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39・たとえひとりの夜だとしても
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私の離宮には身の回りの世話をしてくれる使用人はいません。
庭師と掃除係がたまに通って来てくれるだけです。
幼いころはリナルディ王国の王宮で使用人に取り囲まれて育ちましたが、お母様と投獄されてからは自分のことは自分でしています。お母様がお亡くなりになってからは言葉を発することもなかったので、ひとりのほうが気楽なのです。
あの日、お母様に言われるまま脱獄して冒険の旅に出ていれば良かった……寝室で頭まで掛布を被って、そんなことを思います。
そうしていれば、今もお母様はお元気だったかもしれません。
一介の冒険者であればカサヴェテス竜王国へ嫁ぐこともなく、竜王ニコラオス陛下を番だと思うこともなかったでしょう。こんな想いが芽生えなければ、たとえ世界が終わったとしても、それまでは幸せに過ごせていたことでしょう。
掛布で涙を拭い、私はベッドから出ました。
日に日に寒さが増していきますが、今日は小春日和で気温が戻っています。
窓の外で輝く目映いばかりの満月のおかげでしょうか。寝巻の上からショールを羽織り、私は寝室の窓を開けました。
「……妃殿下?」
窓の向こうにソティリオス様の姿がありました。
前と違って全身鎧を高らかに鳴らしながら巡回していないので、彼がそんなところにいるなんて気づいていなかったのです。
満月の光に照らされた白銀色の近衛騎士隊長は、月光から生まれ出でたように見えました。暗い夜を導いてくれる優しい月の化身です。
「こんばんは、ソティリオス様」
「起きていらしたのですか?……っ! もしかして騒がしくしてしまっていたでしょうか?」
「いいえ。あまりにお静かなので、そこにいらっしゃるとは気づいてもいませんでしたわ」
「そうですか」
「……ソティリオス様」
不安を胸に見つめると、ソティリオス様は優しく微笑みました。
「妃殿下のご希望通り、ニコラオス陛下には妃殿下とお会いする前に巨竜化が解けたとお伝えしました。俺が妃殿下のお考えをお伝えするまでもなく、陛下はご自身でサギニ様の近くに来たから暴走が鎮まったのだろうとおっしゃっていました」
今日、大暴走から竜王陛下とソティリオス様がお戻りになりました。
巨竜化した陛下の暴走を鎮めた私ですが、待っていたのは前と変わらない言葉でした。
私は一部始終を見ていたソティリオス様にお願いしたのです。陛下とサギニ様の関係を脅かす噂が流れないよう、私が触れる前に陛下の巨竜化は解けたとお伝えください、と。
「今夜はソティリオス様おひとりで巡回なのですか? 大暴走からお戻りになられたばかりなのに無理をなさらなくても」
「これが本来の俺の務めですから。それに配下のものもべつのところを巡回しております。竜人族は耳が良いので、なにかあったときは呼んでいただければ、すぐに駆け付けますよ」
竜人族は私のようなヒト族よりも身体能力に優れています。聴力や視力もです。
「……」
「妃殿下?」
「いえ、なんでもありません。いつも守ってくださってありがとうございます。食事のときも話し相手になってくださって、収穫祭のときも一緒に回ってくださって、本当に感謝しています」
「それが俺の務め……いえ、俺は妃殿下とご一緒させていただくのが楽しいのです。お嫌でなければ、これからもご一緒させてください」
「ありがとうございます。そろそろ眠りますね。おやすみなさい」
「おやすみなさい、ディアナ……妃殿下。また明日」
私は窓を閉めました。
昔のことを思い出して恥ずかしくなったのです。世界が滅びる前のことです。
ひとり泣き喚く私の声をソティリオス様は聞いていらしたのでしょうか? 時が戻ったとしても幻の記憶だったとしても、覚えてらっしゃいませんよね? 考えたこともありませんでしたが、私や精霊王様のお子様以外にもあの世界の終わりを覚えている方はいらっしゃるのでしょうか。
恥ずかしい気持ちを飲み込んで、私は再び頭まで掛布を被りました。
なんとなくさっきよりも気持ちが落ち着いているように感じます。
