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44・三度目のX年7月13日⑤
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庭の植物のおかげか、外に出ると案外涼しかった。
冴島が片手を上げる。
「よお」
「うん……」
菜乃花は俯いた。
どうしよう、なにを話したらいいだろう。考えれば考えるほど混乱していく。
うろたえる菜乃花に、冴島が質問を投げかける。
「……なあ、佐々木に聞いた?」
「え、なにを」
「優也のこと」
「……直接聞いてはないけど」
前のときは打ち明けてもらったし、今回は麻宮に話していたのを聞いている。
「そっか、悪かったな。俺もさっき優也からの電話で知ったんだ。ずっと好きだった相手と金曜の夜からつき合いだしたらしい。早く聞いてりゃ佐々木に無駄足踏ませることもなかったんだがな」
「うーん……でも、佐々木さんは告白してすっきりしたみたいだし、今日会ったときは元気そうだったから、大丈夫だよ」
十年後の彼女が八木の自殺で落ち込んでいた件に関しては、今のところなにもできることはない。
(八木くんの事情もわからないし、まずは冴島くんのことが……)
菜乃花の答えに、冴島は意外そうな顔をする。
「今日? 今日わざわざ会ったのか?」
「イベントで会ったの……あ」
つい、ぽろりと言ってしまった。
昨夜ハマったばかりだと話していたが、佐々木が隠れてBL漫画を楽しむつもりだとしたら、とんでもないことをしてしまった。
(でも冴島くんなら言いふらしたりは……)
「へーえ、鈴木すげぇな」
「……なんで鈴木くん?」
「あ、いや、前に鈴木が佐々木のこと、同じ匂いがするって言ってたんだ。まあ安心しろよ。個人の自由なんだから、言いふらしたり笑いものにしたりなんかしねぇ」
「ありがとう、わたしも失言には気をつける。……そういえば、鈴木くんって漫画が好きなのに、なんで漫研に入ってないの?」
「うちの漫研、結構描くほうで有名だからじゃないか。アイツ読むほう専門なんだよ」
「わたしも読むほう専門だけどね」
「佐藤は小林たちのストッパーだろ。鈴木の場合、一緒になってBL漫画を部室に集めるぞ」
それは少し困るかもしれない。
あまりに過激なものは持ち主に引き取らせているものの、部室に置かれたBL漫画は数多い。歴代の部員たちが発行した同人誌も置かれている。
「冴島くんも漫画読むんだよね。どんなの読むの?」
「鈴木に借りたり、ほかのダチが学校に持ってくる週刊少年漫画誌読んだり。気に入ったのは買うけど、大体グルメ関係かな。青年誌に連載してるような日常グルメものとか、エッセイっぽいやつとか」
「面白いけど、あんまり人に説明できないヤツだね」
「マイナーなんだよな」
二十八歳の菜乃花の意識がグルメ漫画原作で人気の出たTVドラマのことを思い出したが、今の段階で放映されているかどうかまではわからなかった。放映されていたとしても都会のほうだけで、こちらにまで来ていない可能性もある。
「わたしも漫画好きなんだけど、自分にとって面白ければなんでも読むし、弥生ちゃんみたいにジャンルが決まってるわけでもないから、なんか説明しにくくて」
「そっか。……なあ、佐藤」
「なぁに?」
夕焼けに照らされて、冴島は優しく微笑んだ。
仕方がないことではあるのだが、もう帰ってしまうのかもしれないと、菜乃花は体を硬くした。
(大丈夫、明日はちゃんと会えるから)
低い声が、菜乃花の耳朶を打つ。
冴島が片手を上げる。
「よお」
「うん……」
菜乃花は俯いた。
どうしよう、なにを話したらいいだろう。考えれば考えるほど混乱していく。
うろたえる菜乃花に、冴島が質問を投げかける。
「……なあ、佐々木に聞いた?」
「え、なにを」
「優也のこと」
「……直接聞いてはないけど」
前のときは打ち明けてもらったし、今回は麻宮に話していたのを聞いている。
「そっか、悪かったな。俺もさっき優也からの電話で知ったんだ。ずっと好きだった相手と金曜の夜からつき合いだしたらしい。早く聞いてりゃ佐々木に無駄足踏ませることもなかったんだがな」
「うーん……でも、佐々木さんは告白してすっきりしたみたいだし、今日会ったときは元気そうだったから、大丈夫だよ」
十年後の彼女が八木の自殺で落ち込んでいた件に関しては、今のところなにもできることはない。
(八木くんの事情もわからないし、まずは冴島くんのことが……)
菜乃花の答えに、冴島は意外そうな顔をする。
「今日? 今日わざわざ会ったのか?」
「イベントで会ったの……あ」
つい、ぽろりと言ってしまった。
昨夜ハマったばかりだと話していたが、佐々木が隠れてBL漫画を楽しむつもりだとしたら、とんでもないことをしてしまった。
(でも冴島くんなら言いふらしたりは……)
「へーえ、鈴木すげぇな」
「……なんで鈴木くん?」
「あ、いや、前に鈴木が佐々木のこと、同じ匂いがするって言ってたんだ。まあ安心しろよ。個人の自由なんだから、言いふらしたり笑いものにしたりなんかしねぇ」
「ありがとう、わたしも失言には気をつける。……そういえば、鈴木くんって漫画が好きなのに、なんで漫研に入ってないの?」
「うちの漫研、結構描くほうで有名だからじゃないか。アイツ読むほう専門なんだよ」
「わたしも読むほう専門だけどね」
「佐藤は小林たちのストッパーだろ。鈴木の場合、一緒になってBL漫画を部室に集めるぞ」
それは少し困るかもしれない。
あまりに過激なものは持ち主に引き取らせているものの、部室に置かれたBL漫画は数多い。歴代の部員たちが発行した同人誌も置かれている。
「冴島くんも漫画読むんだよね。どんなの読むの?」
「鈴木に借りたり、ほかのダチが学校に持ってくる週刊少年漫画誌読んだり。気に入ったのは買うけど、大体グルメ関係かな。青年誌に連載してるような日常グルメものとか、エッセイっぽいやつとか」
「面白いけど、あんまり人に説明できないヤツだね」
「マイナーなんだよな」
二十八歳の菜乃花の意識がグルメ漫画原作で人気の出たTVドラマのことを思い出したが、今の段階で放映されているかどうかまではわからなかった。放映されていたとしても都会のほうだけで、こちらにまで来ていない可能性もある。
「わたしも漫画好きなんだけど、自分にとって面白ければなんでも読むし、弥生ちゃんみたいにジャンルが決まってるわけでもないから、なんか説明しにくくて」
「そっか。……なあ、佐藤」
「なぁに?」
夕焼けに照らされて、冴島は優しく微笑んだ。
仕方がないことではあるのだが、もう帰ってしまうのかもしれないと、菜乃花は体を硬くした。
(大丈夫、明日はちゃんと会えるから)
低い声が、菜乃花の耳朶を打つ。
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