愛されるために生まれてきたの。

豆狸

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幕間 王太子の憂鬱な朝

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 朝が好きだった。
 前の夜に睦み合った気分のまま、愛しい人の顔を見て目覚める朝が待ち遠しかった。眠っている間は愛しい人を見つめられないのが辛くて、いつも眠るのが嫌だった。
 けれどいつもと同じ時間に目覚めたにも関わらず、その日の朝は全身が重く憂鬱に感じた。

 隣に愛するロイバーナの姿はない。
 ……愛するロイバーナ?
 彼女の姿を思い浮かべて、私は首を横に振った。私は彼女を愛しているのだろうか。どうして彼女を愛しているのだろうか。

 ロイバーナと出会ったときのことを思い出す。

 婚約者のクリスティーネがなぜか、ふたりで行く予定だった帝国の大学への短期留学にひとりで行っていた間だ。
 私はなぜ彼女をひとりで行かせたのだろう。
 なぜ一緒に行くか彼女の出発を遅らせるかしなかったのだろう。

 側近達に誘われて、私はお忍びで下町へ繰り出した。
 魔術師団長に護符をもらっていたので、良からぬ人間に魅了されることも側近達とはしゃいで飲み過ぎて泥酔することもない。そのはずだった。
 魔術師団長は母の遠縁だ。信頼できる人間だと母が言っていた。

 しかし私は泥のように酔っぱらい、酒場の給仕だったロイバーナと一夜をともにした。
 ……どうして? なぜ側近達は止めなかった? 無理矢理にでも私を王宮に連れ帰らなかった?
 どうして魔術師団長の護符は効かなかった?

 それからのことは悪夢としか思えなかった。
 私はロイバーナを特待生として学園にねじ込み、人前で睦み合って婚約者のクリスティーネを傷つけた。側近達が同じようにして自分の婚約者達を粗末にしていることにも疑問を抱かなかった。
 それだけじゃない。私は学園の卒業パーティでクリスティーネとの婚約を破棄した。

 なぜだ? 私はクリスティーネを愛していた。
 彼女が実の父親に冷遇されていることは知っていたが、放置していたのは傷ついたクリスティーネが私に依存していくのが嬉しかったからだ。
 きちんと王太子妃として迎えた暁にはバウマン公爵には罰を与えるつもりでいた。クリスティーネが母方の祖母から受け継ぐはずだった遺産を着服していることを指摘するだけで、金遣いの荒いあの男と後妻達を破滅させられるはずだった。

 王太子妃……そうだ、クリスティーネはちゃんと王太子妃だ。
 私の妻だ。
 初夜は酷いことを言ってしまったけれど、あのときの私はおかしかったのだ。長い間こびり付いていた泥をこそぎ落としたような、頭が晴れ渡っている気分の今ならわかる。私はロイバーナに魅了されていたのだ。……魔術師団長は魅了されていないと断言していたけれど。

「!」

 考えているうちに私は思い出した。
 私は昨夜、クリスティーネと離縁をしていた。一年間の白い結婚がその理由だ。
 どうして? 彼女と愛し合う日をずっと楽しみにしていたのに。どうして私はあんな女ロイバーナと夜を過ごしていたのだ? あの女の相手は私だけじゃない。父上にだって足を開くような──

 ふらつく足でベッドから降りる。
 黄金の髪に眩しい緑の瞳。温和な性格だが言うべきことは言う。歴史の研究が大好きで、その手の話になると笑顔で話し続ける。
 私の愛しい愛しい婚約者。王太子妃だった彼女は、昨夜ヘルツェル帝国皇帝の妻となった。つがいだなんておとぎ話のような言葉のために。

 一体どうしてこんなことになったんだ?
 公務の前に皇帝の部屋へ行こう。この王宮で一番豪華な客室だ。
 彼の妻となったクリスティーネは昨夜あの部屋で眠った。

「どうして!」

 クリスティーネは私のものなのに!
 震えながら廊下へ出た私のもとへ学園時代からの側近が現れた。
 真っ青な顔をした彼が憎くて仕方がなかった。彼らが私をお忍びに誘ったりするから、あんな女に憑りつかれて、大切な婚約者との仲がおかしくなったのだ。

「……どうした?」
「朝、起きたらあの女……ロイバーナへの想いがなくなっていて、俺はどうして、どうしてあんな女のために大切な婚約者を……」
「その女を私に引き合わせておいて、今さらなにを言っている」
「ああ、申し訳ありません。自分でもわけがわからないのです。学園の卒業後魔術師団に入団したアイツと一緒に魔術師団長にあの酒場で奢ってもらって、酔い潰れてあの女と関係を持ってからのことは悪夢のようで」
「私もだ。だが今はあの女ロイバーナのことはどうでも良い。私はクリスティーネのところへ行く」
「お待ちください、タイソン殿下。あの女ロイバーナが大広間にいます」
「はあ?」
「黒焦げで呻いています。どうやら精霊樹の実を盗み出そうとして雷を受けたようで……側には魔術師団長の死体もありました」
「なにがあったんだ!」

 客人である皇帝の朝は遅いはずだ。特に予定は入っていない。
 クリスティーネも今朝からは王太子妃としての仕事はない。
 王太子として優先させるべきなのはどちらかくらい、私にもわかっていた。

 クリスティーネは真面目な女性だ。
 私がおかしくなっていたときも、周囲に味方がいなくても、ひとり黙々と王太子妃の仕事をこなしていた。
 魅了が解けたといっても、王太子としてなすべきことをなさない私では呆れられてしまうだろう。私は溜息をついて、側近の近衛騎士隊長とともに大広間へ向かった。彼はずっと顔を真っ青に染めて絶望に沈んだ表情をしていた。
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