愛してもいないのに

豆狸

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最終話 ディミトゥラの三度目の永遠

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「だーう、あー」

 ケラトがよちよち歩きで近寄ってきます。

「お父様の真似をしてディミトゥラと呼ぶのではなくて、お母様と呼んでちょうだいな」

 言いながら抱き上げると、侍女に呆れたような視線を向けられました。
 侍女はケラトの言葉にはまだ意味はないというのです。
 そんなことありません。ケラトはちゃんと母親の私をわかって呼んでくれているのです。

 二度目の世界が歪んで消えて、私は二度目の始まりと同じ時間に目覚めました。
 ケラトと幸せな日々を失った私が半狂乱になり、エラフィスから離れなくなったので、前の二回よりも早くに彼と結婚することになりました。だからケラトがもうよちよち歩きをしているのです。
 ディミトゥラは母親似だったのだな、と笑いながら言った父が母に怒られていましたっけ。

 二回──私にはどうしてもあれが本当にあったことで、なんらかの原因によって時間が戻ったのだと感じられます。
 でもエラフィスはどちらも予知夢だと言うのです。
 ケラトが私のために見せた予知夢。ケラトがそんな能力を持っているのは、呪木の神官であるエラフィスの子どもとして生まれるのが正しい姿だったからだと。

 それを信じたいと思うのは、喪ったケラト達のことを思うと心臓が潰れそうになるからです。
 酷い母親だと自分でも思いますが、最初から夢に見ただけだとでも考えないと荒れ狂う心を抑えられません。
 喪ったケラト達のことばかり考えていて、今目の前にいるケラトを見ないのも愚かなことです。

 だから、あれは夢だと思うことにしたのです。
 ケラトが幸せな未来のために見せてくれた予知夢です。
 おかげで今回はもう一度目と二度目で達した日時を越えています。もちろん父も元気です。

 エラフィスは、二度目の予知夢は自分がアサナソプロス辺境伯家とカラマンリス子爵家の戦いを止めようとして死んだからではないか、と予想しました。
 そこで戦いの原因、オルガ様の死亡を防ぐことにしたのです。
 弟君の辺境伯と年齢が離れてるとはいえ、本来ならまだお亡くなりになるようなお年ではありません。オルガ様がお亡くなりになったのは、先代子爵との婚約破棄からずっと館に閉じ籠って気鬱の病に陥ってしまわれたからでしょう。

 エラフィスが調合したお茶を献上したことで、オルガ様は気持ちが明るくなったのか外出されるようになりました。
 お茶に特別な効能はありません。良いきっかけになったということでしょう。
 そして、辺境伯家の家臣の方とご結婚なさることになったのです。

 今は弟君の辺境伯ともどもお子様にも恵まれて、王国北方全土が華やかな空気に包まれています。

 カラマンリス子爵家の当主が変わったこともあり、アサナソプロス辺境伯家と子爵家の不和は解消されました。
 当主が変わったのはメンダークスが行方不明になったからです。
 流行の品を買い集めに王都へ向かう途中で魔獣に襲われたのです。死体も見つかっていません。死んで良かったと思うほど強い憎悪はありませんが、生きていて欲しいと願うほどの好意もないので、やがて彼のことは記憶から消えていくでしょう。

 子爵家の新当主はメンダークスの愛人で従姉で幼馴染のトゥレラです。
 彼女にはメンダークスに対するよりも複雑な思いがあるのですけれど……エラフィスは予知夢だと言ってくれていますし、今回は起こらなかったことです。
 これからの子爵家が辺境伯家やヤノプロス侯爵家と諍いを起こしさえしなければ、彼女について考えることもないでしょう。

「お! おー!」

 腕の中のケラトが急にはしゃぎだしました。
 玄関の方向を指差して、あちらへ行きたいとねだって来ます。
 魔導金属の出た廃鉱、今はもう稼働中の鉱山の見回りと呪木への祈りを捧げに行っていたエラフィスが戻ってきたのでしょう。

「ケラト様はお嬢様よりも旦那様の気配に敏感ですね」
「お嬢様と呼ぶのはもうやめてちょうだい」
「失礼しました、奥様」

 魔導金属の発見で新しい家を興すことを許されたエラフィスと私は、ヤノプロス侯爵家を離れて生活しています。
 ケラトと、私とエラフィスと、侍女の四人が暮らす小さな家です。
 日時も過ぎましたし、もう時間が戻ることはないでしょう。いいえ、今は予知夢ではなく現実です。愛し愛されて生きるこの世界は消えることなく、永遠なのです。
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