番の声が聞こえません。

豆狸

文字の大きさ
6 / 8

第六話 留まって

 私は獣王国の王宮に留まりました。
 竜王妃の座にしがみついた浅ましい女と噂されていますが、構いません。
 どんなに陰口をささやかれていても、私の耳には竜王陛下の声が聞こえてくるのですから。

 異母妹のブランドラは、私に三年間子どもができなかったことを理由に、正式な側妃として迎えられました。
 父や後妻も喜んでいることでしょう。
 それとも正妃でなく側妃でしかないのは私のせいだと、これまで以上に私を憎んでいるのでしょうか。

 ……わかりません。
 側妃を迎えるための華やかな式に、私は出席しなかったのです。
 出席する必要はないと、竜王陛下がおっしゃったのです。いいえ、違いますね。陛下がそう言っていたと、サミュエル様が伝えてくださったのです。

 仕事だけはきちんとしてくれていた秘書官や文官も、今の私の味方と見られたら周囲にいとわれてしまいます。
 三年が過ぎても留まることを決めてから、竜王妃としての私の仕事はエレナとサミュエル様が補佐してくれるようになりました。
 つがい第一派で竜王陛下の筆頭側近である彼なら、私の味方になったのではなく仕方なく手伝っているだけだと思われるからでしょう。いいえ、実際に仕方なく手伝ってくれているのでしょう。竜王妃の仕事がとどこおっていたら、陛下のつがい様が胸を痛めるかもしれませんものね。

 自分の異母妹だというのに、私はブランドラの顔を思い出すことができません。
 公爵邸でも王宮でも、私が彼女に危害を加えないようにと離されていたからです。
 私自身も近寄らないようにしていました。

 だけど美しい子だったことは覚えています。
 学園時代、婚約者だったころの陛下とのお茶会に飛び込んできたことがよくあったからです。
 卒業後は後妻が私を部屋に閉じ込めて、あの子だけで陛下を待っていました。そこまでしていたのは、彼女が陛下のつがいだったからでしょう。

 母には愛されていた私の銀の髪と青い瞳は、ほかの人々には色が薄くて冷たい印象だと言われています。
 異母妹ブランドラは公爵である父と同じ、眩しい黄金の髪と瞳の持ち主でした。
 竜王陛下とも同じです。眩しくて眩しくて……私とはほど遠い存在です。

「ジェシカ様サミュエル様、ひと休みいたしましょうか」

 その日いつものように三人で執務をしていたら、エレナが言ってくれました。

「そうですね。エレナ、今日は私がお茶を淹れましょうか? いつも貴女にばかりお茶の用意をさせているわ。執務も手伝ってくれているのだし、お茶の用意も分担しましょう?」

 サミュエル様はお茶を淹れたことがないのかもしれません。
 私の言葉に、少しだけ困ったような表情になられました。
 お嬢様育ちなものの、私は自分でお茶を淹れることができます。

 調薬が趣味だからです。
 お鍋もすり鉢も包丁も使えます。
 今でも効力の低い、気休めのような薬を作り続けているからです。……もうだれも、求めてはくれない薬を。気がつくと経年劣化して効力を失っていて、捨てるしかなくなる薬を。

 エレナが眉を吊り上げました。

「なにをおっしゃってるのですか、ジェシカ様は。貴女のためにお茶を淹れるのがエレナの楽しみなのですから、黙ってお休みになっていてください」
「わかりました。ありがとう、エレナ」

 竜王妃の部屋には簡単な厨房も備え付けられています。
 こうして仕事の合間に小休憩を楽しむためです。
 もしもつがいが見つからなければ、ここには竜王陛下もいらっしゃったのでしょうか。

あなたにおすすめの小説

彼女は彼の運命の人

豆狸
恋愛
「デホタに謝ってくれ、エマ」 「なにをでしょう?」 「この数ヶ月、デホタに嫌がらせをしていたことだ」 「謝ってくだされば、アタシは恨んだりしません」 「デホタは優しいな」 「私がデホタ様に嫌がらせをしてたんですって。あなた、知っていた?」 「存じませんでしたが、それは不可能でしょう」

この恋は幻だから

豆狸
恋愛
婚約を解消された侯爵令嬢の元へ、魅了から解放された王太子が訪れる。

彼女の離縁とその波紋

豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

真実の愛の言い分

豆狸
恋愛
「仕方がないだろう。私とリューゲは真実の愛なのだ。幼いころから想い合って来た。そこに割り込んできたのは君だろう!」 私と殿下の結婚式を半年後に控えた時期におっしゃることではありませんわね。

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

貴方でなくても良いのです。

豆狸
恋愛
彼が初めて淹れてくれたお茶を口に含むと、舌を刺すような刺激がありました。古い茶葉でもお使いになったのでしょうか。青い瞳に私を映すアントニオ様を傷つけないように、このことは秘密にしておきましょう。

愛を乞うても

豆狸
恋愛
愛を乞うても、どんなに乞うても、私は愛されることはありませんでした。 父にも母にも婚約者にも、そして生まれて初めて恋した人にも。 だから、私は──

愛は見えないものだから

豆狸
恋愛
愛は見えないものです。本当のことはだれにもわかりません。 わかりませんが……私が殿下に愛されていないのは確かだと思うのです。