愛してもいないのに

豆狸

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第一話 ディミトゥラの一度目

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 私はディミトゥラ。
 王国の北方を守るヤノプロス侯爵家に生まれ育ち、領境を接したカラマンリス子爵家へ嫁ぎました。
 カラマンリス子爵家の当主である夫メンダークスは、流行の品をいち早く買い占めて高値で販売することで子爵領の財政を立て直し、廃鉱を再開発して魔導金属を見つけ出した賢人です。魔導金属は、王国の北方を見下ろす山脈から襲撃してくる魔獣達に対抗する武器の素材となります。

 魔導金属の発見で、一時は潰れかけていたカラマンリス子爵領は完全に立ち直りました。
 流行品の売買でも儲けてはいましたが、購入するため商人達に借金をしていたのです。
 いくら流行品で儲けても利子付きで借金を返済していたら、すぐに困窮して元通りになっていたでしょう。

 廃鉱を再開発して魔導金属を見つけたのは夫です。
 けれどその廃鉱はもともとヤノプロス侯爵家のものでした。私が嫁ぐときに持参金として子爵家に譲り渡したものなのです。
 私も子爵家再興の立役者と言えるのではないでしょうか?

 自惚れでしょうか? 傲慢でしょうか?
 政略結婚の相手に過ぎないお飾りの妻が子爵領のことに口を挟むなと言われてしまうでしょうか?
 持参金を持ってきた後は文句を言わずにさっさと死んでしまえ、とでも思われているのでしょうか?

 ご要望通り、私はもうすぐ死にます。
 実家から連れてきたただひとりの侍女を侯爵領へ向かわせてから三日ほど、水も食料も口にしていないのです。
 そろそろ命が尽きるでしょう。

 侍女には私が死ぬつもりだということを話していません。
 先日当主となった兄に私の状況を伝えて欲しいとお願いしただけです。
 ケラトの死後、子爵家の裏庭にある離れに閉じ籠った私の世話をしてくれるのは侍女だけでした。侍女がいなくなったからといって、子爵家の家臣や使用人が身分が高いことを笠に着た傲慢な正妻を気遣うはずがありません。

 もちろん侯爵家にいたころから姉のように尽くしてくれていた侍女は、自分がいない間の水や食料を用意してくれていました。
 口にしなかったのは私の意思です。
 侍女が罪に問われないよう遺書にはちゃんと書いておきました。

 死にたかったのです。生きているのが嫌だったのです。
 子爵家の人間が私を冷遇しているのが嫌だったわけではありません。
 気分は悪いですが、政略結婚ならありがちのことです。

 夫のことを愛していないことも、夫に愛されていないこともどうでも良いことです。
 この結婚は王国北方の『王』とも言われているアサナソプロス辺境伯家とカラマンリス子爵家の関係を改善するためのものでもありました。
 少し前に亡くなった父、先代ヤノプロス侯爵は、いつ山脈から魔獣が襲撃してくるかもしれないこの土地を守る使命を持った北方貴族の間に不和が蔓延っていることを前から案じていたのです。

 とはいえ、父は私に強制はしませんでした。
 そもそも夫が流行品の売買である程度の結果を出していなければ、彼からの求婚について考えることもなかったでしょう。
 求婚があったことを伝えられ、何度も父と話し合った上で、私は夫との政略結婚を受け入れたのです。

 そうです、すべては自分の蒔いた種です。
 でも耐えられないのです、ケラトのいない世界で生きていくことが。
 ケラト──数ヶ月前に私が産んだ夫との間の子ども。本来ならカラマンリス子爵家を継ぐはずだった彼は、私の名前を呼んでくれるよりも前に殺されてしまったのです。夫メンダークスの愛人で従姉で幼馴染のトゥレラに。
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