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第三話 鏡
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フォリーが王都伯爵邸の応接室に入るのは初めてのことだった。
客ではなく身内だからだ。
まだ学園生で成人と認められていないこともあり、跡取り娘であるジャンヌのように伯爵家に来る客のもてなしをする義務もなかった。
(どういうことかしら?)
自室にいたところを侍女に声をかけられ、先導されて応接室に来たフォリーは首を傾げた。中でジャンヌが待っているのだという。
(アタシとアルテュールを別れさせるために、無理矢理縁談でも押し付ける気? バッカじゃないの? 父さんが許すわけないわよ。それにこの家を追い出されたって、アルテュールのほうからアタシを探して会いに来るわ)
フォリーがそんなことを考えている間に、侍女が室内のジャンヌに確認を取って扉を開けた。
初めて見る室内に目をやって、息を呑む。
鏡が、あった。
ジャンヌが座っている家人用の長椅子の後ろにある、壁に付けられた大きな鏡のことではない。
彼女の向かいの客用長椅子にフォリーが座っていたのだ。
そんなはずはない。だがフォリーにはそう感じられた。そこに鏡があるのかとさえ思えた。
自分と同じ色の髪、瞳、顔立ち──いや、違う。よく見れば身長も体格も違った。
(なんだ、男じゃない。どうして鏡でも見てるみたいにアタシにそっくりなのよ。……男?)
頭の中にうっすらとした記憶が蘇っていく。
母が亡くなって、劇場も所有者が変わったと言われて追い出された直後の記憶だ。
ジャンヌの父親である伯爵代行のエベールは、領地へ拠点を移す当主に付き添っていて王都にはいなかった。
血の気の引いたフォリーに向かって、鏡に映った虚像と勘違いするほどに自分とよく似た男が口を開いた。
「久しぶりですね、フォリー? 僕の父の葬儀に来たときは、我が家の娘だと称していた貴女が、どうして伯爵家の娘として暮らしているんですか?」
「ア、アンタが。アンタが違うって言ったんでしょ?」
国内一と噂される規模の豪商の若き会頭が首を横に振る。
「貴女が僕の亡き父の娘だということは否定していませんよ。母親が違っても、こんなにそっくりなんですから。僕はただ、父の遺書に貴女のことは書いていなかったから、あげられるものはなにもないと教えてあげただけです」
フォリーの母親マルールは娘の父親を公言していなかった。
ジャンヌの父エベールが、自分が父親だと信じ込んでいるだけだ。
その気持ちのすべてが愛かどうかはわからない。少なくとも家にとって大切な事業を潰してまで造った劇場を貢いだのに、自分はただの金蔓で歌姫の本命はべつにいる、だなんて考えたくもないだろうことは想像に難くない。
血縁関係が証明されるだけで相続の権利が発生する国もあるが、フォリー達の暮らすこの国は違った。
遺書が最優先なのだ。
そもそも血縁関係の証明技術がまだ確立されていないことが原因だ。少し似ているだけの人間がご落胤を名乗るのを受け入れていたら、貴族社会が崩壊してしまう。それでもフォリーのように、自分が父親だと思い込んでいる人間の愛情を利用して貴族家に入り込む人間は存在した。
「実は我が家の商会が、これまでの活躍を国に認められて叙爵されることになったんです」
長椅子の男が目を細めて笑顔になった。
それを見てフォリーは、この男が葬儀でも笑顔だったことを思い出した。
女癖が悪くて母親を苦しめ続けてきた父親の死を喜んで笑顔でいるのかと思っていたが、表情を変えることでフォリーや父親との相似を隠していたのかもしれない。
「だからね、貴女は伯爵代行のエベール卿に真実を告白して伯爵家と絶縁してください。僕が爵位を得て貴族として出席した社交界で血縁関係に気づかれたら、伯爵家を乗っ取ろうとしていた貴女とのつながりを疑われて、お家乗っ取りの罪で部下達まで罰せられてしまうかもしれませんから」
「は、伯爵家を乗っ取ろうとなんてしてないわよ。アタシはエベール父さんが実の父親だって信じてたのよ!」
「歌姫が亡くなって、最初に来たのが我が家だったのにですか?」
「エベール父さんは王都にいなかったから!」
「歌姫の情夫はほかにもたくさんいたでしょう? 歌姫と関係を持ちながらも、エベール卿の良い友人を演じていた男性もいた。エベール卿が実の父親だと信じていたのなら、そういった方のところで彼が王都に戻るまでの庇護を求めたほうが良かったのでは?」
尋ねながら、男は細めていた目を見開いた。
そうするとフォリーにそっくりだ。
血のつながった異母兄妹とはいえ、性別が違うというのに、フォリーには彼が鏡に映った自分の姿のようにしか見えなかった。
客ではなく身内だからだ。
まだ学園生で成人と認められていないこともあり、跡取り娘であるジャンヌのように伯爵家に来る客のもてなしをする義務もなかった。
(どういうことかしら?)
