豆狸2024読み切り短編集

豆狸

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五月:夫婦という関係

遠い昔は愛していました。【死別】

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 私は港で海を眺めていました。

「知ってる? この海の向こうには滅びてしまった王国があったんだよ」

 見知らぬ男の子が現れて、私に話しかけてきました。
 身なりの良い貴族の子息です。
 少し離れたところに護衛がいるのが見えました。私の護衛と挨拶を交わしています。

「知っていますわ」

 私は頷きました。少年が嬉しそうな笑顔を浮かべます。

「側妃の産んだ子どもを殺そうとした王妃が処刑されて、悪霊になった王妃の呪いで滅んじゃったんだって!」
「ふふ」

 私は自嘲しました。
 民間ではそんな風に伝えられているのですね。
 いかにも好まれそうな刺激的な筋書きです。その王妃はきっと、国王と側妃の真実の愛を邪魔する根っからの悪女だったと言われているのでしょう。ええ、前世でもそうでした。

 私は前世を覚えています。
 側妃の息子を殺そうとしたとされて、処刑された王妃が私です。
 実際は本当に殺そうとしていたわけではありませんでした。死んだことにして王宮から追い出そうとしていただけなのです。

 それだけでも酷い? そうですね、そうおっしゃる方もいるでしょう。
 私が処刑された後で、側妃の息子を王位に就けようと企む下位貴族達が私の産んだ王子を暗殺しました。
 もともと身分が低く後ろ盾もなかった側妃とその息子は下位貴族達の言いなりになり、国は乱れて滅び去りました。

 自分が死んだ後のことを知っているのは前世を思い出した時点で調べたからです。
 王妃にも側妃にも加担しない後世の人間が、残された資料だけをもとにつなぎ合わせた過去は、私が見ても納得出来るものでした。
 それを予想して、恐れていたから私は側妃の息子を追い出したかったのです。

 私の王子は異母兄に当たる側妃の息子を慕っていました。
 彼を厭う母親の王妃を嫌っていました。
 私の処刑には、王子の証言が大きな役割を果たしていました。

 たとえ本人に悪意がなかったとしても、傀儡に最適な側妃の息子を利用しようという悪党は必ず現れます。
 あの子にも母親の側妃にも、悪党の手から身を守るすべはありませんでした。
 側妃親子に後ろ盾はなく、彼女達への愛を叫ぶ国王の目は節穴でしたもの。

 異母兄を慕う王子のために、死んだことにして姿を消させようとしていた王妃は恩情に満ちていたと思うのです。
 婚約者であり夫であった国王の愛を奪った側妃親子のことなど、どうでも良かったではありませんか。
 どうせ処刑されてしまうのなら愛する王子の未来を守るため、本当に側妃の息子を殺してしまえば良かったのに。操る傀儡がいなければ、政敵達も正当な王子に従うしかなかったはずです。

 でも、王妃は間違えました。
 王妃は国王を愛していました。
 幼いころからの婚約者だった彼が王太子でなかったころから慕っていました。彼のためにと努力してきたことをすべて否定されても、ずっと支え続けていました。王太子の座を守るために形だけ娶られて、先王に即位を認めさせるために王子を身籠らされても──

 側妃の息子を殺すかどうか考えたとき、王妃の胸には夫の国王の顔がぎったのです。
 彼が悲しむのではないかと案じてしまったのです。
 殺した振りで逃がしてやれば良いではないか、王宮から追い出しさえすれば良いではないか、そんなことを思ってしまったのです。愚かな国王の望むまま側妃の息子に王位を譲るという選択肢はありません。そのときは正当な王子を担ぐ人間が現れないようにと、側妃の息子を担ぐ人間が王子を暗殺するでしょうから。

「あのね、砂浜にはとっても綺麗な貝があるんだ。一緒に拾いに行かない?」

 あまり詳しい話は知らなかったのでしょう。
 王妃の呪いについての話は終わり、少年は貝の話を始めました。
 知っています。滅んだ王国にも海がありました。くるくると舞い踊っているような形で波音を運んでくれる貝がら、唯一無二の対と重なっている貝がらを拾って幼いころの王妃に渡してくれたのは……

 遠い異国には、夫婦は二世、という言葉があると聞いたことがあります。
 一度夫婦になったふたりには強い絆があり、死んで生まれ変わっても再び巡り合うというものです。
 私を砂浜へと誘う少年は、きっと前世の国王です。

 よく見れば遠い昔、少女だった王妃を砂浜に誘ってくれたときと同じ顔をしています。
 あのころの私は彼を愛していました。
 あのころは、彼も私を愛していたのでしょうか。

「お待たせ」

 兄の声に、私は少年を無視して振り向きました。
 今世の私はこの港町を支配する商人一家の末娘として生まれました。
 清濁併せ呑む商売をしている我が家は、ときに恐れられ、ときに慕われています。

「あ、あの……また会える?」

 貴族子息が私に言いました。
 彼が私に話しかけたのは、我が家と縁をつなぎたい親の命令でしょう。
 もしかしたら前世の記憶がうっすらと残っていて、私のことを懐かしいと感じたからかもしれません。

「さようなら」

 私はそれだけを口にしました。
 処刑された原因であっても、私は今も前世の王子を愛しています。
 手を血で汚しても、あの子の人生を脅かすものを排除しておけば良かったと思っています。異母兄を慕うあの子が私を嫌っていても、私はあの子を嫌うことなど出来ませんでした。父親の国王への愛が消えても、あの子への愛は消えません。

 夫婦は二世ですが、親子は一世だと言います。
 私が王子に再会して、あの子を幸せに出来る日は二度と訪れないのでしょう。
 それでも私はどこかで生まれ変わっているかもしれないあの子が、幸せであることを祈らずにはいられないのです。

 私は遠い昔に愛していた男性かもしれない少年に背を向けて、兄と一緒に歩き始めました。
 少し離れて護衛も追って来ます。
 前世の王子のことで後悔している私は、今世では愛する人達を守る手段を選ぶつもりはありません。兄も両親も、護衛もほかの使用人達も、これから出会う友人も愛する人も、絶対に守り通すつもりなのです。それが、あの悲しい前世の記憶から私が学んだことなのです。

<終>
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