私があなたを好きだったころ

豆狸

文字の大きさ
2 / 9

第二話 記憶喪失

しおりを挟む
 私は眠っていたようです。
 夢の中、深い深いところでハロルド様の声を聞いた気がします。
 あまり良いことを言われなかったのではないでしょうか。胸の中にドロリとした不安が残っています。どんな悪夢だったのでしょう。

 でも気にしていても仕方がありませんね、ただの夢なのですもの。
 寝具の中での微睡みを振り切って、私は瞳を開けました。
 ゆっくりと視界が色づいていきます。

「エヴァンジェリンっ!」

 お父様の叫び声がしたと思ったら、次の瞬間には抱き締められていました。
 幼いころから仕えてくれている侍女のホアナの窘める声が聞こえます。

「おやめください、旦那様。エヴァンジェリンお嬢様は頭を打たれたのですよ。……私がついていながら申し訳ございませんでした」
「ホアナ、君だけのせいではない。あんなところへ行ったエヴァンジェリンにも問題がある。だが、気がついて良かった」

 お父様が離れたので、私は体を起こしました。
 自室のベッドの脇にはお父様とホアナ、そしてカバジェロ伯爵家の主治医の先生がいらっしゃいます。
 どういうことなのでしょうか? 昨夜は何事もなく眠りに就いたはずなのですが、寝ている間に熱でも出したのかもしれません。お母様と違って、私は昔から健康にだけは自信があったのに──

「……お母様?」
「エヴァンジェリン?」

 ふと窓に目をやって、私は硝子に移ったお母様の姿に気づきました。
 いいえ、そんなはずがありません。
 お母様は私が十歳のとき、五年も前にお亡くなりになっているのですから。それに彼女は私がいるベッドに座っています。もしかして、硝子に映った彼女は私なのでしょうか。

「お父様……」
「なんだい、エヴァンジェリン? 頭が痛いのかい?」
「そうではありません」

 私はベッド横の机に置かれた鏡に視線を向けました。
 そこにも窓の硝子と同じように、お母様によく似た女性が映っています。
 でも私が知っていたお母様よりも若くて、どことなくお父様にも似ています。お父様に似て地味だった私が、成長したことでお母様からいただいた美しさを開花させたかのように。

「……今は、いつ、なのでしょうか? 私は十五歳の、学園に入って初めての聖花祭を前にしたエヴァンジェリンなのですけれど、窓の硝子や鏡に映っているのは私の知らない大人の私なのです」
「っ?」

 私の言葉を聞いてお父様とホアナ、主治医の先生が息を飲みました。

 ──私は学園に入学して初めての聖花祭の直前から、卒業間近の最後の聖花祭が終わるまでの記憶を失っていたのです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

恩知らずの婚約破棄とその顛末

みっちぇる。
恋愛
シェリスは婚約者であったジェスに婚約解消を告げられる。 それも、婚約披露宴の前日に。 さらに婚約披露宴はパートナーを変えてそのまま開催予定だという! 家族の支えもあり、婚約披露宴に招待客として参加するシェリスだが…… 好奇にさらされる彼女を助けた人は。 前後編+おまけ、執筆済みです。 【続編開始しました】 執筆しながらの更新ですので、のんびりお待ちいただけると嬉しいです。 矛盾が出たら修正するので、その時はお知らせいたします。

ミュリエル・ブランシャールはそれでも彼を愛していた

玉菜きゃべつ
恋愛
 確かに愛し合っていた筈なのに、彼は学園を卒業してから私に冷たく当たるようになった。  なんでも、学園で私の悪行が噂されているのだという。勿論心当たりなど無い。 噂などを頭から信じ込むような人では無かったのに、何が彼を変えてしまったのだろう。 私を愛さない人なんか、嫌いになれたら良いのに。何度そう思っても、彼を愛することを辞められなかった。 ある時、遂に彼に婚約解消を迫られた私は、愛する彼に強く抵抗することも出来ずに言われるがまま書類に署名してしまう。私は貴方を愛することを辞められない。でも、もうこの苦しみには耐えられない。 なら、貴方が私の世界からいなくなればいい。◆全6話

一番でなくとも

Rj
恋愛
婚約者が恋に落ちたのは親友だった。一番大切な存在になれない私。それでも私は幸せになる。 全九話。

さよなら 大好きな人

小夏 礼
恋愛
女神の娘かもしれない紫の瞳を持つアーリアは、第2王子の婚約者だった。 政略結婚だが、それでもアーリアは第2王子のことが好きだった。 彼にふさわしい女性になるために努力するほど。 しかし、アーリアのそんな気持ちは、 ある日、第2王子によって踏み躙られることになる…… ※本編は悲恋です。 ※裏話や番外編を読むと本編のイメージが変わりますので、悲恋のままが良い方はご注意ください。 ※本編2(+0.5)、裏話1、番外編2の計5(+0.5)話です。

真実の愛だった、運命の恋だった。

豆狸
恋愛
だけど不幸で間違っていた。

【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。

こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。 彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。 皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。 だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。 何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。 どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。 絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。 聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──…… ※在り来りなご都合主義設定です ※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です ※つまりは行き当たりばったり ※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください 4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!

婚約解消は君の方から

みなせ
恋愛
私、リオンは“真実の愛”を見つけてしまった。 しかし、私には産まれた時からの婚約者・ミアがいる。 私が愛するカレンに嫌がらせをするミアに、 嫌がらせをやめるよう呼び出したのに…… どうしてこうなったんだろう? 2020.2.17より、カレンの話を始めました。 小説家になろうさんにも掲載しています。

【完】お望み通り婚約解消してあげたわ

さち姫
恋愛
婚約者から婚約解消を求められた。 愛する女性と出会ったから、だと言う。 そう、それなら喜んで婚約解消してあげるわ。 ゆるゆる設定です。3話完結で書き終わっています。

処理中です...