愛されるために生まれてきたの。

豆狸

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第六話 夢

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「なにか勘違いしているようだが、はっきり言ってやろう。私はお前のような女を愛してはいない。今後も愛することはない」

 王太子殿下にそう言われたのは、初夜だった。
 寝間着姿でベッドの端に腰かけて待っていた私のもとに、殿下はすでに愛妾として王宮に上がっていたロイバーナ様と抱き合ってやって来て言った。
 ふたりの背後には侍女達がいて、みな侮蔑と嘲笑を浮かべた顔で私を見ていた。

 私が望んだ婚姻ではない。
 去年、学園の卒業パーティで婚約破棄されたことで王太子殿下への想いは消えている。
 ここへ来たのは一度掴みかけた野望次代の王の後見になるを捨てきれなかったバウマン公爵に殴られたのと、国王陛下ご夫妻の脅しのせいだ。

 ロイバーナ様は側妃の仕事すらできない。
 このままでは国が滅び、民が不幸になってしまうと彼らは言った。
 その民の一員であるはずの侍女達は、私を悪女としか見ていないのに。

「本当のことばっかり言っちゃ可哀相よ、タイソン」

 ロイバーナ様の声に思い出す。
 そう、王太子殿下はタイソンという名前だった。
 昔はその名前で呼んでいたけれど、学園在学中に呼ぶなと言われて王太子殿下とだけ呼ぶようになったのだ。あのときはまだ涙が残っていた。

「この国のために働いてくれるんだから愛してる振りでもしてあげなくちゃ」
「そんなことできるものか、ロイバーナ。学園で君を苛めていた性根の腐った女だよ」

 王太子殿下は、下町で出会った彼女を特待生として無理矢理学園に通わせた。
 殿下だけでなく高位貴族の子息達にすり寄る彼女に注意をした覚えはあるが、呑気に苛めなどしていた記憶はない。
 妃教育を受け、王太子の婚約者として公務をこなし、その上で学園でも良い成績を残すための努力をするだけで一日は終わっていった。もちろん将来に備えて貴族令嬢と縁を結ぶことも忘れていなかった。

 ……すべて無駄になったけど。
 親しくしていた貴族令嬢方は王太子殿下の側近達の婚約者だった。
 彼女達も私と同じように卒業パーティで婚約を破棄され、今は社交の場で姿を見ることもない。どこへ行ったか探そうにも、私には義務だけあって権利も力もない。

 やがてふたりも、本当は私の世話をするはずだった侍女達も姿を消して、私はひとりベッドで眠った。
 王太子殿下に抱かれなくて良かったと心から思った。
 翌日も早朝から深夜まで仕事が詰まっていたのだ。少しでも睡眠時間を確保したかった。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「バウマン公爵令嬢クリスティーネ! 王太子である私タイソンは、お前との婚約を破棄する! 私の愛しいロイバーナを苛めるような性根の腐った女を愛することはできない!」

 学園の卒業パーティで王太子殿下に婚約を破棄されたときは、まだ彼のことを愛していた。
 だから泣いた。泣きじゃくった。
 泣き声がうるさいと、お前のせいで私の野望がついえたと、バウマン公爵に殴られても泣き続けた。──そして、涙はやがて涸れ果てた。

 たぶん私は、婚約破棄されるまで夢を見ていたのだと思う。
 どんなにロイバーナ様と睦み合っていても、王太子殿下は最後には私のところへ戻って来てくれるのだと。
 だってそうでも考えないと、自分がだれにも愛されてないことに気づいてしまうから。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「クリスティーネ嬢は法律にも造詣が深いんだな」

 侯爵子息だったウルリヒ様に言われたのは、帝国の大学に短期留学していたときだった。

「歴史を調べていると自然と詳しくなるのです」
「ものごとには原因と結果があるからな」
「はい。この戦争が起こったから、この条約が結ばれてこの法律ができた、なんてことがいっぱいですもの」
「近代史が専門だったっけか?」
「いいえ、古代史です。自分の国の精霊樹の実を他国の枯れかけた精霊樹に分け与えていた、心優しい昔の人達に憧れているのです」
「精霊樹がふたつ以上実をつけたとき、よその精霊樹に移植するのは……」

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 そこで、目が覚めた。
 あのとき彼は、なんと言ったのだろう。なにかあって途中で会話が終わったのだったか。
 まだ辺りは暗い。ぼんやりした頭を上げると、私を抱き締めていたウルリヒ陛下と目が合った。

「起こしてしまいましたか?」
「愛しいつがいが腕の中にいて眠れるはずがないだろう」
「……本当に私はウルリヒ陛下のつがいなのですか?」
「そうだ。まあヒト族のつがいの衝動は薄いっていうから、気づかなくても仕方がない。それに……つがいじゃなくても俺はあんたに恋してたと思うぜ」
「どうしてですか? 私は家族にも婚約者にも夫にも必要とされなかった人間なのに」

 結局国にも民にも必要とされていなかった。
 一年前の密やかな婚礼で、少しだけ王都を回ったときに顔を合わせた民人達は私には祝福の言葉をかけてはくれなかった。
 ウルリヒ陛下の大きな手が髪の毛をかき混ぜてくれる。虎獣人の長く鋭い爪は、絶対に私を傷つけなかった。

「言ったろ、あんたは俺に愛されるために生まれてきたんだ。ほかのヤツらの評価なんか気にすることない。本来なら婚約者の王太子とふたりで留学してくるはずだったのに、どうしてか女の子ひとりで外国へ送られて、それでもめげずに勉強をしてたあんたが好きだ。この国の莫迦どもは認めてないかもしれないが、この一年間王太子妃として必死に生きてきたあんたが好きだ。……帝国に戻ってからが本当の初夜だとか言っちまってたけど、キス、はしてもいいか」
「……」
「い、嫌なら我慢する! あんたがどうしても俺を好きになれないって言うなら、上手く離縁できるよう手続きする。だから……泣くなよ」

 長い指に目元の涙を拭われて、私は笑みを返した。

「違うんです。嬉しかったんです。あなたが私を認めてくれたから、それに……嫌じゃないです」
「ん?」
「キスされても嫌じゃないです、きっと」

 きっと私はあなたを好きになる。
 昨日までの、宴の途中までの苦しみから救ってもらっただけで好きになるには十分過ぎる。認めてもらって嬉しいし、留学中も話してくれて楽しかった。
 そんなことを言いきる前に、私の唇は彼に奪われた。そのまま激しくキスされ続けて、私の中に少しだけ残っていた、夢で思い出した言葉への疑問は溶けていった。
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