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第六話 貴族社会とドラゴンと
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この世界には冒険者ギルドがあります。
前世の記憶が蘇るまでは、存在を知っていても自分には無縁の場所だと思っていました。
でも今は興味津々です。前世の記憶が戻っても世間知らずの伯爵令嬢なのは変わらないのですけれど、この世界の常識に縛られない考え方が出来るようになったのではないかと思うのです。
この世界には魔法もあります。
昨日エルネスト様に婚約破棄を告げられた学園の裏庭で、私はこっそりと魔法の練習をしていました。
私に使える魔法の属性は光です。この魔法で攻撃や回復をするだけではなく、前世の花火やイルミネーションのようなものを作ったら一大産業に出来るのではないでしょうか。
今日の魔法の授業でも練習した疲れきった顔をした鼠の像を光の魔法で構成します。
上手く出来るようになったら、家で弟にも見せてあげましょう。
蘇った前世の記憶の中で、一番印象が強かったのがこれなのです。
「……もう少し楽し気なお顔にしたほうが良いのではないかしら?」
背後からの声に振り返ると、ベアトリーチェ様の姿がありました。
取り巻き令嬢の姿はありません。
もしかしたら彼女達はエルネスト様狙いで、彼を狩りに行っているのかもしれません。
「この疲れ切った表情が良いのです。だって疲れていない人なんていないでしょう? 貴族も平民も、みんなそれぞれの立場で努力し苦しみ疲れ果てています」
「……そうね」
「この皺が難しいんですよ。たくさん引きたいのに増やすとつながってしまうのです」
ベアトリーチェ様が宙に浮かぶ疲れきった顔の鼠に指を伸ばしました。
彼女がお持ちの闇属性の魔法は、私の光の魔法と相反しています。
上下でつながって太くなってしまった皺に闇の魔法が線を入れます。たちまち鼠の額がシワシワになりました。
「……こうしたかったのかしら?」
「はい! ありがとうございます」
疲れ切った顔の鼠を見つめながら、ベアトリーチェ様がぼんやりと呟きます。
「……私、これまで意地悪をしてきたけれど、あなたのこと嫌いではなかったわ。でも……今は嫌い。あなたが悪いのではないとわかっているけれど、貴族令嬢の役目から解放されたあなたが羨ましくて仕方がないの。マルティネッリ侯爵家なんていらない。カルロ殿下も異母妹にあげる。……自由が欲しい」
「じゃあ一緒に冒険者ギルドへ行きませんか?」
「はい?」
「今すぐにじゃありませんけど」
一代限りの騎士爵の家はさほど裕福ではありませんし、世襲制ではないので子どもたちの未来も定かではありません。
そのため我が国では騎士が副業で冒険者をすることを認めています。
男爵以上の貴族家であっても、家を継げない次男以降は婿入り先が見つからないときに備えて冒険者登録していると言います。
「今、王都の北の山にドラゴンが来ているらしいんです。討伐隊が出るのはまだ先の話でしょうが、そのとき自由参加してみるのも良いのではないでしょうか。死んだ振りをして逃げてもいいし、ドラゴンを倒せたら英雄として国王陛下に願いを聞いてもらえるのではないでしょうか」
「ド、ドラゴンの討伐隊に自由参加する? とんでもないことを考えるのね、あなたは」
ベアトリーチェ様のお顔が引きつっています。
おっと、ゲーム脳が過ぎたかしら。
私の新しい縁談相手が冒険者登録していらしたら、冒険者ギルドに連れて行ってもらいたいなーと考えていたので、つい口から出てしまったのです。
それにベアトリーチェ様は優秀な魔法の使い手だから、上手くすればドラゴンくらい倒せるんじゃないかと思ったのです。この世界が乙女ゲームかどうかはわからないから、必勝法も知らないのですけど。
「でも……ふふ、そうね。どうせ死ぬのなら貴族社会よりもドラゴンに殺されるほうが良いかもしれないわ」
ベアトリーチェ様が微笑んでくださったので、私はホッとしました。
前世の記憶があろうとなかろうと、貴族社会に馴染めない人間はいるのです。
せっかく冒険者ギルドがあるのですから、それぞれがそれぞれに相応しい世界で生きていけると良いですよね!
