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第三話 かっぱっぱ
7・猫の毛づくろい(=逃避行動)
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片桐仁王さんの申し出について考えてみる。
俳優忍野薫沼の河童仲間が増えるのは嬉しい。
でも相手は俳優、芸能人だ。
ネット上でとはいえ気軽につき合うわけには……いや、俳優だからこそ自分のブログやSNSでほかの俳優の演技について語っちゃダメか。
むしろわたしのブログにHNでコメントするだけなら、なんの問題もないよね。
河童二号は招木さんかとも思ったけど、ハムレットからなら片桐さんのほうが早いし。
「そうですね、片桐さんが……」
「ササエルさん!」
片桐さんは人差し指を立てて、わたしに見せた。
わたしたちの会話が録音されてしまうような位置ではないし、最初からボリュームは押さえて声を出している。
なのに彼がわたしを止めたのは、俳優忍野薫が新しい演技を始めたからだった。
闇の住人キャラにはOKが出なかったのだ。
無理もない。
安定した素晴らしい演技だったけど、やっぱり『キラーナイト』や『ムーンドール』のイメージが強くなる。
きっと監督さんも新しい俳優忍野薫の演技が見たいのだ。
……あ。もちろんわたしも片桐さんも、どんなに会話していても俳優忍野薫の演技だけは見逃しませんよ?
今度のマセマティは、いわゆる陰キャというヤツだろうか。
暗い表情でボソボソとセリフを言っている。
わたしはその小さな声が聞きたくて耳を澄ませた。
隣の片桐さんも真剣な表情で自分の耳の後ろに手のひらを当てている。
……うん。確かに彼は俳優忍野薫沼の立派な河童だわ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
俳優忍野薫は陰キャの後も、おバカな感じのセクシーキャラに生真面目キャラ、毒を強めた妖艶キャラなどなど、多彩な演技を見せてくれた。
最終的に監督さんがOKを出したのは、感情のない人形マセマティだった。
「……はあ」
撮影を終えて帰路に就いた車の中、忍野くんが溜息を漏らす。
雑誌の取材もあったので、早朝に出たのにもう夕方だ。
「お疲れ。どれもすごくいい演技だったよ、放送が楽しみ♪」
「ありがとな。でも……」
「どうしたの?」
「んー……」
忍野くんは表情を曇らせた。
「感情のない人形キャラって定番だけど、演じるのは難しいんだよ。必要ないときに素の感情を漏らしちまったら、すべてが台無しになる」
「監督さんが俳優忍野薫の才能を信じてるってことでしょ」
「だと嬉しいんだけどなあ」
不意に見せた少年のような笑顔が意外だった。
なんとなく思いついて尋ねてみる。
「忍野くんもしかして、あの監督さん前から知ってるの?」
「言ってなかったか? 俺が受験直前で志望大学変えたの、あの人のためだぜ」
「招木さんにスカウトされたから、上京して俳優として活動するためだと思ってた」
「そっちもあったけど……招木さんに高二のときのハムレット見せたら、あの監督が大学時代に撮ったっていうハムレットの映画見せてくれたんだ」
「映研の先輩だったの?」
「OBだから一緒に活動したことはねぇけどな」
「へーそうだったんだ。どんなハムレット?」
「俺が演じたのとは真逆の悩めるハムレットだ。……俺個人の意見を言えば、高校のときお前に教えてもらった舞台の解釈のほうがしっくり来る。本当に死を考えている人間が、生きるべきか死ぬべきか、なんて芝居がかった言い回しはしないだろ。まあ芝居だし、翻訳によっても変わるけどな。でもあの監督のハムレットは、本当に生死の境にいた。俺が演じたのと同じセリフ同じ展開なのに、演技と演出でまるで違ったんだ」
「ふうん……ふふふ」
キラキラと瞳を輝かせる姿に、なんだか笑みがこぼれてしまう。
「なんだよ、裏川」
「そのハムレット、面白そうだと思って」
「だったら今度一緒に観ようぜ。招木マネがDVD持ってるから借りておく」
「いいね、ありがとう」
「……俺もありがとう。卵サンド美味かった」
「良かった。わたしもロケ弁美味しかったよ」
なんだ、そういうことか。
わたしは心底ホッとしていた。
忍野くんは憧れの監督さんが撮影するドラマ(実際は一年の長丁場だから何人かの監督さんが交代で撮るんだけど)に出演することで、緊張していたのだ。
俳優忍野薫は天才だし、忍野くんも独立独歩でだれかを慕ったり追いかけたりするタイプじゃないから、こういうの初めての経験なんだろうな。
招木さんとの関係は、また違うものだしね。
プロポーズだの告白だのと、わたしに妙な真似をしてきたのは猫の毛づくろいと同じ、緊張状態からの逃避行動だったのだ。
監督さんに認められる演技をして、共に作品を創り上げたなら、逃避行動も収まるだろう。……良かった良かった。
俳優忍野薫沼の河童仲間が増えるのは嬉しい。
でも相手は俳優、芸能人だ。
ネット上でとはいえ気軽につき合うわけには……いや、俳優だからこそ自分のブログやSNSでほかの俳優の演技について語っちゃダメか。
むしろわたしのブログにHNでコメントするだけなら、なんの問題もないよね。
河童二号は招木さんかとも思ったけど、ハムレットからなら片桐さんのほうが早いし。
「そうですね、片桐さんが……」
「ササエルさん!」
片桐さんは人差し指を立てて、わたしに見せた。
わたしたちの会話が録音されてしまうような位置ではないし、最初からボリュームは押さえて声を出している。
なのに彼がわたしを止めたのは、俳優忍野薫が新しい演技を始めたからだった。
闇の住人キャラにはOKが出なかったのだ。
無理もない。
安定した素晴らしい演技だったけど、やっぱり『キラーナイト』や『ムーンドール』のイメージが強くなる。
きっと監督さんも新しい俳優忍野薫の演技が見たいのだ。
……あ。もちろんわたしも片桐さんも、どんなに会話していても俳優忍野薫の演技だけは見逃しませんよ?
