43 / 51
42・三度目のX年7月13日③
しおりを挟む
「あら、美味しい」
「あたしコレ好きかも。コンビニで売ってたら、毎日買いに行く」
冴島のカキ氷試作品二号は、弥生と麻宮にも振る舞われた。
麻宮がお気に召したコーヒーカキ氷には、マシュマロが追加されている。
氷の冷たさで、少し表面が硬くなったマシュマロが美味しかった。
「紅茶のも美味しいけど……うーん」
菜乃花は唸った。
紅茶のカキ氷に追加されているのは、リンゴのジャムだ。
ロシアンティーを意識したのかもしれない。
ちなみに実際のロシアでは、ジャムを紅茶に入れるのではなく、ジャムを舐めながら紅茶を飲むようだ。
味的には美味しいし問題ないと思うのだが、なにかが足りない気がする。
「もうちょっと歯応え? ジャムにまでしないで……コンポート? リンゴの食感を活かした感じにしたらどうかな」
「さすが食いしん坊なだけあって、佐藤は注文が多いぜ」
「え、あの、うるさくてゴメン……」
「悪い、冗談だ。いろいろ考えてくれてありがとな。コンポートは今ねぇから、また今度味見してくれよ」
菜乃花たちを見て、弥生と麻宮がニヤニヤと笑う。
「マスター、なんか暑いんですけど」
「冷房が弱いのかしら」
「すいませんねえ、お嬢さん方。なにせ初めてできた彼女なので、うちの息子舞い上がっているんですよ」
「父さんっ!」
冴島は真っ赤になって自分の父親を睨みつけたが、マスターはイタズラな笑みを浮かべたままだ。冴島は、あっさりと父から視線を外した。
「……マスター、洗い物しますね」
「うん、お願いするよ」
冴島はカウンター内の流しに向かって、洗い物を始めた。
「そう言えばお嬢さん」
「え、あたしの意見ですか? まあ先輩として言うならば、ナノっぺは恋愛には鈍いけど、真面目でしっかりした子だから嫁には最適です。お勧めしますよ」
──ガチャン。
陶器が割れる音がして、冴島が情けない声を上げた。
「……マスター、ドリア皿の代金、賃金から引いといてください」
「ああ、新しい食器出すからいいよ。お嬢さん、教えてくれてありがとうございます。でもすいません。お聞きしたかったのは……」
菜乃花ももう少しで口の中のカキ氷を吹き出すところだった。
マスターは振り返り、カウンター内に飾られている、光り輝くトロフィーを手にして抱き合って、泣きながら笑うふたりの女性を撮ったパネルを見つめる。
冴島と八木の実母と八木の養母の写真だ。
今回も麻宮はそのパネルを見て、以前もこの店に来たことがあると思い出していた。
少し切なげな表情で写真を見つめた後、マスターは麻宮に視線を戻した。
「あのとき一緒だったお嬢さんはどうなさってますか? テニス道具をお持ちで、妻に……真倉沙英子に憧れているとおっしゃってましたよね? 全国大会に出場されました?」
麻宮は顔を強張らせた。
マスターが不思議そうな表情を浮かべる。
(そういえば前のときも、一緒にいた人の話になると麻宮先輩はぎこちなくなったっけ)
今回は麻宮がパネルに気づいてすぐ、冴島が注文を取りに来たのだった。
「……あー。そうですね、圭っぺ……あの子テニスはずっと頑張ってました。でもちょっと恋愛関係が……骨村とかいうクズに引っかかって……」
「なんだか聞いてはいけないことを聞いてしまったようですね。申し訳ありません」
眉と頭を下げるマスターに、麻宮は笑ってみせた。
「いいんです。あることでついて行けなくなって友達辞めちゃったけど、最近メールをもらって裏事情を知って……もうちょっとなにかできたんじゃないかって考えてたところなんで、むしろ思い出させてもらえて良かったです。あのころは……一緒にいて楽しかったんですよね。もう一度会ってみようかなって気持ちになれました」
「……コーヒー、もう一杯いかがです? 今度はキリマンジャロにしましょうか」
「お願いします」
菜乃花は弥生を見た。
弥生も菜乃花を見つめている。
当たり前のことだけれど、麻宮には麻宮の青春があったのだ。
「……弥生ちゃん、パンケーキありがとう、美味しいね」
「そうね」
ずっと友達でいようね、なんて口に出すのは照れくさかった。
麻宮の前で言うのも申し訳ない気がする。
なので菜乃花は弥生に分けてもらったパンケーキと一緒に、その言葉を飲み込んだ。
(でもそのうち、伝えよう)
この時間の十年後でも、弥生と親しくしているかはわからない。
だけど菜乃花は、ずっと友達として仲良くしていきたいと願っていた。
変えたいものと変えたくないもの、菜乃花には両方ある。
「あたしコレ好きかも。コンビニで売ってたら、毎日買いに行く」
冴島のカキ氷試作品二号は、弥生と麻宮にも振る舞われた。
麻宮がお気に召したコーヒーカキ氷には、マシュマロが追加されている。
氷の冷たさで、少し表面が硬くなったマシュマロが美味しかった。
「紅茶のも美味しいけど……うーん」
菜乃花は唸った。
紅茶のカキ氷に追加されているのは、リンゴのジャムだ。
ロシアンティーを意識したのかもしれない。
ちなみに実際のロシアでは、ジャムを紅茶に入れるのではなく、ジャムを舐めながら紅茶を飲むようだ。
味的には美味しいし問題ないと思うのだが、なにかが足りない気がする。
