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45・三度目のX年7月13日⑥
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「……俺、佐藤のこと好きだ」
「え?」
「つき合いは受け入れたけど、俺はちゃんと言ってなかっただろ」
「うん、でも、でも、それは……」
突然の冴島の言葉に、菜乃花の頭の中は真っ白になっていた。
嬉しいけれど、どうしたらいいのかわからない。
「……ってか、好きでもない相手と貴重な昼休みの時間を過ごしたりしねぇし」
「そう、だよね。うん……えぇっと、でもなんで?」
菜乃花は冴島を見つめた。
彼は頬を染めて、菜乃花から視線を逸らす。
「そういうの、はっきりわかるもんじゃないんじゃねぇの?」
「……うん」
しばらく沈黙が続いた後、冴島はぽつり、ぽつりと語り出した。
「……一年のころ、佐藤がベンチで座ってる俺の前を通ったとき、小林と話してるのが聞こえたんだ」
「屋上が立ち入り禁止だから裏庭がアジトなんだね、って言ってたの?」
「それも聞こえたけど……佐藤、市販のお菓子の話してた。マシュマロをビスケットで挟んで、チョコレートかけたヤツ。溶けたチョコレートが、手について困るって」
「……う、そういえば」
話していたかもしれない。
チョコレートが手につくことを除けば、お気に入りのお菓子なのだ。
少々歴史が変わっても、二十八歳になっても食べている。
「それ聞いたとき、スモアのこと教えてやりたくなって。あれならマシュマロと一緒にチョコレートもビスケットで挟むから。……でもよ、知らない男子がいきなりお菓子勧めてきたら怖いだろ?」
菜乃花は無言で頷いた。
「んで二年になって同じクラスになって、話するようになって」
「……あの、あのときは心配してくれてありがとうね」
「番長を苛めるようなヤツいないとは思ったんだが、佐藤、ちょっと鈍くて変わりものだから心配でな」
「番長じゃないよ?」
「そうかあ? はは、悪い。で、まあ餌付けが始まって……一緒に過ごす時間が楽しくて」
「あ、ありがとう。わたしも、冴島くんと一緒にいると楽しいよ。こっ! これからも一緒にいたいよ」
「こちらこそよろしくな。……それでな?」
菜乃花が自分のことを好きなのではないかと、冴島は前から思っていたそうだ。
「でも中学のころ、ちょっと仲良い女子がいて……こんな話聞きたくないかもしんねぇけど、ソイツが俺のこと好きなんじゃないかと思って、俺、つき合わないかって言ったんだ。一応言い訳するけど、なんかつき合うってこと想像してのぼせてただけで、佐藤を思ってるみたいな好きじゃなかったんだけどな」
耳まで真っ赤にして話し続ける冴島は、その女子にはフラれてしまったのだという。
「ソイツ、優也が好きで俺に近づいてきてたんだよ。まあ、勝手にのぼせた俺が悪かっただけだって、今はわかってる。でもさ、ちょっとトラウマでな。……この前の水曜日、佐藤が井上と登校してきただろ? 昼休みに会ったら、佐藤の唇がいつもより赤くてツヤツヤしてて……心臓が止まるかと思った。情けないよな、告白する勇気もねぇくせにヤキモチ妬いて」
冴島の視線が、こちらへ戻ってきた。
彼の瞳の中に菜乃花が映っている。
「木曜日に映画に誘われて、じゃあそのときにどうにかしようと思ってたら、佐藤、金曜日に告白してくるんだもんな。あんなテニスコートの横で」
「……ゴメン」
「謝られるようなことじゃねぇけど……なあ、もうちょっとこっち来いよ」
言いながら冴島はスタンドを立て、支えていた自転車から手を離した。
生垣から身を乗り出して、彼は手を振って菜乃花を招く。
「なぁに?」
さっきまで眩しかった夕日の光が消えて、辺りはすっかり暗くなっている。
裏庭に面した細い路地に、通行人の姿はない。
彼の顔を見上げた菜乃花の唇に、熱いものが重なった。
「え……さ、冴島くんっ?」
「つき合ってんだから、旭って呼べよ。昨日と、今日と、俺と会うときはいつもより気合い入れた唇しててくれてて嬉しかった。あんまり派手なのは好きじゃねぇから……菜乃花、くらいのがちょうどいい。じゃあ、また明日」
「う、うん、あの、えっと……また明日ね、あ、旭くん」