今度のマセマティは、いわゆる陰キャというヤツだろうか。
暗い表情でボソボソとセリフを言っている。
わたしはその小さな声が聞きたくて耳を澄ませた。
隣の片桐さんも真剣な表情で自分の耳の後ろに手のひらを当てている。
……うん。確かに彼は俳優忍野薫沼の立派な河童だわ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
俳優忍野薫は陰キャの後も、おバカな感じのセクシーキャラに生真面目キャラ、毒を強めた妖艶キャラなどなど、多彩な演技を見せてくれた。
最終的に監督さんがOKを出したのは、感情のない人形マセマティだった。
「……はあ」
撮影を終えて帰路に就いた車の中、忍野くんが溜息を漏らす。
雑誌の取材もあったので、早朝に出たのにもう夕方だ。
「お疲れ。どれもすごくいい演技だったよ、放送が楽しみ♪」
「ありがとな。でも……」
「どうしたの?」
「んー……」
忍野くんは表情を曇らせた。
「感情のない人形キャラって定番だけど、演じるのは難しいんだよ。必要ないときに素の感情を漏らしちまったら、すべてが台無しになる」
「監督さんが俳優忍野薫の才能を信じてるってことでしょ」
「だと嬉しいんだけどなあ」
不意に見せた少年のような笑顔が意外だった。
なんとなく思いついて尋ねてみる。
「忍野くんもしかして、あの監督さん前から知ってるの?」
「言ってなかったか? 俺が受験直前で志望大学変えたの、あの人のためだぜ」
「招木さんにスカウトされたから、上京して俳優として活動するためだと思ってた」
「そっちもあったけど……招木さんに高二のときのハムレット見せたら、あの監督が大学時代に撮ったっていうハムレットの映画見せてくれたんだ」
「映研の先輩だったの?」
「OBだから一緒に活動したことはねぇけどな」
「へーそうだったんだ。どんなハムレット?」
「俺が演じたのとは真逆の悩めるハムレットだ。……俺個人の意見を言えば、高校のときお前に教えてもらった舞台の解釈のほうがしっくり来る。本当に死を考えている人間が、生きるべきか死ぬべきか、なんて芝居がかった言い回しはしないだろ。まあ芝居だし、翻訳によっても変わるけどな。でもあの監督のハムレットは、本当に生死の境にいた。俺が演じたのと同じセリフ同じ展開なのに、演技と演出でまるで違ったんだ」
「ふうん……ふふふ」
キラキラと瞳を輝かせる姿に、なんだか笑みがこぼれてしまう。
「なんだよ、裏川」
「そのハムレット、面白そうだと思って」
「だったら今度一緒に観ようぜ。招木マネがDVD持ってるから借りておく」
「いいね、ありがとう」
「……俺もありがとう。卵サンド美味かった」
「良かった。わたしもロケ弁美味しかったよ」
なんだ、そういうことか。
わたしは心底ホッとしていた。
忍野くんは憧れの監督さんが撮影するドラマ(実際は一年の長丁場だから何人かの監督さんが交代で撮るんだけど)に出演することで、緊張していたのだ。
俳優忍野薫は天才だし、忍野くんも独立独歩でだれかを慕ったり追いかけたりするタイプじゃないから、こういうの初めての経験なんだろうな。
招木さんとの関係は、また違うものだしね。
プロポーズだの告白だのと、わたしに妙な真似をしてきたのは猫の毛づくろいと同じ、緊張状態からの逃避行動だったのだ。
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