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第二話 彼女という女性
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あれは学園を卒業して一ヶ月ほど経ったころ。
「カルロタ! 僕は君との婚約を破棄する! 血のつながった異母妹を虐めるような心根の醜い女性とは結婚出来ない!」
この屋敷の応接室でそう叫んだときのベネデットは、たぶんすべてを捨てるつもりだったのだろう。
私は正式に認められた伯爵家の跡取りで、婿入り予定だった彼は侯爵子息といっても継ぐ爵位を持たない次男だ。
インチテンデは伯爵の娘とはいえ庶子、嫡子の私を押し退けてまで家を継ぐ権利はなかった。
この王国の法では伯爵が愛人と再婚しても、結婚前に出来た子どもは庶子のままなのだ。
それに伯爵は、私がいなくなるまで愛人とは再婚していなかった。
さすがにそこまでしたら、祖父がなにをしてでも伯爵を潰すと理解していたからだろう。
──インチテンデ。
美しいインチテンデ。
父親譲りの銀の髪に紫の瞳。妖精のような美貌で小鳥のように歌う、私の異母妹。
お母様が生きていらした間、父である伯爵はこの家に寄り付かなかった。
伯爵家所有の狭くみすぼらしい家で愛人親娘と暮らしていたのだ。お母様の持参金と私の養育費、そして祖父からの支援金を横領して。
私さえ人質にしていれば、お母様も祖父も伯爵家を支えずにはいられないとわかっていたから。
私がこの王国の貴族子女が通う学園に入学する年にお母様がお亡くなりになって、私の個人所有のこの屋敷に、伯爵と愛人親娘が押しかけてきた。
お母様の死自体には不審な点はない。
毎年、冬に流行る質の悪い風邪に感染してしまったのだ。祖父に任された商会の支部運営に励み過ぎたお母様が、疲れ切っていたせいだろう。……それは私を守るため、商会の力を強めて私を伯爵家から解放するためだった。
屋敷の権利は私のもので、使用人の雇用費は生前はお母様で死後は祖父が出していた。
家具も美術品も、毎日の料理の食材もなにひとつ伯爵達のものはなかった。
なのに彼らは屋敷の離れに住み着き、祖父が送ってくる私の養育費のはずのお金で暮らし始めた。私が愛人親娘を虐めているという噂をばら撒きながら。
ベネデットはその噂を信じた。
いつつ年上で一緒に学園に通っていない彼には、インチテンデとプニツィオーネに注ぎ込まれる私の情報がすべてだった。
インチテンデの手先となって私を貶める話を伝えていた私付きの侍女に騙されたのもあるだろうけれど、一番の理由は彼がインチテンデの虜になったからだ。
私の異母妹は小鳥のように歌いながら、中庭で月に一度のお茶会をしていた私達のところへ現れて、妖精のような美貌で微笑んだ。ベネデットはそれだけで恋に落ちた。
恋に落ちたものの、侯爵家の次男であるベネデットは伯爵達ほど愚かではなかった。
だから自分が婚約破棄をした後で、伯爵家の跡取りとしての権利もこの屋敷もインチテンデに譲って出ていけと私に言い放った彼らに目を丸くしていた。
もっと賢かったなら、異母姉の屋敷に住み着いて相手の悪口を吹聴した上に、婚約者まで寝取るような女性の異常さに気づけていたでしょうにね。
鬼の首でも取ったかのように浮かれていた伯爵達は、あのときも執事の振りをして側にいてくれたゴッフレードの合図で現れた、別室で待ってもらっていた祖父と弁護士に書類を渡されて一瞬で真っ青になった。
特に驚いたのは祖父の存在にだろう。
私達は伯爵達の企みに勘付いていたので、彼らを油断させるために祖父は体調を崩して寝たきりになっていると思わせていたのだ。
あのとき伯爵達に渡したのは、学園を卒業して成人と認められた私が伯爵家の継承権を放棄して籍も抜いたという書類がひとつ。
つまり私と伯爵達はすでに赤の他人となっていたのだ。
書類には伯爵の署名もある。あの男は金と引き換えなら書類の内容も確認せずに署名をした。その習性を利用したのだ。
ふたつ目は裁判所に発行してもらった退去命令書。
この屋敷は私のものなのだ。
いつまでも赤の他人に居座られていてはたまらない。
最後に彼らがこれまで横領していた私の養育費の返却依頼。
彼らが勝手に売り払った家具や美術品の代金も一緒に要求した。
もちろん彼らがいなくなった後で離れを確認して、傷や凹みがあった場合は別途請求するということも記載済みだ。
小娘ひとりなら脅せばなんとでもなる、とでも思っていたらしい彼らは、結局なにひとつ奪うことは出来ずにこの家を出て行った。もともとこの家にあるものは、彼らのものではなかったのだから当然だ。