「もうちょっと歯応え? ジャムにまでしないで……コンポート? リンゴの食感を活かした感じにしたらどうかな」
「さすが食いしん坊なだけあって、佐藤は注文が多いぜ」
「え、あの、うるさくてゴメン……」
「悪い、冗談だ。いろいろ考えてくれてありがとな。コンポートは今ねぇから、また今度味見してくれよ」
菜乃花たちを見て、弥生と麻宮がニヤニヤと笑う。
「マスター、なんか暑いんですけど」
「冷房が弱いのかしら」
「すいませんねえ、お嬢さん方。なにせ初めてできた彼女なので、うちの息子舞い上がっているんですよ」
「父さんっ!」
冴島は真っ赤になって自分の父親を睨みつけたが、マスターはイタズラな笑みを浮かべたままだ。冴島は、あっさりと父から視線を外した。
「……マスター、洗い物しますね」
「うん、お願いするよ」
冴島はカウンター内の流しに向かって、洗い物を始めた。
「そう言えばお嬢さん」
「え、あたしの意見ですか? まあ先輩として言うならば、ナノっぺは恋愛には鈍いけど、真面目でしっかりした子だから嫁には最適です。お勧めしますよ」
──ガチャン。
陶器が割れる音がして、冴島が情けない声を上げた。
「……マスター、ドリア皿の代金、賃金から引いといてください」
「ああ、新しい食器出すからいいよ。お嬢さん、教えてくれてありがとうございます。でもすいません。お聞きしたかったのは……」
菜乃花ももう少しで口の中のカキ氷を吹き出すところだった。
マスターは振り返り、カウンター内に飾られている、光り輝くトロフィーを手にして抱き合って、泣きながら笑うふたりの女性を撮ったパネルを見つめる。
冴島と八木の実母と八木の養母の写真だ。
今回も麻宮はそのパネルを見て、以前もこの店に来たことがあると思い出していた。
少し切なげな表情で写真を見つめた後、マスターは麻宮に視線を戻した。
「あのとき一緒だったお嬢さんはどうなさってますか? テニス道具をお持ちで、妻に……真倉沙英子に憧れているとおっしゃってましたよね? 全国大会に出場されました?」
麻宮は顔を強張らせた。
マスターが不思議そうな表情を浮かべる。
(そういえば前のときも、一緒にいた人の話になると麻宮先輩はぎこちなくなったっけ)
今回は麻宮がパネルに気づいてすぐ、冴島が注文を取りに来たのだった。
「……あー。そうですね、圭っぺ……あの子テニスはずっと頑張ってました。でもちょっと恋愛関係が……骨村とかいうクズに引っかかって……」
「なんだか聞いてはいけないことを聞いてしまったようですね。申し訳ありません」
眉と頭を下げるマスターに、麻宮は笑ってみせた。
「いいんです。あることでついて行けなくなって友達辞めちゃったけど、最近メールをもらって裏事情を知って……もうちょっとなにかできたんじゃないかって考えてたところなんで、むしろ思い出させてもらえて良かったです。あのころは……一緒にいて楽しかったんですよね。もう一度会ってみようかなって気持ちになれました」
「……コーヒー、もう一杯いかがです? 今度はキリマンジャロにしましょうか」
「お願いします」
菜乃花は弥生を見た。
弥生も菜乃花を見つめている。
当たり前のことだけれど、麻宮には麻宮の青春があったのだ。
「……弥生ちゃん、パンケーキありがとう、美味しいね」
「そうね」
ずっと友達でいようね、なんて口に出すのは照れくさかった。
麻宮の前で言うのも申し訳ない気がする。
なので菜乃花は弥生に分けてもらったパンケーキと一緒に、その言葉を飲み込んだ。
(でもそのうち、伝えよう)
この時間の十年後でも、弥生と親しくしているかはわからない。
だけど菜乃花は、ずっと友達として仲良くしていきたいと願っていた。
変えたいものと変えたくないもの、菜乃花には両方ある。
12
あなたにおすすめの小説
人生の全てを捨てた王太子妃
八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。
傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。
だけど本当は・・・
受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。
※※※幸せな話とは言い難いです※※※
タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。
※本編六話+番外編六話の全十二話。
※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。
皇后マルティナの復讐が幕を開ける時[完]
風龍佳乃
恋愛
マルティナには初恋の人がいたが
王命により皇太子の元に嫁ぎ
無能と言われた夫を支えていた
ある日突然
皇帝になった夫が自分の元婚約者令嬢を
第2夫人迎えたのだった
マルティナは初恋の人である
第2皇子であった彼を新皇帝にするべく
動き出したのだった
マルティナは時間をかけながら
じっくりと王家を牛耳り
自分を蔑ろにした夫に三行半を突き付け
理想の人生を作り上げていく
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる