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2・『アンスルの呪い』、今回は発動せず?
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アンスル公爵家は、ヴィンター帝国建国時に活躍して爵位を得た帝国貴族とは異なります。
帝国成立後に戦争で負けて属国となったアンスル王国の子孫なのです。
南のヘルブスト王国と国境を接するアンスル領は、大陸の北にあるヴィンター帝国の中でもっとも温かく豊かな農業地です。帝国自体は鉱石などの地下資源が豊富なのですが、鉱石はお金に換えないと食べ物になりませんからね。それに鉱脈の多い土地は危険な魔獣も多かったりします。
帝国の財政が揺らぐたびに、アンスル領は土地と利権を削られてきました。
それに応じて身分も、属国の王国から大公国、属国から属領の公爵家へと落とされてきたのです。
けれど今、アンスル公爵家の土地と利権は皇族すべての資産を合わせたよりも大きくなっています。
それは、なぜか?──そこには『アンスルの呪い』があったのです。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「婚約破棄とは穏やかではないわね。コリンナ、ひとりで大変だったでしょう?」
「ユリアそっくりの可愛いコリンナを捨てるとはクラウスの小僧め、何様のつもりだ! レオナルトの息子だからとて許すものか! すぐに帝都へ向かい、あの白い首を斬り落としてくれるわっ!」
「落ち着いてください、ラルフ」
「婿殿、クラウス殿下のような美男子が、コリンナのような地味な娘で満足するはずがなかったのじゃよ」
「姉上、犬と遊んでもいいですか?」
「マーナって名前なのですよ」
「可愛いお名前です」
実家のアンスル公爵領に帰って婚約破棄のことを報告すると、母と祖父は冷静に受け止め、弟はマーナ(仔犬)に夢中になり、父だけが激昂しました。
わたしが帰るより先にレオナルト皇帝陛下からも事情を説明した文書が届いていたはずなのですが。
「……お父様。お父様がお母様をこよなく愛し、お母様そっくりの私を大切に思ってくださっているのは存じております。大変嬉しく思っております。ですが、世間一般的にはわたしは地味顔、麗しいクラウス殿下の隣に並ぶのに相応しくないご面相なのです」
「ぐぬぬ……」
「婿殿、詫びとして皇帝陛下の直轄領をいただいたら良いではないか、ホッホッホ」
「飛び地ばかり増えても管理が面倒なので近隣の貴族の方々の領土と交換できませんか?」
「ユリアがそういうのなら、今度レオナルトと交渉して来よう」
婿養子の父は、末席ではあるものの皇族の出です。
現皇帝レオナルト陛下とわたしのお母様の婚約前の初顔合わせに偶然居合わせたお父様は、お母様にひと目惚れして当時皇太子だった陛下に泣きつきました。
そのころから従妹のカタリーナ妃殿下を憎からず思っていた陛下は父の願いを快諾、皇族とアンスル公爵家令嬢の婚約は、相手を変えて結ばれたのでした。もし母が陛下と結ばれていたときは、おふたりの第二子をアンスル公爵家の跡取りにする予定だったそうです。
アンスル公爵家に令嬢が生まれたとき、釣り合う年齢の皇族男子がいれば婚約させる。
ヴィンター帝国にはそんな不文律があるのです。
これを守らないと、後で『アンスルの呪い』が発動したとき帝国に大波乱が巻き起こります。婚約したふたりが成長してから互いの意思で婚約を解消するのは問題ありません。……クラウス皇太子殿下のような破棄の仕方は大問題ですけどね。
『アンスルの呪い』とは、ヴィンター帝国の皇族がアンスル家の令嬢に熱烈な恋情を抱くことです。
帝国がアンスル家を貶めたり、アンスル家の令嬢がほかの人物と結ばれた後でこれが発動するととんでもないことになります。
アンスル家の令嬢に微笑んでもらう、挨拶してもらう、ただそれだけのために土地や利権を放出して帝国を揺るがした皇族はひとりやふたりではありません。歴代の肖像画で見る限り、お相手はどなたもわたしと同じ地味顔のご令嬢なのですが。
ヴィンター帝国によってアンスル王国が滅ぼされ、属国どころか属領にまで落とされてしまったことへの呪いだと、まことしやかに囁かれています。
「まあ『アンスルの呪い』など最初からなかったんじゃよ。ヨハンナ伯母上は婚約破棄の上に冤罪で国外追放までされてしまったからのう」
「でも義父上、末期のゲオルグ帝はヨハンナ嬢の名前を叫んで探し回っていましたぞ。俺も一度目撃したことがあります」
「ヨハンナ様は国境沿いの森でお亡くなりになってしまったけれど、コリンナあなたはクラウス皇太子殿下に『アンスルの呪い』が発動する前に、彼に対抗できる強くて素敵な殿方を見つけておきなさい」
「わんわーん」
「ひゃふー」
ヨハンナ様はおじい様の伯母君、ゲオルグ帝は現皇帝陛下の祖父でクラウス皇太子殿下の曾祖父に当たる方です。ヨハンナ様とゲオルグ帝も婚約なさっていました。
おふたりの婚約もゲオルグ帝の独断で破棄されています。
冤罪で国外追放まで言い渡されたヨハンナ様は、ヘルブスト王国との国境沿いの森(どちらの国のものとも断言できない微妙な地域)に隠れ住み、若くして命を落とされたとか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
──実家に戻ったその夜は、マーナ(仔犬)と一緒に眠りました。
すごいフワフワ! モコモコ! 温かくて可愛い!
