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41・三度目のX年7月13日②
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イベントの後、菜乃花は弥生や麻宮と喫茶『SAE』を訪れた。
「……どうだ?」
カツを載せたカレードリアを食べている弥生たちの隣で、試食用に小さなカップに盛られたカキ氷を食べた菜乃花に、カウンターの中の冴島が聞いてくる。
ほかに客はいない。
ちょうど客足が途切れる時間だったのだという。
「うん。どっちも美味しかったよ。コーヒーカキ氷にかかったチョコレートソースが苦かったのには驚いたけど、そのおかげでコーヒーの甘みが強調されてた。なんていうか、大人の味だね。紅茶のカキ氷は、ミルクソースなしとありで全然違って面白かった」
「そうかそうか」
冴島は満足そうに頷く。
黒いウェイター姿の彼は大人びて見えるが、笑みを浮かべるとやっぱり高校生だ。
「でも……」
「ん?」
菜乃花は俯いた。
こんなことを言うのは申し訳ないが、思ってしまったものは仕方がない。
「……ちょっと、もの足りなかったかな」
「もっと食うか?」
「そうじゃなくて、あの……氷は氷で美味しいんだけどね? ほら、宇治抹茶金時みたいに白玉や小豆が入っててもいいかな、って」
そう感じてしまうのはきっと、この前作ってもらった特製スモアパフェと比べているからだろう。
「なるほど。それも一理あるよな。いくら頭が痛くならないように削った氷でも、結局は水の塊だ。正式に商品化したときはもっと量も多くするから、余計に口寂しくなっちまうかもしれない。……マシュマロでも入れてみるか」
「う、うん」
菜乃花は冴島を見つめた。
スモアパフェのことを考えていたので、なんだか心を見透かされたように感じたのだ。
菜乃花の視線を受けて、冴島が微笑む。
「まだ食えるか?」
「もちろんだよ」
「ははっ、聞くまでもなかったか。佐藤は食いしん坊だもんな」
「もー!」
「あれ?」
じゃれる菜乃花と冴島を見て、麻宮が首を傾げる。
彼女は今回も、モカをキリマンジャロだと間違えた。
(教えてあげれば良かったのかもしれないけど、わたし自身そんなことがあったって忘れてたのよね。……カキ氷のコーヒーもモカなのかな)
菜乃花は冷えた舌を、昨日の約束通りご馳走してもらったホットコーヒーの残りで温めた。カキ氷のコーヒーと同じように、酸味が強くてフルーティな香りがする。
「ねえナノっぺ、もしかしてウェイターくんとつき合ってるの? 確かうちの高校の生徒だよね。昼休みの裏庭で、ナノっぺが会ってる子でしょ」
「ぷひゃ?……げほげほ」
麻宮の質問にむせてしまった菜乃花に、冴島が冷水のコップを勧めてくる。
店に入ったときに飲み干した空のコップには、いつの間にかお代わりが注がれていた。
水を飲んで落ち着いた菜乃花に、冴島が視線で、どうする、と聞いてくる。
菜乃花は頷いた。
冴島が、笑顔で口を開く。
「はい、先輩。そうなんです」
「そうだったんだ。へーえ、ナノっぺがねえ。正直ナノっぺって鈍いから、まだ自分の気持ちにも気づいてないと思ってた」
「え?」
麻宮がからかうような笑みを口元に浮かべた。
その隣で、弥生は素知らぬ顔をして最後のカツを食べている。
楚々とした外見の彼女は、ソース代わりにドリアのカレーをつけたカツを齧っていても上品な雰囲気を醸し出していた。
親友である弥生には、金曜日の夜に冴島とのつき合いを報告済みだ。
「毎日昼休みにイチャイチャしてるくせに、ヤヨっぺにさえ恋愛相談してなかったじゃない? こりゃ照れてるんじゃなくて自覚がないんだなあ、って。十年経っても気づかないんじゃないかって、心配してたのよ」
「そ、そうですか……」
「ウェイターくんから告白したの?」
「さあ、どうでしょう?」
冴島は話を切り上げて、カキ氷の試作品二号を作り始めた。
代わりにマスターがこちらを向く。
「ドリアのお皿、そろそろお下げしましょうか」
「お願いします」
「私はベリーのパンケーキを追加注文で」
「弥生ちゃん、まだ食べるの?」
カレードリアもおまけのカツもかなりのボリュームだった。
驚く菜乃花に首肯して、弥生は言う。
「ナノナノも一緒に食べましょう? カキ氷ばっかりじゃ冷えるわ。ナギナギ先輩もいかがです?」
「もらうもらう」
「それでは取り皿を人数分お出ししますね」
マスターが微笑んだ。
(やっぱり八木くんに似てる。……冴島くん、お父さんの前でわたしとつき合ってること言っちゃって、大丈夫なのかなあ)
冴島が良いのなら、菜乃花も不満はないのだが。
不満はないもののどうにも照れくさくて、菜乃花は俯いた。
「……どうだ?」
カツを載せたカレードリアを食べている弥生たちの隣で、試食用に小さなカップに盛られたカキ氷を食べた菜乃花に、カウンターの中の冴島が聞いてくる。
ほかに客はいない。
ちょうど客足が途切れる時間だったのだという。
「うん。どっちも美味しかったよ。コーヒーカキ氷にかかったチョコレートソースが苦かったのには驚いたけど、そのおかげでコーヒーの甘みが強調されてた。なんていうか、大人の味だね。紅茶のカキ氷は、ミルクソースなしとありで全然違って面白かった」
「そうかそうか」
冴島は満足そうに頷く。
黒いウェイター姿の彼は大人びて見えるが、笑みを浮かべるとやっぱり高校生だ。
「でも……」
「ん?」
菜乃花は俯いた。
こんなことを言うのは申し訳ないが、思ってしまったものは仕方がない。
「……ちょっと、もの足りなかったかな」
「もっと食うか?」
「そうじゃなくて、あの……氷は氷で美味しいんだけどね? ほら、宇治抹茶金時みたいに白玉や小豆が入っててもいいかな、って」
そう感じてしまうのはきっと、この前作ってもらった特製スモアパフェと比べているからだろう。
「なるほど。それも一理あるよな。いくら頭が痛くならないように削った氷でも、結局は水の塊だ。正式に商品化したときはもっと量も多くするから、余計に口寂しくなっちまうかもしれない。……マシュマロでも入れてみるか」
「う、うん」
菜乃花は冴島を見つめた。
スモアパフェのことを考えていたので、なんだか心を見透かされたように感じたのだ。
菜乃花の視線を受けて、冴島が微笑む。
「まだ食えるか?」
「もちろんだよ」
「ははっ、聞くまでもなかったか。佐藤は食いしん坊だもんな」
「もー!」
「あれ?」
じゃれる菜乃花と冴島を見て、麻宮が首を傾げる。
彼女は今回も、モカをキリマンジャロだと間違えた。
(教えてあげれば良かったのかもしれないけど、わたし自身そんなことがあったって忘れてたのよね。……カキ氷のコーヒーもモカなのかな)
菜乃花は冷えた舌を、昨日の約束通りご馳走してもらったホットコーヒーの残りで温めた。カキ氷のコーヒーと同じように、酸味が強くてフルーティな香りがする。
「ねえナノっぺ、もしかしてウェイターくんとつき合ってるの? 確かうちの高校の生徒だよね。昼休みの裏庭で、ナノっぺが会ってる子でしょ」
「ぷひゃ?……げほげほ」
麻宮の質問にむせてしまった菜乃花に、冴島が冷水のコップを勧めてくる。
店に入ったときに飲み干した空のコップには、いつの間にかお代わりが注がれていた。
水を飲んで落ち着いた菜乃花に、冴島が視線で、どうする、と聞いてくる。
菜乃花は頷いた。
冴島が、笑顔で口を開く。
「はい、先輩。そうなんです」
「そうだったんだ。へーえ、ナノっぺがねえ。正直ナノっぺって鈍いから、まだ自分の気持ちにも気づいてないと思ってた」
「え?」
麻宮がからかうような笑みを口元に浮かべた。
その隣で、弥生は素知らぬ顔をして最後のカツを食べている。
楚々とした外見の彼女は、ソース代わりにドリアのカレーをつけたカツを齧っていても上品な雰囲気を醸し出していた。
親友である弥生には、金曜日の夜に冴島とのつき合いを報告済みだ。
「毎日昼休みにイチャイチャしてるくせに、ヤヨっぺにさえ恋愛相談してなかったじゃない? こりゃ照れてるんじゃなくて自覚がないんだなあ、って。十年経っても気づかないんじゃないかって、心配してたのよ」
「そ、そうですか……」
「ウェイターくんから告白したの?」
「さあ、どうでしょう?」
冴島は話を切り上げて、カキ氷の試作品二号を作り始めた。
代わりにマスターがこちらを向く。
「ドリアのお皿、そろそろお下げしましょうか」
「お願いします」
「私はベリーのパンケーキを追加注文で」
「弥生ちゃん、まだ食べるの?」
カレードリアもおまけのカツもかなりのボリュームだった。
驚く菜乃花に首肯して、弥生は言う。
「ナノナノも一緒に食べましょう? カキ氷ばっかりじゃ冷えるわ。ナギナギ先輩もいかがです?」
「もらうもらう」
「それでは取り皿を人数分お出ししますね」
マスターが微笑んだ。
(やっぱり八木くんに似てる。……冴島くん、お父さんの前でわたしとつき合ってること言っちゃって、大丈夫なのかなあ)
冴島が良いのなら、菜乃花も不満はないのだが。
不満はないもののどうにも照れくさくて、菜乃花は俯いた。
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