「カルロタ! 僕は君との婚約を破棄する! 血のつながった異母妹を虐めるような心根の醜い女性とは結婚出来ない!」
この屋敷の応接室でそう叫んだときのベネデットは、たぶんすべてを捨てるつもりだったのだろう。
私は正式に認められた伯爵家の跡取りで、婿入り予定だった彼は侯爵子息といっても継ぐ爵位を持たない次男だ。
インチテンデは伯爵の娘とはいえ庶子、嫡子の私を押し退けてまで家を継ぐ権利はなかった。
この王国の法では伯爵が愛人と再婚しても、結婚前に出来た子どもは庶子のままなのだ。
それに伯爵は、私がいなくなるまで愛人とは再婚していなかった。
さすがにそこまでしたら、祖父がなにをしてでも伯爵を潰すと理解していたからだろう。
──インチテンデ。
美しいインチテンデ。
父親譲りの銀の髪に紫の瞳。妖精のような美貌で小鳥のように歌う、私の異母妹。
お母様が生きていらした間、父である伯爵はこの家に寄り付かなかった。
伯爵家所有の狭くみすぼらしい家で愛人親娘と暮らしていたのだ。お母様の持参金と私の養育費、そして祖父からの支援金を横領して。
私さえ人質にしていれば、お母様も祖父も伯爵家を支えずにはいられないとわかっていたから。
私がこの王国の貴族子女が通う学園に入学する年にお母様がお亡くなりになって、私の個人所有のこの屋敷に、伯爵と愛人親娘が押しかけてきた。
お母様の死自体には不審な点はない。
毎年、冬に流行る質の悪い風邪に感染してしまったのだ。祖父に任された商会の支部運営に励み過ぎたお母様が、疲れ切っていたせいだろう。……それは私を守るため、商会の力を強めて私を伯爵家から解放するためだった。
屋敷の権利は私のもので、使用人の雇用費は生前はお母様で死後は祖父が出していた。
家具も美術品も、毎日の料理の食材もなにひとつ伯爵達のものはなかった。
なのに彼らは屋敷の離れに住み着き、祖父が送ってくる私の養育費のはずのお金で暮らし始めた。私が愛人親娘を虐めているという噂をばら撒きながら。
ベネデットはその噂を信じた。
いつつ年上で一緒に学園に通っていない彼には、インチテンデとプニツィオーネに注ぎ込まれる私の情報がすべてだった。
インチテンデの手先となって私を貶める話を伝えていた私付きの侍女に騙されたのもあるだろうけれど、一番の理由は彼がインチテンデの虜になったからだ。
私の異母妹は小鳥のように歌いながら、中庭で月に一度のお茶会をしていた私達のところへ現れて、妖精のような美貌で微笑んだ。ベネデットはそれだけで恋に落ちた。
恋に落ちたものの、侯爵家の次男であるベネデットは伯爵達ほど愚かではなかった。
だから自分が婚約破棄をした後で、伯爵家の跡取りとしての権利もこの屋敷もインチテンデに譲って出ていけと私に言い放った彼らに目を丸くしていた。
もっと賢かったなら、異母姉の屋敷に住み着いて相手の悪口を吹聴した上に、婚約者まで寝取るような女性の異常さに気づけていたでしょうにね。
鬼の首でも取ったかのように浮かれていた伯爵達は、あのときも執事の振りをして側にいてくれたゴッフレードの合図で現れた、別室で待ってもらっていた祖父と弁護士に書類を渡されて一瞬で真っ青になった。
特に驚いたのは祖父の存在にだろう。
私達は伯爵達の企みに勘付いていたので、彼らを油断させるために祖父は体調を崩して寝たきりになっていると思わせていたのだ。
あのとき伯爵達に渡したのは、学園を卒業して成人と認められた私が伯爵家の継承権を放棄して籍も抜いたという書類がひとつ。
つまり私と伯爵達はすでに赤の他人となっていたのだ。
書類には伯爵の署名もある。あの男は金と引き換えなら書類の内容も確認せずに署名をした。その習性を利用したのだ。
ふたつ目は裁判所に発行してもらった退去命令書。
この屋敷は私のものなのだ。
いつまでも赤の他人に居座られていてはたまらない。
最後に彼らがこれまで横領していた私の養育費の返却依頼。
彼らが勝手に売り払った家具や美術品の代金も一緒に要求した。
もちろん彼らがいなくなった後で離れを確認して、傷や凹みがあった場合は別途請求するということも記載済みだ。
小娘ひとりなら脅せばなんとでもなる、とでも思っていたらしい彼らは、結局なにひとつ奪うことは出来ずにこの家を出て行った。もともとこの家にあるものは、彼らのものではなかったのだから当然だ。
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