この嘘が暴かれませんように

豆狸

文字の大きさ
2 / 4

 嫁ぎ先のすぐ隣の領地にいるのも辛いだろうと、両親は私に王都の別邸で暮らすことを勧めてくれた。
 私としても貴族の集まる王都のほうが、いろいろと都合がいい。
 別邸には弟もいるけれど、弟はまだ独身で爵位も継いでいないし、一カ月のほとんどを王立魔道技術院で寝泊まりしている。実質ひとり暮らしのようなものだった。あ、侍女や使用人はいるわよ?

 好奇心旺盛で噂が好きなおしゃべり雀たちは嬉々として私をお茶会に招いてくれた。
 今日もとある子爵家のお茶会に招かれている。

 一方夫は、相変わらず辺境で魔獣退治の日々を過ごしていた。
 いや、元夫だ。
 闇市で遺跡から発掘された怪しげな魔道具でも買い込んで使っているのだろうか。一年ぶりに会った元夫の体にはいくつもの傷があった。買い替えるお金がなくて着ている古臭い礼装から覗く肌は、どこか薄汚い。……以前なら魔獣に反撃されることなく一撃で倒せていたのに、弟の作った魔道具なら小さな傷をその場で癒す付与効果も付いていたのに。

「お久しぶりです、閣下」
「……ああ、久しぶりだな」

 元夫は怒りを押し殺した声で言った。
 もっと早く来ると思っていたわ。
 武勇の誉れ高い侯爵家と褒め称えられるのを当然に思い、社交界に顔を出して人脈を作るのを怠っているから、流れる噂に気づくのが遅れたのでしょうね。いいえ、先代侯爵があの女の配偶者である先代男爵のところへ怒鳴り込んで憤死した件が、今も面白おかしく語り継がれているからかもしれないわ。王家から授かった神具を売り払われたことを隠すため、わざと不倫のことだけ強調して噂を広めたのは侯爵家のほうだけれど。

「今日は聞きたいことがあってきた。お前は……「コホン」」

 私の後ろで執事が咳払いをする。
 離縁した以上私と夫は他人同士だ。
 いくら身分の高い侯爵家であろうとも、他家の令嬢を気安く呼ぶことは許されない。もちろんふたりっきりで会話するなどもってのほかだ。私の隣には侍女、元夫の隣には侍従もいる。

「失礼。……伯爵家のご令嬢は、お茶会で流れている噂をご存じではないか」
「お茶会では様々な噂が流れますわ。噂を好む方々がお茶会に集まるのですもの。閣下がおっしゃる噂とはどのようなものでしょうか」
「俺のケツ……」
「……はい?」
「わっ、私の臀部に関わる「ゴホン、ゴホン、ゴホン!」」

 私は持っていた扇で口元を隠し、元夫から視線を逸らした。

「申し訳ありません、閣下。元夫婦といっても今は他人。そんな尾籠な話を私にされても困るのですが」

 元夫が頭を抱えて溜息を漏らしたとき、部屋の外にだれかが来た。
 執事が確認して、元夫になにかを囁いた。
 彼の顔色が変わる。元夫と違って、私のほうは三日と空けずお茶会に通っている。数日前元夫と一緒に王都へ来たあの女が、とっくの昔に絶縁されている婚家に毎日押しかけて息子である現男爵に会わせろと騒いでいることくらい知っていた。

「……もう行かないと約束してくれたのに……」

 元夫が漏らした呟きに苦笑がこぼれる。
 魔道具のため、侯爵家存続のために仕方がないのだと何度説得しても、あの女は私たちの寝室に入り込んできたじゃないの。
 あの女のなにが信じられるというのかしら。あなたが幼いときに亡くなったお母様は自分の息子と同い年の子どもを誘惑するような方ではなかったと思うわよ?

「こちらから押しかけたのにすまないが、今日はこれで帰らせてもらう」
「ええ、どうぞ。『真実の愛』は大切になさらなくてはいけませんわ」

 元夫は泣きそうな顔をして侍従と出ていった。
 なにが悲しいの?
 『真実の愛』という言葉は初夜の晩、あなた自身が私におっしゃったことなのに。

 ──侯爵家のため、跡取りは君に産んでもらう。だが、俺の真実の愛は彼女にある。

 あの後あの女が乱入してこなかったら、あなたは驚愕で頭が真っ白になっていた私を抱いたのかしら?
 思いながら私は、子爵家のお茶会へ向かう準備を始めた。
 元夫との対面を受け入れたときに到着が遅れるという書状は送っている。

あなたにおすすめの小説

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

真実の愛だった、運命の恋だった。

豆狸
恋愛
だけど不幸で間違っていた。

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

真実の愛の言い分

豆狸
恋愛
「仕方がないだろう。私とリューゲは真実の愛なのだ。幼いころから想い合って来た。そこに割り込んできたのは君だろう!」 私と殿下の結婚式を半年後に控えた時期におっしゃることではありませんわね。

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

婚約者への愛を薔薇に注ぎました

恋愛
妹と違って家族にも、婚約者にも愛されなかったメルティナ。王国一の魔法使いエミディオの力で時間を巻き戻し、彼の妻になったメルティナは今とても幸福に満ち溢れていた。 魔法薬店を営むメルティナの許に、元婚約者が現れた。 嘗て狂おしい程に愛した元婚約者を見ても、愛がすっかりと消えてしまったメルティナの心は揺れなかった。 ※なろうさんにも公開しています。

それは確かに真実の愛

宝月 蓮
恋愛
レルヒェンフェルト伯爵令嬢ルーツィエには悩みがあった。それは幼馴染であるビューロウ侯爵令息ヤーコブが髪質のことを散々いじってくること。やめて欲しいと伝えても全くやめてくれないのである。いつも「冗談だから」で済まされてしまうのだ。おまけに嫌がったらこちらが悪者にされてしまう。 そんなある日、ルーツィエは君主の家系であるリヒネットシュタイン公家の第三公子クラウスと出会う。クラウスはルーツィエの髪型を素敵だと褒めてくれた。彼はヤーコブとは違い、ルーツィエの嫌がることは全くしない。そしてルーツィエとクラウスは交流をしていくうちにお互い惹かれ合っていた。 そんな中、ルーツィエとヤーコブの婚約が決まってしまう。ヤーコブなんかとは絶対に結婚したくないルーツィエはクラウスに助けを求めた。 そしてクラウスがある行動を起こすのであるが、果たしてその結果は……? 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

〖完結〗私を捨てた旦那様は、もう終わりですね。

藍川みいな
恋愛
伯爵令嬢だったジョアンナは、アンソニー・ライデッカーと結婚していた。 5年が経ったある日、アンソニーはいきなり離縁すると言い出した。理由は、愛人と結婚する為。 アンソニーは辺境伯で、『戦場の悪魔』と恐れられるほど無類の強さを誇っていた。 だがそれは、ジョアンナの力のお陰だった。 ジョアンナは精霊の加護を受けており、ジョアンナが祈り続けていた為、アンソニーは負け知らずだったのだ。 精霊の加護など迷信だ! 負け知らずなのは自分の力だ! と、アンソニーはジョアンナを捨てた。 その結果は、すぐに思い知る事になる。 設定ゆるゆるの架空の世界のお話です。 全10話で完結になります。 (番外編1話追加) 感想の返信が出来ず、申し訳ありません。全て読ませて頂いております。ありがとうございます。