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第三話 眼鏡
「……ぷふっ! あはは、あーっはっは!」
隣国からの留学生ジョルジャ王子に学園を案内した後、ラドロ王子派の学園長に留学生の世話役は男性のほうが良いと告げた私は、侍女や従者と馬車に乗って王宮への帰路に就いた。
ラドロ王子の派閥的には外堀を埋めて私とジョルジャ王子を結び付け、正当な王位継承者を隣国へ送り出す予定だったのだろうが、そんな計画に乗る義理はない。
学園長にはしっかりと釘を刺しておいた。
「前世からの因縁が断ち切れて良かったですね、グレータ王女殿下」
従者のディエゴに言われて、私は首を横に振る。
前世アモローソ、今世ジョルジャ王子からの婚約申し出を断ってやったのは気持ちが良かったけれど、今の私が吹き出してしまったのはそれだけが理由じゃない。
前世から一緒の侍女はわかっているようだ。
「それもあるわ。でも私が笑ってしまったのは、ジョルジャ王子が少しも気付かなかったことよ。ディエゴ、貴方が前世の政敵第二王子ディエゴ殿下だということに」
「……眼鏡がないだけなんですけどね」
前世と同じ名前で同じ顔のディエゴは今世でも眼鏡をかけていた。
しかし十日ほど前に私が命じた街道に現れる山賊退治の際に眼鏡を壊して、それから新しい眼鏡が届いていないのだ。
山賊の襲撃日時がわかったのは、内部から密告の手紙が届いたおかげである。
前世では第一王子の地位を脅かすほど有能だった第二王子ディエゴは、今世でも有能だ。文武両道に優れているので、私に与えられた王領の管理から街道の警備に至るまで任せることが出来る。
「やはりディエゴさんの本体は眼鏡だったのですね」
侍女が訳知り顔で頷く。
彼女も前世から一緒の仲間だ。前世の記憶も持っている。
ちなみに侍女は前世の夫と今度も結婚している。夫のほうに前世の記憶はなかった。
「実は私も気付いてた」
「っ! おふたりともふざけないでくださいっ!」
「うふふ、ごめんなさい。……それで、山賊の頭のほうはどう?」
「はい、なんとか絞首刑に処される日の朝までヒゲを残せそうです」
この国では捕縛した罪人のヒゲを剃る。
ヒゲで人相を変えていることがあるからだ。
本来の顔を晒すことで前科や余罪が明らかになることもあった。
「良かったわ。でもなにかで気づかれるかもしれないから、牢番に鼻薬を忘れないようにしてね」
「御意」
ディエゴは恭しく首肯した。
前世とは身分の差が逆なのに、彼は私の下に就いたことを抵抗なく受け入れてくれたようだ。
正式に私の従者となったときは人差し指で眼鏡をもの凄い速さで上下させながら、前世で私との婚約を望んでいたのは政治的な理由からです、と言っていたっけ。
前世の彼、第二王子ディエゴは私の死後、王位継承権を放棄して大公となり、第一王子の息子の後見人となった。
第一王子との仲が良くなったわけではない。
第一王子親子は王座を巡って殺し合う政敵だったのだ。
まあ浮気性の家臣を放置して、婚約者の侯爵令嬢刺殺事件を引き起こしてしまうような主君に人望があるわけないわよね。
歴史書によると、親子の戦いは息子の勝利で終了。
その後も甥の治世を支え続けたディエゴ大公は、王国の繁栄だけを望んだ無欲の賢人として称えられている。
従者ディエゴが前世と同じ名前になったのは、彼の両親がディエゴ大公にあやかりたいと願ったからだ。
というか、今の王国にディエゴという名前の眼鏡をかけた男性は、石を投げれば当たるんじゃないかと思うくらい多い。
ディエゴ大公が眼鏡をかけていたので、眼鏡さえかければ賢くなれるという思い込みがあるのだ。
隣国からの留学生ジョルジャ王子に学園を案内した後、ラドロ王子派の学園長に留学生の世話役は男性のほうが良いと告げた私は、侍女や従者と馬車に乗って王宮への帰路に就いた。
ラドロ王子の派閥的には外堀を埋めて私とジョルジャ王子を結び付け、正当な王位継承者を隣国へ送り出す予定だったのだろうが、そんな計画に乗る義理はない。
学園長にはしっかりと釘を刺しておいた。
「前世からの因縁が断ち切れて良かったですね、グレータ王女殿下」
従者のディエゴに言われて、私は首を横に振る。
前世アモローソ、今世ジョルジャ王子からの婚約申し出を断ってやったのは気持ちが良かったけれど、今の私が吹き出してしまったのはそれだけが理由じゃない。
前世から一緒の侍女はわかっているようだ。
「それもあるわ。でも私が笑ってしまったのは、ジョルジャ王子が少しも気付かなかったことよ。ディエゴ、貴方が前世の政敵第二王子ディエゴ殿下だということに」
「……眼鏡がないだけなんですけどね」
前世と同じ名前で同じ顔のディエゴは今世でも眼鏡をかけていた。
しかし十日ほど前に私が命じた街道に現れる山賊退治の際に眼鏡を壊して、それから新しい眼鏡が届いていないのだ。
山賊の襲撃日時がわかったのは、内部から密告の手紙が届いたおかげである。
前世では第一王子の地位を脅かすほど有能だった第二王子ディエゴは、今世でも有能だ。文武両道に優れているので、私に与えられた王領の管理から街道の警備に至るまで任せることが出来る。
「やはりディエゴさんの本体は眼鏡だったのですね」
侍女が訳知り顔で頷く。
彼女も前世から一緒の仲間だ。前世の記憶も持っている。
ちなみに侍女は前世の夫と今度も結婚している。夫のほうに前世の記憶はなかった。
「実は私も気付いてた」
「っ! おふたりともふざけないでくださいっ!」
「うふふ、ごめんなさい。……それで、山賊の頭のほうはどう?」
「はい、なんとか絞首刑に処される日の朝までヒゲを残せそうです」
この国では捕縛した罪人のヒゲを剃る。
ヒゲで人相を変えていることがあるからだ。
本来の顔を晒すことで前科や余罪が明らかになることもあった。
「良かったわ。でもなにかで気づかれるかもしれないから、牢番に鼻薬を忘れないようにしてね」
「御意」
ディエゴは恭しく首肯した。
前世とは身分の差が逆なのに、彼は私の下に就いたことを抵抗なく受け入れてくれたようだ。
正式に私の従者となったときは人差し指で眼鏡をもの凄い速さで上下させながら、前世で私との婚約を望んでいたのは政治的な理由からです、と言っていたっけ。
前世の彼、第二王子ディエゴは私の死後、王位継承権を放棄して大公となり、第一王子の息子の後見人となった。
第一王子との仲が良くなったわけではない。
第一王子親子は王座を巡って殺し合う政敵だったのだ。
まあ浮気性の家臣を放置して、婚約者の侯爵令嬢刺殺事件を引き起こしてしまうような主君に人望があるわけないわよね。
歴史書によると、親子の戦いは息子の勝利で終了。
その後も甥の治世を支え続けたディエゴ大公は、王国の繁栄だけを望んだ無欲の賢人として称えられている。
従者ディエゴが前世と同じ名前になったのは、彼の両親がディエゴ大公にあやかりたいと願ったからだ。
というか、今の王国にディエゴという名前の眼鏡をかけた男性は、石を投げれば当たるんじゃないかと思うくらい多い。
ディエゴ大公が眼鏡をかけていたので、眼鏡さえかければ賢くなれるという思い込みがあるのだ。
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