素顔の俺に推し変しろよ!

豆狸

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第三話 かっぱっぱ

3・外堀が埋められていく……

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 わたしの指摘に、忍野くんは青ざめた。
 バッグから取り出して見せてきたのは、やっぱりリングケースだった。

「これはお前が結婚発表会見を選んだときようにって、招木マネに渡されたんだ」
「忍野くん、招木さんとなに企んでるの? わたしたちはあくまで、恋人になるかもしれない『友達』でしょ? 強引に口説いてくるのはやめてって言ったよね?」
「わかってるよ。俺だって、せっかく『恋人になるかもしれない』友達になれたのに、お前に嫌われたくない。なのに招木マネ、妙に背中を押してくるんだよ」

 今日も事務所に社用車を借りに行ったら、突然仕事にはわたしとふたりだけで行けと命じられたのだという。
 マネージャーうんぬんや名刺、そのリングケースについてもいきなり言われたらしい。
 わたしは首を傾げた。

「忍野くんの世話をだれかに押しつけたいのかな?」
「おまっ!……確かに招木マネには、散々苦労かけたけどさ」

 ハンドルにもたれた彼の寂しそうな横顔を見ていたら、ちょっと可哀相に思えてくる。

「バカね、冗談よ。招木さんはわたしの次に俳優忍野薫沼に深入りしてる河童仲間なんだから」
「だったらいいけどな。お前とはべつの意味で、あの人に見捨てられたら俺はお終いだ」
「……あ」
「どうした? 忘れ物ならここで待ってるから、アパートに戻って取って来いよ」
「ううん。いきなりマネージャーになれとか言われて意識が飛んでたけど」

 不意に思い出したのだ、今日の仕事というのは──

「一緒に『文具戦士ペンケースV』の撮影現場へ行くってことは、俳優忍野薫の演技を見られるの?」
「今気づいたのかよ。一応前にアフレコはしてるけど、あのときははっきりキャラクターを決めてない。どうとでも取れる謎めいた演技を求められたんだ。でも今回の撮影では顔が出る。本格的にキャラクターを煮詰めることを要求されるだろうな。つっても舞台の初日と千秋楽みたいなもんで、一年が終わるころにはさらに変化したキャラクターになってるんだろうけど」
「そっかー、そっかー」

 見習いマネージャーの振りをすることなんて、すっかり頭から消えていく。
 これから目にするものへの期待で胸が膨らむ。

「俳優忍野薫の演技が生で見られるんだ……」
「今さら。高校のときからずっと見てるだろ。……まあ大学のときにアレだったから、劇団の練習は見に来なかったけど」

 その辺りは仕方がない。
 映研の会長だけでなく、俳優忍野薫が演技をする場所にはいつも、忍野くんのカノジョがいた。
 彼に近づく女だというだけで、わたしは排除対象だ。
 俳優忍野薫沼の河童に過ぎないなんて話、忍野くんに恋する女性たちには意味がない。
 わたしとしても、俳優忍野薫が出演する舞台や映像が崩壊するところなんて見たくなかった。
 どんなに俳優忍野薫が天才でも、嫉妬に燃える共演者がいては舞台を完成させられないだろう。
 そんなことを考えていたら、あることに気づいた。

「忍野くん」
「なんだ? 用事がなかったら、そろそろ出発するけど」

 時間が気になるので、わたしはハンドルを握った忍野くんに出発を促した。
 朝靄の中を走り出した車の中で、しばらくしてから確認してみる。

「ねえ忍野くん。ヒーロードラマって若い出演者が多いんだよね?」
「そうだな。レッド役なんて俺らが高校生だったときに小学生だった年齢だぞ」

 今は二十代前半ってところか。
 軽く息を吸って、わたしは忍野くんに釘を刺した。

「映研や劇団のときみたいに、共演者に手を出しちゃダメだよ」
「『ムーンドール』のときは誤解だったって知ってるだろ?」
「『ムーンドール』のときは、ね」

 忍野くんの眉が、ぴくりと動いた。
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