15 / 20
15・舞い上がるクラウス皇子はドロテア嬢に縋られる。
しおりを挟む
ヘルブスト王国の村で再会してから、クラウスは毎日コリンナと会っていた。
さすがに小屋にまでは訪ねて行かないが、本能に従って森を歩いていると偶然会えるのである。彼女の飼っている黒い雄犬に吠えかけられると、寝ぼけた頭もスッキリした。
森を散歩したりお茶をご馳走になったり、コリンナの大伯母が研究していたという魔術の話をしたり、この数日で婚約していたころの数十倍濃密な時間を過ごしていた。
コリンナが父親のアンスル公爵に手紙を書いてくれて、公爵領への訪問も許されるようになった。
そのうち部下が帝都から、公爵家でおこなわれる夜会の招待状を持ってくるだろう。
夜会のことはコリンナから聞いている。彼女はそのときに、ラストダンスを踊って欲しいと言ってきた。
(彼女は私を許してくれるつもりなのか? 罪深い私が許されても良いのだろうか)
あまりの幸福に戸惑ってしまうこともあるけれど、コリンナがほかの男のものになることを考えるとクラウスは気が狂いそうになる。
彼女を失うことなど耐えられない。
婚約破棄は間違いだった。
(もし彼女が許してくれるのなら、永遠の贖罪を誓い愛し続けよう)
思いながら、クラウスは村の宿屋を出た。
今日は小屋まで迎えに来て欲しいと頼まれている。最近のコリンナはすっかり魔術の腕が上がっていて、昨日はクラウスと別れた後でハイポーションを作るのだと言っていた。
そのハイポーションを売りに村へ来るときの護衛をしてほしいとのことだ。自分でいいだろうと黒い雄犬が不満げな顔をしていたが、コリンナと過ごす機会を逃すクラウスではない。
コリンナと過ごす日々が幸せで酒を飲まなくなったせいか、黒い雄犬に吠えられる前から頭がスッキリしている日もあった。
今日もそうだ。
鼻歌を口遊みながら村長の家の前を通る。
季節はもうすっかり冬だ。
コリンナが納品した高品質のポーションを求めて町から来た商人達が群がっているけれど、村長は村人に必要な分のポーションは絶対に売ろうとしない。
かつて救いの魔女に与えられたポーションを高値で横流しして私腹を肥やし、彼女が訪れなくなった後に滅びかけた先祖のことを教訓にしているのだ。
「お願いします!」
村長の家から叫び声が聞こえる。
女の声だ。
どこかで聞いた声のような気がした。
「どうかポーションを譲ってください。お金なら……お金ならアタクシが稼ぎますわ!」
「売値を吊り上げておるわけではないんじゃよ。救いの魔女様の御心に従って、本当に困っている方にならお譲りする。しかし、それは一本だけじゃ。一本のポーションで治らぬのなら、何本のポーションを飲んでも治らぬよ。ならば、一本のポーションで治るほかの病人に渡すべきじゃろう?」
「一本のポーションで病状が良くなったんです。もう一本、もう一本飲めば確実に夫は治ります!」
「……帰っておくれ」
クラウスは暗い面持ちで村長の家から出てきた女性を知っていた。
最後に見たときよりもやつれているが間違いない。
コリンナと婚約破棄してまで選んだはずの子爵令嬢ドロテアだった。
「ドロテア嬢?」
疎ましそうな顔の商人達に前の道へと追い出された彼女は、クラウスの声に顔を上げた。
再会を喜んでいたわけではない。
恥じて立ち去ってくれることを期待していたのだけれど、彼女はもの凄い勢いで駆け寄ってくる。
「クラウス殿下!」
「……ここでその呼び方はやめてくれ」
ヴィンター帝国の皇子がヘルブスト王国の村にいるのは秘密のことだ。
ドロテアのほうも帝国出身だということは隠しているに違いない。
帝国と王国は仲が悪いわけではない。だからこそ、元婚約者に会いに来た皇子や婚約破棄の原因となったくせに逃げ出した子爵令嬢の存在は歓迎しないだろう。
「申し訳ありません。ですがフランクが、アタクシの夫の命が危ないのです。どうかこの村の村長にポーションを譲るよう頼んでくださいませ!」
「この村にあるのは体力をつけるためのスタミナポーションと軽い病気を治すキュアポーションだ。キュアポーション一本で治らなかったのなら、何本飲んでも同じことだよ」
「それでも! もう一本飲めば治るかもしれません。お願いです。なんでもします。アタクシの命なら奪っていただいて結構です。フランクを、夫を助けてくださいませ!」
人を裏切っておいて、どうしてこんなことを言えるのだろう。
一瞬そう思ったクラウスだったが、考えてみれば自分もコリンナを裏切ったのだ。それも一度や二度ではない。
ここでドロテアを見捨てたら、コリンナに顔向けできなくなりそうだ。
(とはいえ……)
ドロテアを救うためには、コリンナに頼るしかないのだった。
さすがに小屋にまでは訪ねて行かないが、本能に従って森を歩いていると偶然会えるのである。彼女の飼っている黒い雄犬に吠えかけられると、寝ぼけた頭もスッキリした。
森を散歩したりお茶をご馳走になったり、コリンナの大伯母が研究していたという魔術の話をしたり、この数日で婚約していたころの数十倍濃密な時間を過ごしていた。
コリンナが父親のアンスル公爵に手紙を書いてくれて、公爵領への訪問も許されるようになった。
そのうち部下が帝都から、公爵家でおこなわれる夜会の招待状を持ってくるだろう。
夜会のことはコリンナから聞いている。彼女はそのときに、ラストダンスを踊って欲しいと言ってきた。
(彼女は私を許してくれるつもりなのか? 罪深い私が許されても良いのだろうか)
あまりの幸福に戸惑ってしまうこともあるけれど、コリンナがほかの男のものになることを考えるとクラウスは気が狂いそうになる。
彼女を失うことなど耐えられない。
婚約破棄は間違いだった。
(もし彼女が許してくれるのなら、永遠の贖罪を誓い愛し続けよう)
思いながら、クラウスは村の宿屋を出た。
今日は小屋まで迎えに来て欲しいと頼まれている。最近のコリンナはすっかり魔術の腕が上がっていて、昨日はクラウスと別れた後でハイポーションを作るのだと言っていた。
そのハイポーションを売りに村へ来るときの護衛をしてほしいとのことだ。自分でいいだろうと黒い雄犬が不満げな顔をしていたが、コリンナと過ごす機会を逃すクラウスではない。
コリンナと過ごす日々が幸せで酒を飲まなくなったせいか、黒い雄犬に吠えられる前から頭がスッキリしている日もあった。
今日もそうだ。
鼻歌を口遊みながら村長の家の前を通る。
季節はもうすっかり冬だ。
コリンナが納品した高品質のポーションを求めて町から来た商人達が群がっているけれど、村長は村人に必要な分のポーションは絶対に売ろうとしない。
かつて救いの魔女に与えられたポーションを高値で横流しして私腹を肥やし、彼女が訪れなくなった後に滅びかけた先祖のことを教訓にしているのだ。
「お願いします!」
村長の家から叫び声が聞こえる。
女の声だ。
どこかで聞いた声のような気がした。
「どうかポーションを譲ってください。お金なら……お金ならアタクシが稼ぎますわ!」
「売値を吊り上げておるわけではないんじゃよ。救いの魔女様の御心に従って、本当に困っている方にならお譲りする。しかし、それは一本だけじゃ。一本のポーションで治らぬのなら、何本のポーションを飲んでも治らぬよ。ならば、一本のポーションで治るほかの病人に渡すべきじゃろう?」
「一本のポーションで病状が良くなったんです。もう一本、もう一本飲めば確実に夫は治ります!」
「……帰っておくれ」
クラウスは暗い面持ちで村長の家から出てきた女性を知っていた。
最後に見たときよりもやつれているが間違いない。
コリンナと婚約破棄してまで選んだはずの子爵令嬢ドロテアだった。
「ドロテア嬢?」
疎ましそうな顔の商人達に前の道へと追い出された彼女は、クラウスの声に顔を上げた。
再会を喜んでいたわけではない。
恥じて立ち去ってくれることを期待していたのだけれど、彼女はもの凄い勢いで駆け寄ってくる。
「クラウス殿下!」
「……ここでその呼び方はやめてくれ」
ヴィンター帝国の皇子がヘルブスト王国の村にいるのは秘密のことだ。
ドロテアのほうも帝国出身だということは隠しているに違いない。
帝国と王国は仲が悪いわけではない。だからこそ、元婚約者に会いに来た皇子や婚約破棄の原因となったくせに逃げ出した子爵令嬢の存在は歓迎しないだろう。
「申し訳ありません。ですがフランクが、アタクシの夫の命が危ないのです。どうかこの村の村長にポーションを譲るよう頼んでくださいませ!」
「この村にあるのは体力をつけるためのスタミナポーションと軽い病気を治すキュアポーションだ。キュアポーション一本で治らなかったのなら、何本飲んでも同じことだよ」
「それでも! もう一本飲めば治るかもしれません。お願いです。なんでもします。アタクシの命なら奪っていただいて結構です。フランクを、夫を助けてくださいませ!」
人を裏切っておいて、どうしてこんなことを言えるのだろう。
一瞬そう思ったクラウスだったが、考えてみれば自分もコリンナを裏切ったのだ。それも一度や二度ではない。
ここでドロテアを見捨てたら、コリンナに顔向けできなくなりそうだ。
(とはいえ……)
ドロテアを救うためには、コリンナに頼るしかないのだった。
138
あなたにおすすめの小説
始まりはよくある婚約破棄のように
喜楽直人
恋愛
「ミリア・ファネス公爵令嬢! 婚約者として10年も長きに渡り傍にいたが、もう我慢ならない! 父上に何度も相談した。母上からも考え直せと言われた。しかし、僕はもう決めたんだ。ミリア、キミとの婚約は今日で終わりだ!」
学園の卒業パーティで、第二王子がその婚約者の名前を呼んで叫び、周囲は固唾を呑んでその成り行きを見守った。
ポンコツ王子から一方的な溺愛を受ける真面目令嬢が涙目になりながらも立ち向い、けれども少しずつ絆されていくお話。
第一章「婚約者編」
第二章「お見合い編(過去)」
第三章「結婚編」
第四章「出産・育児編」
第五章「ミリアの知らないオレファンの過去編」連載開始
婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。
あなたをずっと、愛していたのに 〜氷の公爵令嬢は、王子の言葉では溶かされない~
柴野
恋愛
「アナベル・メリーエ。君との婚約を破棄するッ!」
王子を一途に想い続けていた公爵令嬢アナベルは、冤罪による婚約破棄宣言を受けて、全てを諦めた。
――だってあなたといられない世界だなんて、私には必要ありませんから。
愛していた人に裏切られ、氷に身を閉ざした公爵令嬢。
王子が深く後悔し、泣いて謝罪したところで止まった彼女の時が再び動き出すことはない。
アナベルの氷はいかにして溶けるのか。王子の贖罪の物語。
※オールハッピーエンドというわけではありませんが、作者的にはハピエンです。
※小説家になろうにも重複投稿しています。
【 完結 】「婚約破棄」されましたので、恥ずかしいから帰っても良いですか?