辛い! 愛犬が可愛過ぎて生きるのが辛いですわ! でも死にたくない! マーナと一緒に生きていきたいですわーっ!
帝国成立後に戦争で負けて属国となったアンスル王国の子孫なのです。
南のヘルブスト王国と国境を接するアンスル領は、大陸の北にあるヴィンター帝国の中でもっとも温かく豊かな農業地です。帝国自体は鉱石などの地下資源が豊富なのですが、鉱石はお金に換えないと食べ物になりませんからね。それに鉱脈の多い土地は危険な魔獣も多かったりします。
帝国の財政が揺らぐたびに、アンスル領は土地と利権を削られてきました。
それに応じて身分も、属国の王国から大公国、属国から属領の公爵家へと落とされてきたのです。
けれど今、アンスル公爵家の土地と利権は皇族すべての資産を合わせたよりも大きくなっています。
それは、なぜか?──そこには『アンスルの呪い』があったのです。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「婚約破棄とは穏やかではないわね。コリンナ、ひとりで大変だったでしょう?」
「ユリアそっくりの可愛いコリンナを捨てるとはクラウスの小僧め、何様のつもりだ! レオナルトの息子だからとて許すものか! すぐに帝都へ向かい、あの白い首を斬り落としてくれるわっ!」
「落ち着いてください、ラルフ」
「婿殿、クラウス殿下のような美男子が、コリンナのような地味な娘で満足するはずがなかったのじゃよ」
「姉上、犬と遊んでもいいですか?」
「マーナって名前なのですよ」
「可愛いお名前です」
実家のアンスル公爵領に帰って婚約破棄のことを報告すると、母と祖父は冷静に受け止め、弟はマーナ(仔犬)に夢中になり、父だけが激昂しました。
わたしが帰るより先にレオナルト皇帝陛下からも事情を説明した文書が届いていたはずなのですが。
「……お父様。お父様がお母様をこよなく愛し、お母様そっくりの私を大切に思ってくださっているのは存じております。大変嬉しく思っております。ですが、世間一般的にはわたしは地味顔、麗しいクラウス殿下の隣に並ぶのに相応しくないご面相なのです」
「ぐぬぬ……」
「婿殿、詫びとして皇帝陛下の直轄領をいただいたら良いではないか、ホッホッホ」
「飛び地ばかり増えても管理が面倒なので近隣の貴族の方々の領土と交換できませんか?」
「ユリアがそういうのなら、今度レオナルトと交渉して来よう」
婿養子の父は、末席ではあるものの皇族の出です。
現皇帝レオナルト陛下とわたしのお母様の婚約前の初顔合わせに偶然居合わせたお父様は、お母様にひと目惚れして当時皇太子だった陛下に泣きつきました。
そのころから従妹のカタリーナ妃殿下を憎からず思っていた陛下は父の願いを快諾、皇族とアンスル公爵家令嬢の婚約は、相手を変えて結ばれたのでした。もし母が陛下と結ばれていたときは、おふたりの第二子をアンスル公爵家の跡取りにする予定だったそうです。
アンスル公爵家に令嬢が生まれたとき、釣り合う年齢の皇族男子がいれば婚約させる。
ヴィンター帝国にはそんな不文律があるのです。
これを守らないと、後で『アンスルの呪い』が発動したとき帝国に大波乱が巻き起こります。婚約したふたりが成長してから互いの意思で婚約を解消するのは問題ありません。……クラウス皇太子殿下のような破棄の仕方は大問題ですけどね。
『アンスルの呪い』とは、ヴィンター帝国の皇族がアンスル家の令嬢に熱烈な恋情を抱くことです。
帝国がアンスル家を貶めたり、アンスル家の令嬢がほかの人物と結ばれた後でこれが発動するととんでもないことになります。
アンスル家の令嬢に微笑んでもらう、挨拶してもらう、ただそれだけのために土地や利権を放出して帝国を揺るがした皇族はひとりやふたりではありません。歴代の肖像画で見る限り、お相手はどなたもわたしと同じ地味顔のご令嬢なのですが。
ヴィンター帝国によってアンスル王国が滅ぼされ、属国どころか属領にまで落とされてしまったことへの呪いだと、まことしやかに囁かれています。
「まあ『アンスルの呪い』など最初からなかったんじゃよ。ヨハンナ伯母上は婚約破棄の上に冤罪で国外追放までされてしまったからのう」
「でも義父上、末期のゲオルグ帝はヨハンナ嬢の名前を叫んで探し回っていましたぞ。俺も一度目撃したことがあります」
「ヨハンナ様は国境沿いの森でお亡くなりになってしまったけれど、コリンナあなたはクラウス皇太子殿下に『アンスルの呪い』が発動する前に、彼に対抗できる強くて素敵な殿方を見つけておきなさい」
「わんわーん」
「ひゃふー」
ヨハンナ様はおじい様の伯母君、ゲオルグ帝は現皇帝陛下の祖父でクラウス皇太子殿下の曾祖父に当たる方です。ヨハンナ様とゲオルグ帝も婚約なさっていました。
おふたりの婚約もゲオルグ帝の独断で破棄されています。
冤罪で国外追放まで言い渡されたヨハンナ様は、ヘルブスト王国との国境沿いの森(どちらの国のものとも断言できない微妙な地域)に隠れ住み、若くして命を落とされたとか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
──実家に戻ったその夜は、マーナ(仔犬)と一緒に眠りました。
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