婚約破棄された公爵令嬢は、飼い犬が可愛過ぎて生きるのが辛い。

豆狸

文字の大きさ
16 / 20

16・コリンナの計画

しおりを挟む
 気がつけば、いつの間にか季節は冬に変わっていました。
 お父様はクラウス殿下を公爵領へ招くことを認めてくださいましたし、夜会も開いてくださるそうです。
 恥ずかしながら三年ぶりに新しいドレスも作ることになりました。夜会用です。

 魔術の研究も進んでいます。
 昨日はハイポーションを作りました。エリクサーほどではありませんが、かなり重い病気まで治すことのできる魔法薬です。
 神獣ガルム様にご協力いただいて、召喚魔術も何度か成功させています。

「うむ。コリンナの魔術はエミリア並みじゃ。これなら竜も呼べるじゃろう。夜会の前に試してみたらどうじゃ?」

 ガルム様に言っていただけましたけど、予行練習をするつもりはありません。
 悪霊に気づかれてしまうかもしれませんからね。
 竜を召喚するのは夜会のときのみ、一回限りのぶっつけ本番です。その際にクラウス殿下に憑いている悪霊も退治するつもりだからです。

 もちろんせっかく開催していただく夜会を台無しにするつもりはありません。
 竜を召喚するのは夜会の後、クラウス殿下をわたしの寝室に招いておこないます。
 悪霊に警戒されてはいけませんので、そのときはガルム様には離れていていただきます。家族は一緒が一番良いと思いますから、マーナと仔犬達ともしばらくお別れです。

 それからクラウス殿下に悪霊のことを話し、ご自身の意思で体から追い出していただきます。
 ガルム様の咆哮で無理矢理弾き出すだけでは、殿下と悪霊の絆が切れないのです。
 もっとも、もしそれが無理でも希望はあります。

 西の大陸に住む竜というのは、ガルム様と同じ神獣なのです。
 ガルム様と違うのは、彼らが冥界にいらっしゃる闇の神様の眷属ではなく、天界にいらっしゃる光の神様の眷属だということです。
 天の神様の使いとして地上に来た竜達は、ここが気に入って住みつくことにしたのだそうです。

 冥界で体の無い亡者を相手にするガルム様達と違い、竜は元から使いとして地上で活動することが多いと言います。
 そのため彼らは生身の人間に宿った悪霊を、宿主を傷つけることなく浄化することができるのです。
 クラウス殿下がご自身で悪霊を追い出せればガルム様に、それが無理なら召喚した竜に悪霊を退治してもらうことができます。どちらの道を辿るとしても、最終的にわたしは召喚した竜に乗ってガルム様一家とともに旅立つ予定です。

 ……だってわたしのせいで悪霊に憑かれたクラウス殿下のお側に、このままいるなんて恥知らずな真似できません。
 わたしが竜の国へ行ったら悪霊が殿下から離れるかもしれない、なんてあやふやな策ではなく、ちゃんと悪霊を退治できそうな手段が見つけられたことが、せめてもの償いになるでしょうか。

 日記には何も書いてありませんでしたが、ヨハンナ様が竜を呼び出す召喚魔術を生み出したのはゲオルグ帝のためかもしれません。
 神獣ガルム様のお話だと、初代皇帝の血筋の悪霊は、これまでにも出現していたようですからね。
 不味いとおっしゃっていたから、食べたこともあるのかも……深く考えるのはやめておきましょう。

 アンスル公爵家のみんなには手紙を残して行きますし、実はガルム様は竜のように飛べない代わりに召喚魔術のような魔力の痕跡を利用して転移ができるそうなのです。
 それで森にも遊びに来ていらしたのですしね。
 クラウス殿下にだけ二度と帰らないと告げるものの、わたしはヨハンナ様と違って、家族には会いに帰ろうと思っています。家族は一緒が一番です。

 そして今日は、クラウス殿下に護衛していただいて、森の小屋からヘルブスト王国の村へとハイポーションを納品しに行きます。
 作ったものは使ってもらいたいですからね。
 アンスル公爵領は優秀な魔術師を雇っているので必要ないと思いますが、風邪が流行ってポーションが足りなくなったら、わたしが作りますよ。小屋に近い村では流行っていないのですけれど、ヘルブスト王国の中心部では悪性の風邪が流行っているみたいですしね。

「……コリンナの護衛はわしでよかろう」

 神獣ガルム様はご不満のようですが、今回はクラウス殿下に護衛していただきますのでご家族水入らずでのお留守番をお願いいたします。
 悪霊に、ゲオルグ帝に引きずられているのだとわかっていても、もう少しだけ殿下の優しさを味わっていたいのです。……ガルム様にお聞きしても、優しいクラウス殿下と浮気ばかりしていた冷たい彼のどちらに悪霊が影響しているのかはわからないそうです。
 でも、本当はお優しいクラウス殿下は幻だったのでしょう。だって──

「このハイポーションをドロテア様に、ですか?」
「ああ、譲ってやってもらえないか? 彼女の夫がキュアポーションでは治らない悪性の風邪で苦しんでいるんだ」

 殿下が本当に愛しているのはドロテア様に違いありません。
 裏切られ、ほかの男性の妻となった彼女にさえこんなにもお優しいのですから。そもそも婚約を破棄してまで結ばれようとなさっていたのですもの。
 幻の優しさを貪っていた浅ましいわたしは、喜んでハイポーションをお譲りするとお答えしました。……そんな資格などないのに、胸が痛いです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完結)あなたが婚約破棄とおっしゃったのですよ? 

