素顔の俺に推し変しろよ!

豆狸

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第三話 かっぱっぱ

6・河童二号

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「あ」

 隣に座った俳優片桐仁王さんからわたしへの質問は衝撃的だったが、それよりも目の前の撮影風景のほうが気になっていた。
 脚本を手にした俳優忍野薫が今とはべつのシーンのセリフで、ワガママで理想主義なマセマティお坊ちゃんを演じている。
 カメラは止められているので、監督さんもいいと思って試させているのだろう。
 いつもいつも撮影を見学できるわけではないから、俳優忍野薫の演技を見られるチャンスは逃せない。
 片桐さんが声を上げる。

「うわー面白いキャラクターですね。どう絡んでも忍野さんに持ってかれそう」
「大丈夫です。俳優忍野薫は全体を崩すような演技はしませんから」
「高校のときのハムレットの舞台のようにですか?」
「……片桐さん、観たんですか?」

 高校二年のときのハムレットは文化祭での上演だけで、全国大会はべつの演目で参加したはずだ。……部長の解釈と違ってたからなんだろうな。
 演劇部の記録映像はあるものの、全国に知られているような舞台ではない。

「はい。僕、実は小学校のころから忍野さんのファンなんです。姉の高校の文化祭に家族で行ったとき、演劇部の公演を観てからずっと。源氏物語のときは姉が卒業してたので、ひとりで観に行ったんですよ」
「そんなに年季の入ったファンだったんですか。忍野を応援してくれてありが……あ」
「今のもダメだったみたいですね。僕たちには知らされていない、裏設定に引っかかったのかも」
「裏設定とかあるんですか?」
「演じてる僕たちにも匂わすだけで、直前にならなきゃ教えてくれないんですよ」
「それは大変ですねえ」

 俳優忍野薫は新しい演技を始めていた。
 これまでと同じセリフでいて、少し毒を含んでいる。
 『キラーナイト』で培った闇の住人の演技だ。

 ……本当にねえ。

 思わず口元が笑ってしまうのがわかる。
 なにがあったって俳優忍野薫が役者を辞めるはずがない。
 どんなにダメ出しされたって、彼は楽しげに新しい演技を披露するのだから。

「僕、これ好きだな。『キラーナイト』……ううん、『ムーンドール』のときの演技に近い感じですよね」
「本当に忍野がお好きなんですね」
「ササエルさんもでしょう?」
「ええ。……あ、それって……」
「更新がなくても一日一回はカウンター回してますよ」
「そ、そうですか……」
「去年の『ムーンドール』の舞台の後でエゴサーチしたとき、見つけちゃったんです」
「エゴサーチはしないほうがいいですよ」
「僕の演技、酷評されてましたもんね」
「片桐さんの暗殺者役は良かったですよ? そうじゃなくて……その、ネットの言葉はファンのファンによるファンに向けた雄叫びのようなもので、推しに見せたくて書いてるんじゃないというか」

 好意的な言葉でもプレッシャーを与えてしまうことがある。
 わたしは推しが天才だから気楽だけど、努力家でナイーブな推しの人は大変だろうな。

「んー僕はササエルさんのブログ、見つけて良かったです。同じように忍野さんを応援している人がいるんだとわかって。いつも共感してコメントが書きたくなるんですけど、なんかSNSよりブログのほうが敷居高いんですよね」
「ブログだからというより、わたしの熱気が重いからでしょう」
「それはあるかもしれませんねー。そういえばササエルさん、どうしてプロフィール画像が河童なんですか?」
「……ファンとかクラスタとかオタクって言葉より的確にわたしを表すのは、俳優忍野薫沼の裏川沙英河童だと思ったので」
「なるほど、いいですね。じゃあ片桐仁王河童も仲間に入れてください。昨日『キラーナイト』の映画観て来たんで、HN河童二号でコメント書いていいですか?……長文になりますけど」
「……」

 すぐには返事が出てこなかった。
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