前世の記憶が蘇るまでは、存在を知っていても自分には無縁の場所だと思っていました。
でも今は興味津々です。前世の記憶が戻っても世間知らずの伯爵令嬢なのは変わらないのですけれど、この世界の常識に縛られない考え方が出来るようになったのではないかと思うのです。
この世界には魔法もあります。
昨日エルネスト様に婚約破棄を告げられた学園の裏庭で、私はこっそりと魔法の練習をしていました。
私に使える魔法の属性は光です。この魔法で攻撃や回復をするだけではなく、前世の花火やイルミネーションのようなものを作ったら一大産業に出来るのではないでしょうか。
今日の魔法の授業でも練習した疲れきった顔をした鼠の像を光の魔法で構成します。
上手く出来るようになったら、家で弟にも見せてあげましょう。
蘇った前世の記憶の中で、一番印象が強かったのがこれなのです。
「……もう少し楽し気なお顔にしたほうが良いのではないかしら?」
背後からの声に振り返ると、ベアトリーチェ様の姿がありました。
取り巻き令嬢の姿はありません。
もしかしたら彼女達はエルネスト様狙いで、彼を狩りに行っているのかもしれません。
「この疲れ切った表情が良いのです。だって疲れていない人なんていないでしょう? 貴族も平民も、みんなそれぞれの立場で努力し苦しみ疲れ果てています」
「……そうね」
「この皺が難しいんですよ。たくさん引きたいのに増やすとつながってしまうのです」
ベアトリーチェ様が宙に浮かぶ疲れきった顔の鼠に指を伸ばしました。
彼女がお持ちの闇属性の魔法は、私の光の魔法と相反しています。
上下でつながって太くなってしまった皺に闇の魔法が線を入れます。たちまち鼠の額がシワシワになりました。
「……こうしたかったのかしら?」
「はい! ありがとうございます」
疲れ切った顔の鼠を見つめながら、ベアトリーチェ様がぼんやりと呟きます。
「……私、これまで意地悪をしてきたけれど、あなたのこと嫌いではなかったわ。でも……今は嫌い。あなたが悪いのではないとわかっているけれど、貴族令嬢の役目から解放されたあなたが羨ましくて仕方がないの。マルティネッリ侯爵家なんていらない。カルロ殿下も異母妹にあげる。……自由が欲しい」
「じゃあ一緒に冒険者ギルドへ行きませんか?」
「はい?」
「今すぐにじゃありませんけど」
一代限りの騎士爵の家はさほど裕福ではありませんし、世襲制ではないので子どもたちの未来も定かではありません。
そのため我が国では騎士が副業で冒険者をすることを認めています。
男爵以上の貴族家であっても、家を継げない次男以降は婿入り先が見つからないときに備えて冒険者登録していると言います。
「今、王都の北の山にドラゴンが来ているらしいんです。討伐隊が出るのはまだ先の話でしょうが、そのとき自由参加してみるのも良いのではないでしょうか。死んだ振りをして逃げてもいいし、ドラゴンを倒せたら英雄として国王陛下に願いを聞いてもらえるのではないでしょうか」
「ド、ドラゴンの討伐隊に自由参加する? とんでもないことを考えるのね、あなたは」
ベアトリーチェ様のお顔が引きつっています。
おっと、ゲーム脳が過ぎたかしら。
私の新しい縁談相手が冒険者登録していらしたら、冒険者ギルドに連れて行ってもらいたいなーと考えていたので、つい口から出てしまったのです。
それにベアトリーチェ様は優秀な魔法の使い手だから、上手くすればドラゴンくらい倒せるんじゃないかと思ったのです。この世界が乙女ゲームかどうかはわからないから、必勝法も知らないのですけど。
「でも……ふふ、そうね。どうせ死ぬのなら貴族社会よりもドラゴンに殺されるほうが良いかもしれないわ」
ベアトリーチェ様が微笑んでくださったので、私はホッとしました。
前世の記憶があろうとなかろうと、貴族社会に馴染めない人間はいるのです。
せっかく冒険者ギルドがあるのですから、それぞれがそれぞれに相応しい世界で生きていけると良いですよね!
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