青空一夏
恋愛
スワンはチャーリー王子殿下の婚約者。 チャーリー王子殿下は冴えない容姿の伯爵令嬢にすぎないスワンをぞんざいに扱い、ついには婚約破棄を言い渡す。 しかし、チャーリー王子殿下は知らなかった。それは…… これは、身の程知らずな王子がギャフンと言わされる物語です。コメディー調になる予定で す。過度な残酷描写はしません(多分(•́ε•̀;ก)💦) それぞれの登場人物視点から話が展開していく方式です。 異世界中世ヨーロッパ風のゆるふわ設定ご都合主義。タグ途中で変更追加の可能性あり。

始まりはよくある婚約破棄のように

喜楽直人
恋愛
「ミリア・ファネス公爵令嬢! 婚約者として10年も長きに渡り傍にいたが、もう我慢ならない! 父上に何度も相談した。母上からも考え直せと言われた。しかし、僕はもう決めたんだ。ミリア、キミとの婚約は今日で終わりだ!」 学園の卒業パーティで、第二王子がその婚約者の名前を呼んで叫び、周囲は固唾を呑んでその成り行きを見守った。 ポンコツ王子から一方的な溺愛を受ける真面目令嬢が涙目になりながらも立ち向い、けれども少しずつ絆されていくお話。 第一章「婚約者編」 第二章「お見合い編(過去)」 第三章「結婚編」 第四章「出産・育児編」 第五章「ミリアの知らないオレファンの過去編」連載開始

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

死に戻りの悪役令嬢は、今世は復讐を完遂する。

乞食
恋愛
メディチ家の公爵令嬢プリシラは、かつて誰からも愛される少女だった。しかし、数年前のある事件をきっかけに周囲の人間に虐げられるようになってしまった。 唯一の心の支えは、プリシラを慕う義妹であるロザリーだけ。 だがある日、プリシラは異母妹を苛めていた罪で断罪されてしまう。 プリシラは処刑の日の前日、牢屋を訪れたロザリーに無実の証言を願い出るが、彼女は高らかに笑いながらこう言った。 「ぜーんぶ私が仕組んだことよ!!」 唯一信頼していた義妹に裏切られていたことを知り、プリシラは深い悲しみのまま処刑された。 ──はずだった。 目が覚めるとプリシラは、三年前のロザリーがメディチ家に引き取られる前日に、なぜか時間が巻き戻っていて──。 逆行した世界で、プリシラは義妹と、自分を虐げていた人々に復讐することを誓う。

あなたをずっと、愛していたのに 〜氷の公爵令嬢は、王子の言葉では溶かされない~

柴野
恋愛
「アナベル・メリーエ。君との婚約を破棄するッ!」  王子を一途に想い続けていた公爵令嬢アナベルは、冤罪による婚約破棄宣言を受けて、全てを諦めた。  ――だってあなたといられない世界だなんて、私には必要ありませんから。  愛していた人に裏切られ、氷に身を閉ざした公爵令嬢。  王子が深く後悔し、泣いて謝罪したところで止まった彼女の時が再び動き出すことはない。  アナベルの氷はいかにして溶けるのか。王子の贖罪の物語。 ※オールハッピーエンドというわけではありませんが、作者的にはハピエンです。 ※小説家になろうにも重複投稿しています。

真実の愛を見つけた婚約者(殿下)を尊敬申し上げます、婚約破棄致しましょう

さこの
恋愛
「真実の愛を見つけた」 殿下にそう告げられる 「応援いたします」 だって真実の愛ですのよ? 見つける方が奇跡です! 婚約破棄の書類ご用意いたします。 わたくしはお先にサインをしました、殿下こちらにフルネームでお書き下さいね。 さぁ早く!わたくしは真実の愛の前では霞んでしまうような存在…身を引きます! なぜ婚約破棄後の元婚約者殿が、こんなに美しく写るのか… 私の真実の愛とは誠の愛であったのか… 気の迷いであったのでは… 葛藤するが、すでに時遅し…

婚約破棄、しません

みるくコーヒー
恋愛
公爵令嬢であるユシュニス・キッドソンは夜会で婚約破棄を言い渡される。しかし、彼らの糾弾に言い返して去り際に「婚約破棄、しませんから」と言った。 特に婚約者に執着があるわけでもない彼女が婚約破棄をしない理由はただ一つ。 『彼らを改心させる』という役目を遂げること。 第一王子と自身の兄である公爵家長男、商家の人間である次期侯爵、天才魔導士を改心させることは出来るのか!? 本当にざまぁな感じのやつを書きたかったんです。 ※こちらは小説家になろうでも投稿している作品です。アルファポリスへの投稿は初となります。 ※宜しければ、今後の励みになりますので感想やアドバイスなど頂けたら幸いです。 ※使い方がいまいち分からずネタバレを含む感想をそのまま承認していたりするので感想から読んだりする場合はご注意ください。ヘボ作者で申し訳ないです。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

処理中です...