たったひとつの愛を

豆狸

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第七話 真実は

 だれにでも大切なたったひとつの愛がある。
 イザッコのたったひとつの愛は、幼馴染のだった。
 お人好しで優しい性格の彼女とふたり、いずれは下町から、いっそ王都からも逃げ出して真っ当な人生を送るのがイザッコの夢だった。

 王都の下町は、貴族街とは比べものにならないとはいえ、さほど治安は悪くない。
 成長したイザッコが所属した犯罪組織のある貧民街とは違った。貧民街は埃だらけの空き家ばかりで、その空き家にさえ忍び込んで盗みを働こうとするものがいる。腐った床に足を取られたり、同じ目的のコソ泥とかち合ったりして、なにかを盗むどころか命を喪って転がっているものも多くいた。
 イザッコが故郷から逃げ出したいと思っていたのは、ディッタトゥーラがいたからだ。

 ディッタトゥーラは支配欲が強い。
 言葉と肉体の暴力、だれかの権威、すべてを使って他者を踏み躙る女だった。
 そういう女にとって、バルバラのようにおとなしい人間は格好の生け贄だ。

 必死でたったひとつの愛を守っていたイザッコは、ディッタトゥーラの親友を気取ってバルバラ虐めに加担していた少女が、わずかな金と引き換えに見知らぬ男に売り渡されたのを機に犯罪組織に入ることを決めた。
 見た目の良いイザッコはディッタトゥーラのお気に入りだった。
 ほかに生け贄バルバラがいるからといって安心していた親友気取りの少女でさえ、自分の利益のためなら売り渡すのがディッタトゥーラなのだ。逃げても追って来るかもしれない。だったら逃げるよりも立ち向かったほうが良い、とイザッコは思ったのである。

 ……そのときは。

 体が大きい割に気が弱く、ディッタトゥーラの生け贄のひとりだった親友も一緒に犯罪組織に入った。
 ディッタトゥーラは見た目が良くて擦り寄るのが上手い。
 親友が恐怖から逃れるために、自分が彼女を好きなのだと思い込みかけていたのが心配だったのである。……もう遅かったけれど。

 ディッタトゥーラのような女は、表面だけは上手く取り繕うことを好む。
 犯罪組織に入ったイザッコは、彼女に罵られた。
 アタシの言うことを聞かないと後悔するわよ、と脅された。しかし、罪に手を染めてもイザッコは後悔しなかった。犯罪組織に入ったことで、ディッタトゥーラと縁が切れたと思えたからだ。

 魔力減衰病で神殿の療養所に入ることになったときも、たぶん満足な治療は出来ないとわかっていても受け入れられた。
 親友にバルバラを託していたからだ。
 犯罪組織で出世をした親友は、ディッタトゥーラの呪縛から解き放たれたのだと思っていたのだ。

(ああ、でも……)

 人間は、弱い。
 恐怖や苦痛が大きければ大きいほど、現実から目を背けて悪夢に溺れる。
 イザッコの親友は体が大きくなってもディッタトゥーラに怯える自分から逃れるために、自分が彼女に弱いのは愛しているからだと思い込んだままだったのだ。

 イザッコが回復しないと判断して公爵家へ入り込んだディッタトゥーラだが、だからといって生け贄を解放するような女ではない。
 自分以外の幸せが許せない性質なのだ。
 の助けを借りて魔力減衰病の治療を終え、死んだ振りをして神殿の療養所から出たイザッコを待っていたのは、バルバラの訃報だった。

 親友はディッタトゥーラの言うがまま、託されたバルバラを娼館へ売り払っていた。バルバラはそこでやまいに罹り、魔力減衰病だったイザッコよりも先に亡くなっていたのである。

(俺がいなくなったらバルバラに嫉妬する必要なんかないじゃねぇか。ましてや公爵家の坊ちゃんをたぶらかしたってのに、なんだってバルバラを貶める必要があるんだ!)

 イザッコがどんなに問うても、そういう女ディッタトゥーラだから、以外の答えはない。

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