二度目の恋

豆狸

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第五話 二度目のバレット

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 俺は、バスコンセロス子爵令嬢のデイジーに求婚を断られた。
 どうしてなのかわからない。
 ワイバーンにやられた俺を看病してくれた彼女は、あんなに優しかったのに。いつも微笑んで俺の世話を焼いてくれた。俺も気付いていなかった俺の好みを知っていてくれた。

 側にいるだけで幸せな気持ちになれた。
 怪我人なのを利用して、何度も手を握らせてもらった。彼女の手は小さくて温かくて、一生この手を守りたいと感じた。
 抱き締めたいといつも思っていた。彼女の柔らかな体を甘い香りを、熱い吐息を知っているような気がしていた。

「ごめんよ、バレット」
「いや、構わない。少し急過ぎたな。俺は今回の大暴走スタンピードで貢献も出来なかったし……」
「それは気にすることないよ。だれだってそんなときはある。ただ、さ……」

 デイジーの兄でバスコンセロス子爵令息のベントンは、申し訳なさそうに言う。幼なじみで魔術学園の同級生なので、俺達は家格の違いなど考えずに会話している。
 ここは王都の路上喫茶店だ。
 大暴走スタンピードの被害や手に入れた魔獣素材の状況を国に報告するために来て、落ち合った。俺は参加していないものの、伯爵家の騎士団はそれなりに活躍していたのだ。求婚を断られてから数ヶ月経っていたが、実際に親友の口から聞くと衝撃も大きかった。

「デイジーは昔から君を怖がっていたからね」
「ああ、そうだったな」

 三歳年下のデイジーはおとなしい子で、昔から大柄で強面の俺を見ると怯えた顔をした。
 兄であるベントンや温和なブルーノには、いつも笑顔を向けていたのに。
 父が亡くなる前や魔術学園の休暇の際に子爵家を訪ねて彼女に会って、ふたりを羨ましく思っていたときの記憶が今になって蘇る。

「……彼女は俺を好きになってはくれないだろうか」
「君がそんなにうちの妹を好きだとは気づいてなかったよ」
「俺も驚いている。でも……デイジー嬢でなければ駄目なんだ。彼女を愛している」

 ベントンは憐れむような瞳を向けてくる。

「ごめんよ、バレット。実はもう、妹には新しい縁談が来てるんだ。ほら、君からの申し出は内々のものだったから、それほど本気でもないのかと思って。看病の礼として求婚しただけなんだと思っていたんだ」
「なんだって! だ、だれだ! だれがデイジーを娶るというんだ!」
「お、落ち着けよ、バレット。……ブルーノだよ」
「ブルーノ?」
「あの女さえ現れなければ、元からそういう話だったんだ。デイジーの力はヴィエイラ侯爵家の回復魔術と合わせることで効果が倍増する。ブルーノの火傷もデイジーと過ごせば徐々に治っていくだろうし」
「……」

 俺に止められるはずがなかった。
 ヴィエイラ侯爵家とバスコンセロス子爵家の協力がなければ、シルヴァ伯爵家は守れない。もちろん両家にも我が家の力が必要だ。
 なによりデイジー本人が俺との縁談を断って来たのだから。

 ブルーノは俺が彼女に求婚したことを知らない。
 汚い考えが頭をぎる。
 ブルーノにデイジーへの気持ちを打ち明けてしまおうか。ずっと好きだったのだと、お前よりも俺のほうが愛しているのだと。ああ! 大暴走スタンピードで活躍出来なかったことで気が引けて内々に申し込むのではなかった。もっと大々的に求婚を知らしめていれば、ブルーノとの縁談が立ち上がるにしても数年後のことだったはずだ。

「ごめんよ、バレット。妹はもう、ブルーノからの求婚を受け入れているんだ。……とても乗り気なんだよ」

 俺の気持ちを察したのか、ベントンが三度謝罪する。
 本当なのか、俺を諦めさせるための嘘なのかはわからなかったけれど、そうか、と頷くことしか出来なかった。……デイジー!

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 ベントンと別れて、ひとり王都を散策する。
 特に目的地はなかったが、たまたまフラカッソ商会の前を通りかかった。
 クルエル──彼女とブルーノの結婚式でデイジーと会うまで、泣いている俺を見てハンカチを取り出したデイジーに気づくまで、俺が恋していた女性の姿が見えた。赤毛の赤ん坊を抱いている姿が目に入った瞬間、なにかが頭に流れ込んできた。

 雨の中、暗い庭、短刀を握り締めたクルエラ。彼女は密かに王都から戻って来ていたのだ。
 毒を塗られた短刀で刺されて崩れ落ちた俺。
 そしてそれよりも前、ドラゴンの炎から俺を守ってくれた赤毛の傭兵アラン──

 ヤバい女と関わってしまったのだと、端正な顔のアランは言った。
 護衛として知り合った商家の娘。
 もちろん取引相手、護衛対象を口説いたりしない。なのに向こうが勝手に熱を上げた。

 抱いてくれ、抱いてくれなければ死んでしまう、抱いてくれなければ乱暴されたと父親に言う。

 押し切られて抱いたら、これで恋人同士ね、と微笑まれて背筋が凍った。
 彼女が運良く高位貴族に見初められて、これで別れられると思ったのに離れない。

 愛してる、愛してるのはあなただけよ、夫はあなたの子どもに爵位と財産を与えるだけの存在だから。

 明日をも知れぬ傭兵暮らし。わずかな金で逃げても女は潤沢な資金で見つけ出す。
 いっそ女の夫に見つかって殺されたいと思って大暴走スタンピードに参加したのだと言った。
 アランはドラゴンの炎から俺を庇って満足そうに死んだ。やっとあの女から逃げられる、と笑って。女の名前は聞いてない。

 毒の短刀で俺を刺したクルエルは、光のない瞳で倒れた俺を見下ろし言った。

 私のアランを盾にしたのね、なんであなたなんかが生き残ったの、アランのふたりの子どもをどうしたらいいの、アランアランアランアランアランアランアラン──

 俺は奇跡のような恋をする、と魔女は言った。
 この前のようにワイバーンから救わなければ、デイジーは俺に恋してくれなかったのだろう。なのに俺は間違った恋、いや恋ですらない、傷ついたデイジーから逃げるためクルエルに溺れて奇跡を失ったのだ。
 時間を戻しても仕方がない。奇跡は二度と起こらない。一度きりだから奇跡なのだ。

 今回は、俺の不在で大暴走スタンピードへの傭兵投入が速かった。
 この前の俺のように、ブルーノは赤毛のアランに話を聞いたのだろう。
 彼は事実関係を確認してクルエルを離縁した。今回のアランはどうなったのだろう。ブルーノをドラゴンの炎から守って死んだ傭兵がいたとは聞いていない。

「失礼」

 赤ん坊を抱いてフラカッソ商会から出て来たクルエルとすれ違う。
 彼女はブルーノとの結婚前に一度引き合わされただけの俺のことなど覚えていないようで、ブツブツ呟きながら去っていく。以前の俺はなぜ、それだけで彼女を想い続けていたのだろうか。
 そのまま去っていくつもりだったが、風が運んできた言葉に足を止めた。

「……どうしてヴィエイラ侯爵家を追い出されなくちゃならないの。次の侯爵はアランの子よ。あんな女に子どもを生まれてたまるもんですか。ああ、アランアランアラン、どこへ行ったの?……」

 嫌な予感がして、俺はクルエルの後を追った。
 彼女は王都にあるバスコンセロス子爵家の屋敷へ向かっているようだ。
 今はデイジーは来ていない。だが──
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