愛してもいないのに

豆狸

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第二話 ディミトゥラの一度目の終わり

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 それは、私がまだ本邸で暮らしていたころでした。
 私は産後の肥立ちが悪く、一日中寝台の上で過ごしていました。
 たったひとりの侍女の負担は大きかったことでしょう。親子ほども年齢の離れた重臣に嫁いだトゥレラが自分の夫に殺されかけて保護されてから、子爵家の家臣も使用人も彼女のことが最優先になったのです。それは私の夫でカラマンリス子爵であるメンダークスの意向でもあったのでしょう。

 トゥレラはメンダークスの従姉です。
 彼の父親の異母弟の娘なのです。
 子爵家の人間にとっては、ほんの一年ほど前に嫁いで来た持参金のおまけの正妻などよりも遥かに大事なお嬢様でした。それに、彼女はメンダークスが私に求婚するまで彼の愛人でもあったのです。

 私が望んだことではないのに!
 後ろ盾が欲しくて侯爵令嬢に求婚して来たのはメンダークスなのに!
 子爵家での私はメンダークスとトゥレラの真実の愛を引き裂いた酷い女だったのです。トゥレラを親子ほども年齢の違う重臣に嫁がせて、自分の身辺整理をしてから私に求婚することを選んだのはメンダークスなのに。

 いいえ、そんなことを考えていても仕方がありません。
 真実は人の数だけあるものなのです。
 あの日……侍女がいない部屋で目覚めた私は、だれかが部屋を出て行こうとしている後姿を目にしました。髪の色、ドレス、どう見てもトゥレラでした。

 なぜ彼女が? 怪訝に思いながら私の寝台の横に置かれた子ども用の寝台を見ると、ケラトが眠っていました。本当に、眠っているように見えたのです。
 抱き上げて、顔に押し付けられたと思われる枕の中身の羽を彼の頭から落として、彼が息をしていないことを確認するまで、私はケラトが死んでいることに気づかなかったのです。

 あの女トゥレラが殺したのだと、何度言ってもだれに言っても相手にしてはもらえませんでした。信じてくれたのは侯爵家から一緒に来てくれた侍女だけで、彼女もカラマンリス子爵家では余所者です。
 子爵家の家臣も使用人達も、これまで以上に私を冷たい目で見るようになりました。
 夫? メンダークスが愛するトゥレラの悪事を受け入れるはずがないではありませんか!

 本邸で暮らしていたら否が応でもトゥレラと顔を合わせることになります。
 メンダークスともです。
 トゥレラは憎いだけですけれど、メンダークスには愛しいケラトの面影もあって心が引き裂かれます。

 私は子爵家の離れに引き籠って暮らし始めました。
 本妻である私のほうが逃げるような真似をするなんて、と侍女には言われました。
 でもここは敵地なのです。周囲にいるのは敵ばかりなのです。故郷を離れた私には籠城するくらいしか出来ません。

 ああ! ケラトが殺される前に離れへ移っていれば良かった!
 そうしていれば、あの女トゥレラは気軽に私の領域へ入れなかったことでしょう。
 大切なお嬢様が離れへ向かうのを見た家臣や使用人達は、わざわざ酷い女(彼らにとっては私がそうなのです)に会わなくても良いではないかと、彼女を止めたことでしょう。

 どんなにトゥレラを大切に思っていても、同じように大切な跡取りであるケラト殺害に手を貸すものはいないはずです。
 この王国で貴族家の当主になれるのは、神殿で契約の神に祝福された結婚をしている夫婦の子どもだけです。
 トゥレラ愛人が子どもを産んだとしても、その子を跡取りにすることは出来ないのです。

 私が死んでもメンダークスがトゥレラを妻にすることはありません。
 彼女の父親は先代カラマンリス子爵の異母弟で子爵家の家臣です。
 私の持参金で子爵家の財政が上向きになったとはいえ、大して裕福でもない貴族家の当主が家になんの利ももたらさない身内と結婚することは出来ません。

 ……ああ、意識が薄れてきました。
 私が死んだら、子爵家での私の扱われ方を実家の兄が知ったら、きっと黙ってはいないでしょう。
 元々兄はこの結婚に難色を示していました。

 貴族家の令嬢は家の発展のための駒です。
 だからこそ婚家は大切に扱わなければなりません。
 花嫁を冷遇するということは、彼女の実家を侮って戦いを挑んでいるのと同じことです。多少のことなら我慢するつもりで嫁いできましたが、ケラトを喪った今は……

 心にエラフィスの顔が浮かんできます。
 政略結婚の相手であるメンダークスに疑われてはいけないと、縁談が決まってからは距離を置いていた私の幼馴染。
 夫とトゥレラのような愛人関係ではありませんでしたが、私は密かに彼を慕っていました。兄の腹心である彼がなにかで手柄を立てて、褒美に私を妻として望んでくれたらと夢見ていました。

 三日間水をった甲斐あって消えていく意識の中、私は最後までケラトとエラフィスの面影を抱いていました。
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