しずもり
恋愛
ミレーヌはガルド国のシルフィード公爵令嬢で、この国の第一王子アルフリートの婚約者だ。いや、もう元婚約者なのかも知れない。
王立学園の卒業パーティーが始まる寸前で『婚約破棄』を宣言されてしまったからだ。アルフリートの隣にはピンクの髪の美少女を寄り添わせて、宣言されたその言葉にミレーヌが悲しむ事は無かった。それよりも彼女の心を占めていた感情はー。
恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい!!
ミレーヌは恥ずかしかった。今すぐにでも気を失いたかった。
この国で、学園で、知っていなければならない、知っている筈のアレを、第一王子たちはいつ気付くのか。
孤軍奮闘のミレーヌと愉快な王子とお馬鹿さんたちのちょっと変わった断罪劇です。
なんちゃって異世界のお話です。
時代考証など皆無の緩い設定で、殆どを現代風の口調、言葉で書いています。
HOT2位 &人気ランキング 3位になりました。(2/24)
数ある作品の中で興味を持って下さりありがとうございました。
*国の名前をオレーヌからガルドに変更しました。
(完結)あなたが婚約破棄とおっしゃったのですよ?
青空一夏
恋愛
スワンはチャーリー王子殿下の婚約者。
チャーリー王子殿下は冴えない容姿の伯爵令嬢にすぎないスワンをぞんざいに扱い、ついには婚約破棄を言い渡す。
しかし、チャーリー王子殿下は知らなかった。それは……
これは、身の程知らずな王子がギャフンと言わされる物語です。コメディー調になる予定で
す。過度な残酷描写はしません(多分(•́ε•̀;ก)💦)
それぞれの登場人物視点から話が展開していく方式です。
異世界中世ヨーロッパ風のゆるふわ設定ご都合主義。タグ途中で変更追加の可能性あり。
婚約破棄、しません
みるくコーヒー
恋愛
公爵令嬢であるユシュニス・キッドソンは夜会で婚約破棄を言い渡される。しかし、彼らの糾弾に言い返して去り際に「婚約破棄、しませんから」と言った。
特に婚約者に執着があるわけでもない彼女が婚約破棄をしない理由はただ一つ。
『彼らを改心させる』という役目を遂げること。
第一王子と自身の兄である公爵家長男、商家の人間である次期侯爵、天才魔導士を改心させることは出来るのか!?
本当にざまぁな感じのやつを書きたかったんです。
※こちらは小説家になろうでも投稿している作品です。アルファポリスへの投稿は初となります。
※宜しければ、今後の励みになりますので感想やアドバイスなど頂けたら幸いです。
※使い方がいまいち分からずネタバレを含む感想をそのまま承認していたりするので感想から読んだりする場合はご注意ください。ヘボ作者で申し訳ないです。
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!
そちらがその気なら、こちらもそれなりに。
直野 紀伊路
恋愛
公爵令嬢アレクシアの婚約者・第一王子のヘイリーは、ある日、「子爵令嬢との真実の愛を見つけた!」としてアレクシアに婚約破棄を突き付ける。
それだけならまだ良かったのだが、よりにもよって二人はアレクシアに冤罪をふっかけてきた。
真摯に謝罪するなら潔く身を引こうと思っていたアレクシアだったが、「自分達の愛の為に人を貶めることを厭わないような人達に、遠慮することはないよね♪」と二人を返り討ちにすることにした。
※小説家になろう様で掲載していたお話のリメイクになります。
リメイクですが土台だけ残したフルリメイクなので、もはや別のお話になっております。
※カクヨム様、エブリスタ様でも掲載中。
…ºo。✵…𖧷''☛Thank you ☚″𖧷…✵。oº…
☻2021.04.23 183,747pt/24h☻
★HOTランキング2位
★人気ランキング7位
たくさんの方にお読みいただけてほんと嬉しいです(*^^*)
ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる