、ちゃんと応接室の扉を開けて、廊下の侍従に後を頼んで行ったのですが。先ほど感情を迸らせてしまったのは、私とオーガスタス様の会話があまりにもとんでもないものだったからでしょう。真実だと信じられるかどうかはべつにしても、主人である私が死んだり、私を庇った自分も死んだりして時間が巻き戻ったなんて聞いて、混乱しないわけがないのです。
神殿にはあまり良い思い出がありません。
金銭関係のことは面倒なだけですし、それ以外だと祖父や母の葬儀の準備で行ったくらいです。
唯一の楽しい記憶はアーネスト様との婚約式でしたけれど、それも先日の婚約破棄によって嫌なものに変わってしまいました。ハリー様の遺産横取りにアーネスト様も関係していたとしたら、さらに嫌な思い出になってしまうことでしょう。
なのに、私の心は弾んでいました。
オーガスタス様と一緒にお出かけするというだけのことなのに、です。
貴族家の多忙な当主同士の私達が結ばれることなど、ありはしないとわかっているのに……
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
原本はそれぞれの神殿で保管されているけれど、届け出があったという情報はすべての神殿で共有されています。
オーガスタス様と最寄りの神殿へ行って確認すると、彼の推理通り私がハリー様の遺産を受け取って、それを異母妹キーラに残すと記した遺言書が届けられているという記録があったのです。
マーシャル侯爵家当主であるオーガスタス様が保証してくださいましたし、最寄りの神殿の神官は私の顔を知っていましたので、問題なく確認出来ました。
「遺産の受け取りと遺言書の提出をおこなっている神殿に連絡して、署名の真偽を確かめましょう。先代ベイリー男爵の生存時に補佐をしていたビアトリス様のお父上が同行していない状態で手続きがなされているということは、神殿の内部に偽装に手を貸した仲間がいるという可能性があります。……大変申し訳ございませんでした」
「いいえ、神官様のせいではありませんわ。ほかの神殿でおこなわれたことまでわかるわけがないですもの。知らぬ間に手紙を奪われていた私にも問題があります」
手紙を受け取ったり振り分けたりしてくれている家令や侍従にしても、私自身が来ることを知らなかった手紙について確認することはないでしょう。
ハリー様は男爵家とはなんの取り引きもしていませんでしたし……母の前の婚約者からの手紙だなんて難しい存在のことを私に聞くはずがありません。
それに聞かれていたとしても、私は母の貞節を疑われたように感じて、手紙の存在を認識していようとしていまいと、そんなもの知らないと答えたに違いないのです。
キーラが私の振りをして届け出を出していたのは、彼女が母親とともに囲われていた下町の神殿でした。
あの子の友人や知り合いが神官を務めているのかもしれません。
取り寄せた書類の署名と比較するために私の正規の署名を登録して、神殿での手続きは終わりました。
これ以上は私に出来ることはありません。
私がした署名は魔道具によって複写されて、もう二度とこのようなことがないように保管されるのだそうです。
そういえば顔の写真も撮られました。せっかく便利な魔道具が出来ているのだから、少しでも間違いをなくすために運用していくのだそうです。
「ありがとうございました」
帰りの馬車の中でお礼を言うと、オーガスタス様は苦笑を漏らしました。
「好敵手殿の知り合いの神官がいたから、俺は必要なかったじゃないか」
「それでもオーガスタス様に同行していただけて心強かったですわ。本当にありがとうございます。……私だけなら五度目の今回も解決出来ていなかったと思います」
「それは違うな、好敵手殿」
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