愛してもいないのに

豆狸

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第十話 トゥレラ

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 ディミトゥラの兄に負わされた傷が腐り、牢内で死にかけていた僕のところにトゥレラの遺体が投げ込まれたのはいつのことだったろうか。
 トゥレラの遺体には激しい拷問の跡があった。
 あまりの衝撃に僕は意識を失った。深い闇の底へ落ちていきながら、僕は思った。もう絶対にトゥレラの側から離れない。ずっと彼女の側にいて、守るんだと──

 目覚めてやり直した三度目には、良い思い出はない。
 前と同じように借金をして流行の品を買い占めたまでは良かったが、ヤノプロス侯爵家は求婚を受け入れてくれなかった。ディミトゥラが事故に遭い、顔に傷を負ったからだと聞いた。
 でもそれだけじゃなかったのかもしれない。

 いや、本当はわかっている。

 僕がトゥレラと別れていなかったからだ。
 愛人を囲ったままで求婚してくるような男に、大事な令嬢を嫁がせる人間はいない。
 こちらのほうが強い立場ならまだしも、金も権力も令嬢側にあるのだから当然だ。本当は二度目のときだって、求婚に応じてくれたことを感謝して、正妻のディミトゥラを愛し大切にするべきだったのだ。生まれ育った実家の領地を離れてまで、見知らぬ土地へ嫁いで来てくれたのだから。

 流行の品で儲けても、魔獣の襲撃に備えて軍備を整えていれば金はすぐになくなる。
 政略結婚は絶対に必要なことだった。
 だけどトゥレラという愛人を囲ったままで申し込むのだから、相手にしてくれる家があるわけない。アサナソプロス辺境伯家に睨まれるのも嫌だったのだろう。どこからも相手にされないまま、繰り返される魔獣の襲撃に耐え切れなくなって子爵領は滅んだ。

 四度目は──

「俺の母は、貴様の母親と同じで呪木様を崇める一族の生まれで神官の血筋だった」

 知らない声が言う。
 いや、どこかで聞いたことがある。
 そうだ、二度目のときの戦場でディミトゥラの兄と話していた騎士の声だ。

 確か……名前はエラフィス。のディミトゥラの夫。

「廃鉱近くの森に呪木様はあった。亡くなる前の母に頼まれていたので、俺は呪木様に捧げものをしに通っていた。捧げものは落ち葉や動物の死体……要するに肥料だ。だから、一度目の俺は呪木様近くの人の来ない廃鉱で魔導金属を発見することが出来たんだ」

 人間の魔力を吸収し増幅して放出する性質のある魔導金属は、魔獣に対抗する武器に最適な素材だ。
 エラフィスは素晴らしい素材を見つけた褒美として、ヤノプロス侯爵家に男爵位を与えられて令嬢ディミトゥラとの結婚を許された。
 この王国、魔獣の多い危険な辺境地域では、高位貴族が自己判断で家臣や功労者に低い爵位を与えることが許されているのだ。

 二度目の僕は、一度目の記憶を利用して彼の功績を奪った。
 ヤノプロス侯爵令嬢のディミトゥラを妻とし、彼女の持参金として廃鉱を求め、さも自分の手柄のようにして魔導金属を発見して見せたのだ。
 僕が自分で頑張ったのは、借金をして流行の品を買い占めたことだけだ。

「貴様の死によって時間が戻ったのは呪木様のお力だ。俺に時間が戻る前の記憶があるのは神官の血筋だからで、貴様は……ディミトゥラ様の場合は俺と貴様の両方と結婚したからだろう」

 ん? 今、なんと言ったんだ? 僕の記憶が残っている理由?
 それに、魔導金属を求めて何度も廃鉱に通っていたけれど、周囲の森にそんな特別な木があっただろうか。
 呪木様はひと目でわかる神々しい大木だと、生前の母上は言っていたはずだ。

「三年前に呪木様は倒れてしまったんだ。寿命だよ。廃鉱に魔導金属が生じたのは、倒れた呪木様から溢れた魔力が地中に残っていた鉱脈と結びついたからだ。でも呪木様は死に絶えたわけじゃない。古い呪木様を礎にして新しい若木様が芽生えている。貴様は……若木様の生け贄に選ばれた。だから貴様が生け贄にならずに死ぬたびに、若木様は時間をお戻しになられたんだ。貴様以外の魔力では若木様は成長出来ずに枯れてしまうからな」
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