愛の花を捧ぐのは

豆狸

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第八話 色の無い世界

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「し、知らないわッ」

 ヘススの話が終わると、デロタは叫んだ。

「アタシなんにも知らない! 母さんは父さんのこと、セラーノ家のヘススだって言ってたものッ」

 衛兵隊長が彼女を見る。

「……お嬢さん。二年前の捕り物のとき、王都の裏通りにあんたもいたじゃないですか。父親が暴れてる隙に母親と一緒に逃げ出したでしょう?」
「それは……父さんが悪い奴らに逆恨みされてるから、巻き込まれないようにって」
「父親が悪い奴らに襲われてると思ってたのに、衛兵隊も騎士団も呼びに行かなかったんですか?」
「……」
「処刑のときに新聞に載った似顔絵と名前を見て、聞いていた父親の名前と違うとは思わなかったんですか?」
「……」

 デロタは無言で俯いている。へススが再び唇を開いた。

「親の罪で子どもが罰せられるようなことはあってはいけない。……そう言う私のせいで、兄と甥は苦しんだんですけどね。デロタ嬢、貴女の両親の行動で貴女を咎めるつもりはありません。でも貴女がセラーノ家の血筋でないことを秘密には出来ません」

 ヘススの言葉に顔を上げ、デロタは憎々し気に彼を睨みつけた。

「なによッ。母さんに捨てられたくせに! 母さんに選ばれなかったくせに! 偉そうなこと言ってるんじゃないわよッ。上辺だけでも母さんの恋人になれたんだから、さっさと死んですべてアタシ達に差し出してれば良かったのよ!」

 デロタは両親の所業を知って受け入れていたんだな、とロレンソは察した。
 彼女は衛兵隊長を見て不快そうな表情になった。
 父親を襲った悪い奴らだと認識していたのなら、まずは怯えるはずだ。

 ロレンソはデロタの父親は事故、母親は病気で死んだと聞いていた。
 平民として暮らしていたから記録がないと言われても、いつどこで起きた事故なのかくらい調べておけば良かった、と思う。
 罪人の娘としてデロタを排除するためではなく、間違いを正して生き直させるためだ。

 彼女を信じて疑わなかった、とでも言えば見た目は整えられるのかもしれない。
 だけど愛したからこそ、真実を知るべきだったのだ。
 祖母の葬儀の後で現れたのは、祖母が生きていたら絶対に自分を受け入れないと知っていたからだろう。エミリアを追い出したときは知らなかったが、今のロレンソはデロタが母の異母妹の娘だと知っている。教えてくれた古参の使用人は、デロタの母が先々代侯爵の実子かどうかも疑っていた。

 婚約者エミリアがいながら、会ったばかりの真実の愛デロタに溺れ、目を塞いでしまったのはロレンソ自身だ。
 勝手な婚約破棄も、なにひとつ与えずにエミリアを追い出したことも過ちでしかない。
 愛していると言いながら、ロレンソの愚かな行動はデロタの存在を貶めていた。チャベス侯爵家の未来も不安定にさせてしまった。

 鮮やかに輝いていた愛の花がしなびて色褪せていく。
 もしかしたら本当は、デロタに出会った後も色の無い世界だったのかもしれない。
 ロレンソがひとりで色づいたと思い込んでいただけで。

 ──デロタがどんなに泣き喚いても、ヘスス達の気持ちを変えることは出来なかった。

 それでも彼らはデロタの父親が罪人だということは言わず、ヘスス以外の男性だということしか宣言しなかった。
 当然セラーノ子爵家からの支援など望めない。
 異母姉の婚約者を奪ったのに、すぐに捨ててほかの男性を選んだのだと、デロタの母親の評判は最低だ。

 デロタの年齢から考えて、最初から二股だったのだろうとも噂されている。
 真実なのでどうしようもない。いやむしろ、真実よりもマシな噂だ。
 婚約披露から一年経ったけれど、新しい事業は始められてもいない。金がなくて社交界に出られないことで逆に救われている。

 ロレンソは今もデロタを愛している……たぶん。世界は色の無いままだけれど。
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