婚約を破棄したら

豆狸

文字の大きさ
5 / 11

第五話 元婚約者は友人の第二王子に王命について聞く。

しおりを挟む
「ああ、そりゃ君をうちの妹の婚約者にしたくなかったからだよ」

 朝の教室で声を潜めて尋ねると、第二王子カルロはあっさりと答えた。
 同い年だがエルネストとは違って、彼には妙な色気がある。
 マルティネッリ侯爵令嬢ベアトリーチェという婚約者を持ちながら奔放な女性関係で知られ、彼女ベアトリーチェの異母妹にもちょっかいを出しているという噂も聞く。エルネストは何度か窘めたのだが、カルロに聞く耳はなかった。

「カルロの妹姫は、僕がアリーチェと婚約したときは生まれたばかりだったじゃないか」

 幼なじみで遠い親戚でもあるので、エルネストはカルロに対して気安い口調で話すことを許されている。
 そうでなくても基本的にこの学園では身分の差なく平等に接することが推奨されていた。
 もちろんそんなこと守られてなどいないのだけれど。

「貴族の政略結婚なら十歳くらいの年の差普通だよ。君の父親は傲慢だが有能だ。父上は君を王女の夫にして、そのまま公爵家に王家を乗っ取られるのが嫌だったのさ」

 エルネストの三人の姉はカルロの兄、第一王子と同年代だが彼の婚約者候補にされたことはなかった。
 勢力図が偏り過ぎないように、だと聞いている。
 モレッティ公爵家はこの王国一の権勢を誇っているのだ。

「君が産まれなかったら、逆に俺が公爵家へ婿入りして乗っ取ってたかもね。父上と公爵はお互いに相手を食い殺したくて仕方がないのさ。まあ妹は隣国の王子との婚約が決まったから、今なら婚約破棄も認められると思うよ」
「……そうか、教えてくれてありがとう。このことは秘密にしてもらえるかい?」
「秘密にしたいなら両家で書簡を交わすべきだったね。学園の裏庭で話しておいて秘密に出来るはずないだろう?」
「え?」

 エルネストが首を傾げたとき、アリーチェの席のほうで声がした。

「アリーチェ様、あなたエルネスト様に婚約を破棄されたのですって?」

 カルロが苦笑を漏らす。

「おー、俺の婚約者が頑張ってるね」
「止めないのか、カルロ」
「マルティネッリ侯爵令嬢と言っても、ベアトリーチェの母親は平民の出だ。そもそもマルティネッリ侯爵家は潰れかけてた。潰れかけるほど情けない侯爵家が平民の商家の援助を受けて立ち直ったんだ。アリーチェ嬢を共通の敵にして、ほかの高位貴族の前で見世物にして甚振るくらいしなくちゃ仲間に入れてもらえないよ。というか、エルネストだって止めたことないだろ。婚約を破棄する前からさ」
「……アリーチェに問題があるから絡まれているんだと思ってた」
「俺の婚約者は下手くそだけど後ろの取り巻きは上手いからね。先に攻撃しておいて、相手が反撃したら被害者面するのが」

 同じように身分違いの婚約でも、ベアトリーチェに対する風当たりは弱い。
 それはカルロの女性関係が乱れていることへの同情だと思っていた。しかし彼女はアリーチェを生贄にすることで自分の安全を確保していたらしい。
 今さらながらどうしたら良いのかと悩むエルネストの前で、アリーチェは満面に笑みを浮かべて言った。

「そうなんですよ!」
「はい?」
「私、ロセッティ伯爵家のアリーチェはモレッティ公爵家のエルネスト様に婚約を破棄されてしまったんですの!」

 アリーチェは教室を見回して言葉を続ける。

「エルネスト様狙いの方々、今が好機ですわよ! 私は年上で黒髪で、王都の社交界に顔を出すような身分ではない方と結婚することになりましたのでお気になさらないでくださいませ!」

 教室に沈黙が落ちた。
 だれも反応出来ないでいる。
 エルネストも呆然としていた。カルロが楽しそうに小声で囁く。

「うわー、昨日の今日でもう新しい相手が決まってるんだ。アリーチェ嬢も身分違いの婚約を破棄したくてたまらなかったみたいだね」
「……」
「エルネスト?」

 自分から婚約を破棄したくせに、エルネストは泣き出したい気分になっていた。
 今のアリーチェは、遠い昔十歳のエルネストがひと目惚れしたときと同じ顔で笑っていた。明るく朗らかで──優しいかどうかはわからないが、無邪気な顔で。
 変わっているのは、あのクルクルした髪型だけだ。昔は自然のまま、ふわふわした金髪を風に遊ばせていた。

 驚愕から覚めて獲物を見つけた狩人の目になった貴族令嬢達の視線に晒されながら、エルネストは俯いた。垂れ下がって視界に入ってきた自分の髪は黒色ではない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

手順を踏んだ愛ならばよろしいと存じます

Ruhuna
恋愛
フェリシアナ・レデスマ侯爵令嬢は10年と言う長い月日を王太子妃教育に注ぎ込んだ 婚約者であり王太子のロレンシオ・カルニセルとの仲は良くも悪くもなかったであろう 政略的な婚約を結んでいた2人の仲に暗雲が立ち込めたのは1人の女性の存在 巷で流行している身分差のある真実の恋の物語 フェリシアナは王太子の愚行があるのでは?と覚悟したがーーーー

(完結)私が貴方から卒業する時

青空一夏
恋愛
私はペシオ公爵家のソレンヌ。ランディ・ヴァレリアン第2王子は私の婚約者だ。彼に幼い頃慰めてもらった思い出がある私はずっと恋をしていたわ。 だから、ランディ様に相応しくなれるよう努力してきたの。でもね、彼は・・・・・・ ※なんちゃって西洋風異世界。現代的な表現や機器、お料理などでてくる可能性あり。史実には全く基づいておりません。

もう、振り回されるのは終わりです!

こもろう
恋愛
新しい恋人のフランシスを連れた婚約者のエルドレッド王子から、婚約破棄を大々的に告げられる侯爵令嬢のアリシア。 「もう、振り回されるのはうんざりです!」 そう叫んでしまったアリシアの真実とその後の話。

婚約破棄でお願いします

基本二度寝
恋愛
王太子の婚約者、カーリンは男爵令嬢に覚えのない悪行を並べ立てられた。 「君は、そんな人だったのか…」 王太子は男爵令嬢の言葉を鵜呑みにして… ※ギャグかもしれない

婚約破棄は嘘だった、ですか…?

基本二度寝
恋愛
「君とは婚約破棄をする!」 婚約者ははっきり宣言しました。 「…かしこまりました」 爵位の高い相手から望まれた婚約で、此方には拒否することはできませんでした。 そして、婚約の破棄も拒否はできませんでした。 ※エイプリルフール過ぎてあげるヤツ ※少しだけ続けました

『仕方がない』が口癖の婚約者

本見りん
恋愛
───『だって仕方がないだろう。僕は真実の愛を知ってしまったのだから』 突然両親を亡くしたユリアナを、そう言って8年間婚約者だったルードヴィヒは無慈悲に切り捨てた。

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

【完結】ご安心を、問題ありません。

るるらら
恋愛
婚約破棄されてしまった。 はい、何も問題ありません。 ------------ 公爵家の娘さんと王子様の話。 オマケ以降は旦那さんとの話。

処理中です...