愛してもいないのに

豆狸

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第三話 二度目の求婚

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 気まぐれに山脈から襲い来る魔獣に対抗するため、この王国の北方貴族は強い絆で結ばれていました。
 何世代にも渡って政略結婚で血を繋いできたのです。
 あまり血が濃くなり過ぎないように気をつけつつも、少し遡れば同じ先祖がいるという状態でした。

 王国北方の『王』とも言われているアサナソプロス辺境伯家とカラマンリス子爵家の間に不和が生じたのは、現子爵家当主メンダークスの父親の時代のことでした。
 先代子爵であったメンダークスの父親は年上の辺境伯令嬢と婚約していました。
 あまり裕福とは言えない子爵家にとって、辺境伯家の後ろ盾を得られるこの縁談はとてつもなく幸運なものでした。

 なのに、先代子爵は辺境伯令嬢のオルガ様の年齢を理由に婚約を破棄し、子爵領の下町で出会った女性との結婚を強行したのです。
 オルガ様は魔獣の襲撃が原因で早くにご両親を亡くされていました。
 年下の子爵との縁談は、オルガ様が年の離れた弟を母親代わりに育てているうちに同世代で釣り合う方がいらっしゃらなくなったからだったのです。

 オルガ様は先代子爵の結婚を祝福なさいました。
 北方に争いの種が生まれるのがお嫌だったのでしょう。
 ですが、成人して辺境伯家の当主となった弟君はカラマンリス子爵家を許しませんでした。これまでは辺境伯家が山脈の麓にあるからと、襲い来る魔獣が他領へ向かわないようにと命懸けで食い止めてくれていたのを、子爵領へ向かうときだけは放置されるようになったのです。

 魔獣によって農地を荒らされ人が傷つき、ときには亡くなり、子爵家は一気に衰退していきました。先代子爵夫妻も魔獣の襲撃で早くに亡くなっています。
 そのことで辺境伯家を責めるものはいませんでした。
 元々他領へ向かう魔獣を食い止めるのは辺境伯家の義務ではないのです。北方の『王』としての矜持から助けてくださっていただけなのです。

 いいえ。責めるというのは少し違いますけれど、私の父、ヤノプロス侯爵はアサナソプロス辺境伯家とカラマンリス子爵家の不和によって、王国北方の足並みが乱れることを案じておりました。だから、

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「ディミトゥラ。カラマンリス子爵家からお前に縁談が来ている」

 父であるヤノプロス侯爵に言われたのは、時間が戻ってから一年ほど経ったころでした。
 そうです、時間が戻ったのです。
 子爵家に嫁いで、愛しいケラトを喪った私が水を飲まずに死んだ後、気が付くと死んだときから三年ほど前に戻っていたのです。

 どうしたら良いのかわかりませんでした。
 だれかに話したら頭がおかしくなったのだと思われるでしょう。
 それに、私も言葉にしたくありませんでした。言葉にすることで、あれが本当にあったことだと認めるのが嫌だったのです。

 ケラトを愛しいと思う気持ちは消そうとしても消せません。
 もう一度あの子を産んで、今度こそ守ってあげたいという気持ちはあります。
 でも、そのためにはメンダークスと結婚しなくてはいけません。求婚のときには別れていても、すぐに愛人トゥレラとよりを戻すような男と! またあの男に体を許すだなんて真っ平です!

 思い出したくもない初夜、子爵家での日々、部屋から出て行くあの女トゥレラの後姿──時間が戻る前の記憶が濁流のような勢いで頭の中に蘇ります。

「ディミトゥラ?」
「嫌、嫌、嫌……いやあっ!」

 私は髪をまとめていた飾り針を抜くと、自分の首に押し当てました。自分でも無意識の行動でした。

「ディミトゥラ様っ!」

 エラフィスの声がして、私は我に返りました。
 そうでした。ここはヤノプロス侯爵家の中庭です。
 当主である父と跡取りである兄、母と私、家族四人でお茶を飲みながら情報交換をしていたのです。兄の腹心であるエラフィスや私の侍女、父母の侍従も一緒です。同じ北方貴族家から嫁いできた義姉は出産のため実家へ戻っていますが、兄との仲は良好です。

「ごめんなさい。私、混乱して……あっ!」

 飾り針を首から離そうとした手が震えて、頬を下から上に針先を跳ね上げてしまいました。温かい血液が肌を辿ります。あまり痛みはありません。

「ディミトゥラっ!」
「お嬢様っ!」
「ああ、なんてこと!」

 中庭は阿鼻叫喚に包まれました。
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