呪われて

豆狸

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第三話 伯爵

(王妃はもうすぐ死ぬだろう)

 そう思って、伯爵はほくそ笑んだ。
 王妃となったグリーディは伯爵の愛人だった。
 男爵家の養女となって学園に入学したのも、伯爵が後ろで糸を引いてのことだった。

 呪いが禁忌とされたことで人里を追われた魔女の隠れ里は伯爵領にある。
 数代前の当主が隠れ住むことを許したのは優しさからだったが、伯爵自身はその存在を知ったときからずっと、自分の野望に利用することを考えていた。
 伯爵の野望とは、この王国を陰から操ることだ。

 美丈夫に成長した伯爵は、自分の魅力でひとりの魔女を篭絡した。
 それがグリーディだ。
 伯爵は寄子貴族の男爵家の娘を呪いで殺させ、その後釜としてグリーディを送り込んだ。男爵は今もそれを知らない。

 伯爵がグリーディに望んだのは、恋の呪いで国王を骨抜きにすることだ。
 しかし、それは叶わなかった。
 呪いをかけるまでもなく、国王はグリーディの虜になったのだ。媒体の布腕輪は渡しているが、呪いは発動していない。

(あの莫迦国王め……)

 国王が勝手に恋をして勝手に暴走したために、伯爵の計画は狂ってしまった。
 裕福で強大な侯爵家の後ろ盾を失った王家になんの価値があるのか。
 恋に狂った国王の愚行のせいで、王国は優秀な頭脳──今は大神官となった公爵令息をも失ってしまった。

 篭絡した魔女グリーディも伯爵の思い通りにはならなかった。
 グリーディは、国王に婚約を破棄された侯爵令嬢アリスと自分を認めない先代国王夫婦を呪い殺した。
 侯爵令嬢アリスが生きていたら国王の側妃となって実家の力で王家を支援してくれたに違いないし、そもそも先代国王夫婦の作り出した人脈が王国を支えていたのに、だ。

(こんなボロボロの王国を操って、なんの得がある!)

 思い通りにならないくせにグリーディは伯爵に執着していた。
 なにかの呪いか魔女の力か、彼女は赤毛の伯爵そっくりな娘を産んだのだ。
 王家から分かれた公爵家の遠縁が実家の正妻が産んだ、少しだけ国王に似た伯爵の息子と交換するしかなかった。

 産後の肥立ちが悪くて寝込んでいた伯爵の正妻は、自分の産んだ子どもを覚えていた。
 夫の伯爵になにを言われても受け入れず、実子を探して王都の伯爵邸をさ迷い歩き、最後は心を病んで二階の窓から落ちて亡くなった。
 正妻の実家も伯爵令嬢を認めていない。伯爵の愛人の産んだ子だと思っているようだ。事実なのでどうしようもない。

 伯爵自身も自分そっくりの娘に愛情を抱いていない。
 グリーディは伯爵の正妻と親友であったと嘘をつき、我が子の伯爵令嬢を王城へ呼び寄せて溺愛した。
 幼いころから兄妹のように接していたのだから、伯爵令嬢とジェーコブ王子が親密になるのは当然のことだ。実際に異母兄妹なのだし。

(グリーディが死んだら、娘は適当なところへ嫁に出そう。娘がいなくなったら侯爵家が婚約解消を撤回してくれるかもしれない。ジェーコブ王子には幸せになってもらわなくてはな。豊かな王国でなければ操っても意味がない)

 そんなことを考えているうちに、伯爵の乗った馬車が王都伯爵邸へ着いた。
 国王の相談役として数日置きに王城へ通っているが、今日の登城は王妃グリーディの見舞いのためだった。
 感染する病気ではないからと見舞いを勧められたのだ。実際ずっと看病をしているという国王にもジェーコブ王子にも感染していない。

「お帰りなさいませ、旦那様」
「ああ、ただいま。娘はまだ寝込んでいるのか? 医師は呼んだのだろう?」
「お呼びいたしましたけれど……」

 伯爵を出迎えた家令は、質問に項垂れた。
 伯爵令嬢は、数日前に王城へ王妃の見舞いに行ってから寝込んでいた。
 感染するものではないと言われていたから気持ちの問題だと思って放置していたが、念のため今日は医師を呼ぶよう家令に命じていたのだ。

「旦那様にお会いしたいとおっしゃっています」
「そうか。なにも出来ないが顔くらいは見に行こう」

(魔女の血筋だけがかかる病気だったのかもしれないな。死んでくれるのなら、嫁に出す手間もはぶけるな)

 亡くなった正妻そっくりのジェーコブ王子は伯爵に懐いている。
 王子が愛していた伯爵令嬢を嫁に出したら反発されるかもしれないが、亡くなったのなら悲しみにつけ込むことで、さらに傀儡化出来ることだろう。
 莫迦国王はもういらないな、と伯爵は思った。正妻そっくりのジェーコブ王子は瞳の色だけは伯爵と同じ緑色だ。魔女グリーディとも伯爵令嬢とも同じ緑色。

 伯爵は以前グリーディに教えられた呪いについての知識を忘れている。
 呪いは対象者を間違えることがあるのだ。
 間違えるというよりも、同じ血筋を同一視するのだ。

 親から子、子から親へと呪いは循環感染する。
 だから代々続く呪いというものが存在するのである。
 そして返された呪いにも同じ特性が残っている。親から子へ、子から親へ──

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