燃え上がりそうに熱くなった唇を両手で覆って、菜乃花は自転車に乗って走っていく朝日の後ろ姿を見送った。
「え?」
「つき合いは受け入れたけど、俺はちゃんと言ってなかっただろ」
「うん、でも、でも、それは……」
突然の冴島の言葉に、菜乃花の頭の中は真っ白になっていた。
嬉しいけれど、どうしたらいいのかわからない。
「……ってか、好きでもない相手と貴重な昼休みの時間を過ごしたりしねぇし」
「そう、だよね。うん……えぇっと、でもなんで?」
菜乃花は冴島を見つめた。
彼は頬を染めて、菜乃花から視線を逸らす。
「そういうの、はっきりわかるもんじゃないんじゃねぇの?」
「……うん」
しばらく沈黙が続いた後、冴島はぽつり、ぽつりと語り出した。
「……一年のころ、佐藤がベンチで座ってる俺の前を通ったとき、小林と話してるのが聞こえたんだ」
「屋上が立ち入り禁止だから裏庭がアジトなんだね、って言ってたの?」
「それも聞こえたけど……佐藤、市販のお菓子の話してた。マシュマロをビスケットで挟んで、チョコレートかけたヤツ。溶けたチョコレートが、手について困るって」
「……う、そういえば」
話していたかもしれない。
チョコレートが手につくことを除けば、お気に入りのお菓子なのだ。
少々歴史が変わっても、二十八歳になっても食べている。
「それ聞いたとき、スモアのこと教えてやりたくなって。あれならマシュマロと一緒にチョコレートもビスケットで挟むから。……でもよ、知らない男子がいきなりお菓子勧めてきたら怖いだろ?」
菜乃花は無言で頷いた。
「んで二年になって同じクラスになって、話するようになって」
「……あの、あのときは心配してくれてありがとうね」
「番長を苛めるようなヤツいないとは思ったんだが、佐藤、ちょっと鈍くて変わりものだから心配でな」
「番長じゃないよ?」
「そうかあ? はは、悪い。で、まあ餌付けが始まって……一緒に過ごす時間が楽しくて」
「あ、ありがとう。わたしも、冴島くんと一緒にいると楽しいよ。こっ! これからも一緒にいたいよ」
「こちらこそよろしくな。……それでな?」
菜乃花が自分のことを好きなのではないかと、冴島は前から思っていたそうだ。
「でも中学のころ、ちょっと仲良い女子がいて……こんな話聞きたくないかもしんねぇけど、ソイツが俺のこと好きなんじゃないかと思って、俺、つき合わないかって言ったんだ。一応言い訳するけど、なんかつき合うってこと想像してのぼせてただけで、佐藤を思ってるみたいな好きじゃなかったんだけどな」
耳まで真っ赤にして話し続ける冴島は、その女子にはフラれてしまったのだという。
「ソイツ、優也が好きで俺に近づいてきてたんだよ。まあ、勝手にのぼせた俺が悪かっただけだって、今はわかってる。でもさ、ちょっとトラウマでな。……この前の水曜日、佐藤が井上と登校してきただろ? 昼休みに会ったら、佐藤の唇がいつもより赤くてツヤツヤしてて……心臓が止まるかと思った。情けないよな、告白する勇気もねぇくせにヤキモチ妬いて」
冴島の視線が、こちらへ戻ってきた。
彼の瞳の中に菜乃花が映っている。
「木曜日に映画に誘われて、じゃあそのときにどうにかしようと思ってたら、佐藤、金曜日に告白してくるんだもんな。あんなテニスコートの横で」
「……ゴメン」
「謝られるようなことじゃねぇけど……なあ、もうちょっとこっち来いよ」
言いながら冴島はスタンドを立て、支えていた自転車から手を離した。
生垣から身を乗り出して、彼は手を振って菜乃花を招く。
「なぁに?」
さっきまで眩しかった夕日の光が消えて、辺りはすっかり暗くなっている。
裏庭に面した細い路地に、通行人の姿はない。
彼の顔を見上げた菜乃花の唇に、熱いものが重なった。
「え……さ、冴島くんっ?」
「つき合ってんだから、旭って呼べよ。昨日と、今日と、俺と会うときはいつもより気合い入れた唇しててくれてて嬉しかった。あんまり派手なのは好きじゃねぇから……菜乃花、くらいのがちょうどいい。じゃあ、また明日」
「う、うん、あの、えっと……また明日ね、あ、旭くん」
燃え上がりそうに熱くなった唇を両手で覆って、菜乃花は自転車に乗って走っていく朝日の後ろ姿を見送った。
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