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第十一話 若木
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生け贄……? なにを莫迦な。
「偉そうに言っているが、俺が呪木様のお望みを理解したのは四度目を迎えてからだ。時間を繰り返したことで俺の神官としての力が強くなったのだろう。……もっと早く呪木様のお望みがわかっていれば、三度目の幸せな日々も失わずに済んだのに」
僕は自分が閉じ込められていることに気づいた。
人間としての身体を失って、魂だけが若木の中に宿っていることに。
主となる意識は若木のほうで僕ではない。今は声の主の力によって、僕の意識が呼び起こされているだけだ。いつか肥料となった身体と同じように、魂のほうも若木に、呪木様に吸収されてしまうだろう。
一体どうしてこんなことに。
四度目の人生の僕は、これまでと同じように借金をしてトゥレラと一緒に馬車に乗って、流行の品を買うために王都へ向かった。
記憶にあるのはそれまでだ。……いや、ゆっくりと記憶が蘇ってくる。
馬車が揺れた。
王都へ向かう馬車が、どの町からも遠い森の中で大きく揺れたんだ。
トゥレラが魔獣の襲撃よ、と叫んで僕にしがみついて来て、彼女が僕の顔に押し当てたハンカチから甘い香りがして──
「呪木様の葉や樹皮にはさまざまな薬効がある。あの女が貴様を眠らせるのに使ったのは呪木様の葉から作った睡眠薬だ。俺が呪木様の葉や樹皮で作った薬を売った金を渡したら、あの女は喜んで貴様を差し出してくれたよ」
トゥレラが僕を? どうして?
「あの女は貴様の従姉、貴様の父親の異母弟の娘だ。父親と違って不貞で生まれた庶子ではなく正式な結婚で生まれた嫡子でもある。貴様さえいなくなれば、カラマンリス子爵家の当主はあの女になる。あの女は子どもを産んでも庶子として扱われるしかない『領主の愛人』よりも自分が女領主になることを選んだのさ」
そんな、莫迦な……そんな……
僕の意識にトゥレラの笑顔が浮かんできた。
ディミトゥラの子どもが殺されたとき、まだ離れではなく本館で暮らしていた彼女の寝室から出てきたトゥレラの笑顔だ。
ディミトゥラは疲れから眠っていた。彼女の侍女は用事で離れていた。
ほかの家臣や使用人はディミトゥラから距離を置いていた。
あの部屋から出てくるトゥレラを見たのは僕だけだろう。結局僕は、生きている息子の顔を見ることはなかった。その代わりに見たのは醜く歪んだトゥレラの笑顔だ。
「あの女が貴様に体を許したのは、父親に命令されたかららしい。貴様が娼館目当てで下町に降りて、先代子爵と同じように妙な女に引っかかったんじゃたまらないからな。貴様を俺に売り渡したことで、本当に好きな男を婿にして女領主になれると喜んでいたぞ」
嘘だ……口のないこの身では最初から反論することなど叶わない上に、僕は心でも声の発言を否定出来ないでいた。
この声の言葉は嘘ではない、そう感じずにはいられないのだ。
僕が子爵家のために政略結婚したように、トゥレラも子爵家のために僕の愛人になった。それだけのことだったのだ。
僕自身のトゥレラへの気持ちが冷めていく。
本当は最初から愛していなかったのかもしれない。両親を早くに亡くした僕はトゥレラを愛していたのではなく、だれかに愛されていると信じたかっただけだったのだ。
お互いに相手を愛してもいないのに体を重ね、僕は大切な政略結婚の相手を冷遇して領地を滅ぼし、トゥレラは罪もない赤ん坊の命を奪った。
──メンダークス様。
一瞬ディミトゥラの面影が蘇って、水面の泡のようにすぐ消えた。
声の主の気配が去っていく。それに合わせて人ならぬ若木の意識が僕の心を飲み込んでいく。
消える直前の僕の心に浮かんだのはディミトゥラの顔でも我が子の死に顔でもなく、醜く歪んだトゥレラの笑顔だった。
「偉そうに言っているが、俺が呪木様のお望みを理解したのは四度目を迎えてからだ。時間を繰り返したことで俺の神官としての力が強くなったのだろう。……もっと早く呪木様のお望みがわかっていれば、三度目の幸せな日々も失わずに済んだのに」
僕は自分が閉じ込められていることに気づいた。
人間としての身体を失って、魂だけが若木の中に宿っていることに。
主となる意識は若木のほうで僕ではない。今は声の主の力によって、僕の意識が呼び起こされているだけだ。いつか肥料となった身体と同じように、魂のほうも若木に、呪木様に吸収されてしまうだろう。
一体どうしてこんなことに。
四度目の人生の僕は、これまでと同じように借金をしてトゥレラと一緒に馬車に乗って、流行の品を買うために王都へ向かった。
記憶にあるのはそれまでだ。……いや、ゆっくりと記憶が蘇ってくる。
馬車が揺れた。
王都へ向かう馬車が、どの町からも遠い森の中で大きく揺れたんだ。
トゥレラが魔獣の襲撃よ、と叫んで僕にしがみついて来て、彼女が僕の顔に押し当てたハンカチから甘い香りがして──
「呪木様の葉や樹皮にはさまざまな薬効がある。あの女が貴様を眠らせるのに使ったのは呪木様の葉から作った睡眠薬だ。俺が呪木様の葉や樹皮で作った薬を売った金を渡したら、あの女は喜んで貴様を差し出してくれたよ」
トゥレラが僕を? どうして?
「あの女は貴様の従姉、貴様の父親の異母弟の娘だ。父親と違って不貞で生まれた庶子ではなく正式な結婚で生まれた嫡子でもある。貴様さえいなくなれば、カラマンリス子爵家の当主はあの女になる。あの女は子どもを産んでも庶子として扱われるしかない『領主の愛人』よりも自分が女領主になることを選んだのさ」
そんな、莫迦な……そんな……
僕の意識にトゥレラの笑顔が浮かんできた。
ディミトゥラの子どもが殺されたとき、まだ離れではなく本館で暮らしていた彼女の寝室から出てきたトゥレラの笑顔だ。
ディミトゥラは疲れから眠っていた。彼女の侍女は用事で離れていた。
ほかの家臣や使用人はディミトゥラから距離を置いていた。
あの部屋から出てくるトゥレラを見たのは僕だけだろう。結局僕は、生きている息子の顔を見ることはなかった。その代わりに見たのは醜く歪んだトゥレラの笑顔だ。
「あの女が貴様に体を許したのは、父親に命令されたかららしい。貴様が娼館目当てで下町に降りて、先代子爵と同じように妙な女に引っかかったんじゃたまらないからな。貴様を俺に売り渡したことで、本当に好きな男を婿にして女領主になれると喜んでいたぞ」
嘘だ……口のないこの身では最初から反論することなど叶わない上に、僕は心でも声の発言を否定出来ないでいた。
この声の言葉は嘘ではない、そう感じずにはいられないのだ。
僕が子爵家のために政略結婚したように、トゥレラも子爵家のために僕の愛人になった。それだけのことだったのだ。
僕自身のトゥレラへの気持ちが冷めていく。
本当は最初から愛していなかったのかもしれない。両親を早くに亡くした僕はトゥレラを愛していたのではなく、だれかに愛されていると信じたかっただけだったのだ。
お互いに相手を愛してもいないのに体を重ね、僕は大切な政略結婚の相手を冷遇して領地を滅ぼし、トゥレラは罪もない赤ん坊の命を奪った。
──メンダークス様。
一瞬ディミトゥラの面影が蘇って、水面の泡のようにすぐ消えた。
声の主の気配が去っていく。それに合わせて人ならぬ若木の意識が僕の心を飲み込んでいく。
消える直前の僕の心に浮かんだのはディミトゥラの顔でも我が子の死に顔でもなく、醜く歪んだトゥレラの笑顔だった。
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