私があなたを好きだったころ

豆狸

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第二話 記憶喪失

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 私は眠っていたようです。
 夢の中、深い深いところでハロルド様の声を聞いた気がします。
 あまり良いことを言われなかったのではないでしょうか。胸の中にドロリとした不安が残っています。どんな悪夢だったのでしょう。

 でも気にしていても仕方がありませんね、ただの夢なのですもの。
 寝具の中での微睡みを振り切って、私は瞳を開けました。
 ゆっくりと視界が色づいていきます。

「エヴァンジェリンっ!」

 お父様の叫び声がしたと思ったら、次の瞬間には抱き締められていました。
 幼いころから仕えてくれている侍女のホアナの窘める声が聞こえます。

「おやめください、旦那様。エヴァンジェリンお嬢様は頭を打たれたのですよ。……私がついていながら申し訳ございませんでした」
「ホアナ、君だけのせいではない。あんなところへ行ったエヴァンジェリンにも問題がある。だが、気がついて良かった」

 お父様が離れたので、私は体を起こしました。
 自室のベッドの脇にはお父様とホアナ、そしてカバジェロ伯爵家の主治医の先生がいらっしゃいます。
 どういうことなのでしょうか? 昨夜は何事もなく眠りに就いたはずなのですが、寝ている間に熱でも出したのかもしれません。お母様と違って、私は昔から健康にだけは自信があったのに──

「……お母様?」
「エヴァンジェリン?」

 ふと窓に目をやって、私は硝子に移ったお母様の姿に気づきました。
 いいえ、そんなはずがありません。
 お母様は私が十歳のとき、五年も前にお亡くなりになっているのですから。それに彼女は私がいるベッドに座っています。もしかして、硝子に映った彼女は私なのでしょうか。

「お父様……」
「なんだい、エヴァンジェリン? 頭が痛いのかい?」
「そうではありません」

 私はベッド横の机に置かれた鏡に視線を向けました。
 そこにも窓の硝子と同じように、お母様によく似た女性が映っています。
 でも私が知っていたお母様よりも若くて、どことなくお父様にも似ています。お父様に似て地味だった私が、成長したことでお母様からいただいた美しさを開花させたかのように。

「……今は、いつ、なのでしょうか? 私は十五歳の、学園に入って初めての聖花祭を前にしたエヴァンジェリンなのですけれど、窓の硝子や鏡に映っているのは私の知らない大人の私なのです」
「っ?」

 私の言葉を聞いてお父様とホアナ、主治医の先生が息を飲みました。

 ──私は学園に入学して初めての聖花祭の直前から、卒業間近の最後の聖花祭が終わるまでの記憶を失っていたのです。
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