自室にいたところを侍女に声をかけられ、先導されて応接室に来たフォリーは首を傾げた。中でジャンヌが待っているのだという。
(アタシとアルテュールを別れさせるために、無理矢理縁談でも押し付ける気? バッカじゃないの? 父さんが許すわけないわよ。それにこの家を追い出されたって、アルテュールのほうからアタシを探して会いに来るわ)
フォリーがそんなことを考えている間に、侍女が室内のジャンヌに確認を取って扉を開けた。
初めて見る室内に目をやって、息を呑む。
鏡が、あった。
ジャンヌが座っている家人用の長椅子の後ろにある、壁に付けられた大きな鏡のことではない。
彼女の向かいの客用長椅子にフォリーが座っていたのだ。
そんなはずはない。だがフォリーにはそう感じられた。そこに鏡があるのかとさえ思えた。
自分と同じ色の髪、瞳、顔立ち──いや、違う。よく見れば身長も体格も違った。
(なんだ、男じゃない。どうして鏡でも見てるみたいにアタシにそっくりなのよ。……男?)
頭の中にうっすらとした記憶が蘇っていく。
母が亡くなって、劇場も所有者が変わったと言われて追い出された直後の記憶だ。
ジャンヌの父親である伯爵代行のエベールは、領地へ拠点を移す当主に付き添っていて王都にはいなかった。
血の気の引いたフォリーに向かって、鏡に映った虚像と勘違いするほどに自分とよく似た男が口を開いた。
「久しぶりですね、フォリー? 僕の父の葬儀に来たときは、我が家の娘だと称していた貴女が、どうして伯爵家の娘として暮らしているんですか?」
「ア、アンタが。アンタが違うって言ったんでしょ?」
国内一と噂される規模の豪商の若き会頭が首を横に振る。
「貴女が僕の亡き父の娘だということは否定していませんよ。母親が違っても、こんなにそっくりなんですから。僕はただ、父の遺書に貴女のことは書いていなかったから、あげられるものはなにもないと教えてあげただけです」
フォリーの母親マルールは娘の父親を公言していなかった。
ジャンヌの父エベールが、自分が父親だと信じ込んでいるだけだ。
その気持ちのすべてが愛かどうかはわからない。少なくとも家にとって大切な事業を潰してまで造った劇場を貢いだのに、自分はただの金蔓で歌姫の本命はべつにいる、だなんて考えたくもないだろうことは想像に難くない。
血縁関係が証明されるだけで相続の権利が発生する国もあるが、フォリー達の暮らすこの国は違った。
遺書が最優先なのだ。
そもそも血縁関係の証明技術がまだ確立されていないことが原因だ。少し似ているだけの人間がご落胤を名乗るのを受け入れていたら、貴族社会が崩壊してしまう。それでもフォリーのように、自分が父親だと思い込んでいる人間の愛情を利用して貴族家に入り込む人間は存在した。
「実は我が家の商会が、これまでの活躍を国に認められて叙爵されることになったんです」
長椅子の男が目を細めて笑顔になった。
それを見てフォリーは、この男が葬儀でも笑顔だったことを思い出した。
女癖が悪くて母親を苦しめ続けてきた父親の死を喜んで笑顔でいるのかと思っていたが、表情を変えることでフォリーや父親との相似を隠していたのかもしれない。
「だからね、貴女は伯爵代行のエベール卿に真実を告白して伯爵家と絶縁してください。僕が爵位を得て貴族として出席した社交界で血縁関係に気づかれたら、伯爵家を乗っ取ろうとしていた貴女とのつながりを疑われて、お家乗っ取りの罪で部下達まで罰せられてしまうかもしれませんから」
「は、伯爵家を乗っ取ろうとなんてしてないわよ。アタシはエベール父さんが実の父親だって信じてたのよ!」
「歌姫が亡くなって、最初に来たのが我が家だったのにですか?」
「エベール父さんは王都にいなかったから!」
「歌姫の情夫はほかにもたくさんいたでしょう? 歌姫と関係を持ちながらも、エベール卿の良い友人を演じていた男性もいた。エベール卿が実の父親だと信じていたのなら、そういった方のところで彼が王都に戻るまでの庇護を求めたほうが良かったのでは?」
尋ねながら、男は細めていた目を見開いた。
そうするとフォリーにそっくりだ。
血のつながった異母兄妹とはいえ、性別が違うというのに、フォリーには彼が鏡に映った自分の姿のようにしか見えなかった。
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