私はここでひとりきりですが、窓の外、月の下にはソティリオス様がいらっしゃるのです。
庭師と掃除係がたまに通って来てくれるだけです。
幼いころはリナルディ王国の王宮で使用人に取り囲まれて育ちましたが、お母様と投獄されてからは自分のことは自分でしています。お母様がお亡くなりになってからは言葉を発することもなかったので、ひとりのほうが気楽なのです。
あの日、お母様に言われるまま脱獄して冒険の旅に出ていれば良かった……寝室で頭まで掛布を被って、そんなことを思います。
そうしていれば、今もお母様はお元気だったかもしれません。
一介の冒険者であればカサヴェテス竜王国へ嫁ぐこともなく、竜王ニコラオス陛下を番だと思うこともなかったでしょう。こんな想いが芽生えなければ、たとえ世界が終わったとしても、それまでは幸せに過ごせていたことでしょう。
掛布で涙を拭い、私はベッドから出ました。
日に日に寒さが増していきますが、今日は小春日和で気温が戻っています。
窓の外で輝く目映いばかりの満月のおかげでしょうか。寝巻の上からショールを羽織り、私は寝室の窓を開けました。
「……妃殿下?」
窓の向こうにソティリオス様の姿がありました。
前と違って全身鎧を高らかに鳴らしながら巡回していないので、彼がそんなところにいるなんて気づいていなかったのです。
満月の光に照らされた白銀色の近衛騎士隊長は、月光から生まれ出でたように見えました。暗い夜を導いてくれる優しい月の化身です。
「こんばんは、ソティリオス様」
「起きていらしたのですか?……っ! もしかして騒がしくしてしまっていたでしょうか?」
「いいえ。あまりにお静かなので、そこにいらっしゃるとは気づいてもいませんでしたわ」
「そうですか」
「……ソティリオス様」
不安を胸に見つめると、ソティリオス様は優しく微笑みました。
「妃殿下のご希望通り、ニコラオス陛下には妃殿下とお会いする前に巨竜化が解けたとお伝えしました。俺が妃殿下のお考えをお伝えするまでもなく、陛下はご自身でサギニ様の近くに来たから暴走が鎮まったのだろうとおっしゃっていました」
今日、大暴走から竜王陛下とソティリオス様がお戻りになりました。
巨竜化した陛下の暴走を鎮めた私ですが、待っていたのは前と変わらない言葉でした。
私は一部始終を見ていたソティリオス様にお願いしたのです。陛下とサギニ様の関係を脅かす噂が流れないよう、私が触れる前に陛下の巨竜化は解けたとお伝えください、と。
「今夜はソティリオス様おひとりで巡回なのですか? 大暴走からお戻りになられたばかりなのに無理をなさらなくても」
「これが本来の俺の務めですから。それに配下のものもべつのところを巡回しております。竜人族は耳が良いので、なにかあったときは呼んでいただければ、すぐに駆け付けますよ」
竜人族は私のようなヒト族よりも身体能力に優れています。聴力や視力もです。
「……」
「妃殿下?」
「いえ、なんでもありません。いつも守ってくださってありがとうございます。食事のときも話し相手になってくださって、収穫祭のときも一緒に回ってくださって、本当に感謝しています」
「それが俺の務め……いえ、俺は妃殿下とご一緒させていただくのが楽しいのです。お嫌でなければ、これからもご一緒させてください」
「ありがとうございます。そろそろ眠りますね。おやすみなさい」
「おやすみなさい、ディアナ……妃殿下。また明日」
私は窓を閉めました。
昔のことを思い出して恥ずかしくなったのです。世界が滅びる前のことです。
ひとり泣き喚く私の声をソティリオス様は聞いていらしたのでしょうか? 時が戻ったとしても幻の記憶だったとしても、覚えてらっしゃいませんよね? 考えたこともありませんでしたが、私や精霊王様のお子様以外にもあの世界の終わりを覚えている方はいらっしゃるのでしょうか。
恥ずかしい気持ちを飲み込んで、私は再び頭まで掛布を被りました。
なんとなくさっきよりも気持ちが落ち着いているように感じます。
私はここでひとりきりですが、窓の外、月の下にはソティリオス様がいらっしゃるのです。
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