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幕間 アリーチェの知らないヒロインの話・前編
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ある日、あたしはふと気づいた。
この世界って、前世で遊んだ乙女ゲーム『微笑んでシュクレ』じゃないかって。
なお、あたしはヒロインの立ち位置だったけど名前はシュクレじゃない。ゲームでのデフォルトネームもシュクレじゃなかった。どっから来た、シュクレ。
それはともかく、あたしはとある男爵家の庶子だ。
お母さんは男爵家の下働きだった。あたしを身籠ったお母さんが男爵家から追い出されて、王都の下町で生まれ育った。
ゲームでは十五歳のときにお母さんが疫病で亡くなって、父の正妻さんとあたしの異母姉になる娘さんも同じ病気で亡くなったので男爵家に引き取られる。それから魔法の授業のある学園に入学して、いろいろな人と出会って恋や友情を育むのだ。
平民は魔法の勉強なんか出来ないから、学園に入学出来るのは嬉しい。
嬉しいけど……お母さんを喪うのは嫌だなあ、とあたしは思った。
幸い、疫病の治療法は知っていた。王都の北の山に生えている薬草が効くのだ。
ゲームでは北の山にはドラゴンが棲み付いていて、エンディング前にそれを倒さなきゃいけない。
倒した後で薬草を見つけて、これがあればお母さんを助けられたのに、と主人公は思う。
お母さんは助けられなかったけれど、これから魔法の力で活躍して困った人を助けて行こうと決意してゲームは終わる。好感度の高いキャラクターごとのエピローグはあるが、本編はそれで終わり。ちょっと悲しいラストだよね。
ゲームでそうなっているからといって、現実でお母さんを見捨てるのは嫌だ。
学園に入学するのは楽しそうだけど、父親の男爵に引き取られるのも嫌。
だってお母さんは、べつにあの男が好きだったわけじゃない。ほかに好きな人がいたのに──それでもお母さんは、あたしを大切に可愛がって育ててくれた。前世の記憶はゲームのことがほとんどだから、今のあたしにはたったひとりの大事なお母さんだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「というわけで一緒に来てよ、ダニエーレ」
「なにがというわけなんだ、キアラ」
たぶんだけど男爵に殺されたお母さんの恋人の親友で、下町に来たお母さんとあたしの面倒を見てくれたジョルジョさんの息子が幼なじみのダニエーレだ。
あたしよりふたつ年上で、彼のお母さんはあたし達親娘が下町へ来る前に亡くなっている。
ゲームには出て来なかったから、きっとふたりも疫病で亡くなるのだろう。ダニエーレ達のことも助けたい。
「北の山にドラゴンが来る前に、薬草を採ってきて繁殖させておきたいの」
「お前、たまに不思議なこと言うよな。でもま、大体言う通りにしたほうが良い結果になるんだよな。いいぜ、行こう」
今のあたしは十二歳。
十五歳から始まるゲーム本編はまだ先の話だ。
それでもゲーム中に語られたエピソードを参考にして、生活に役立ててきた。前世の知識チートみたいなのもちょっとしたよ。だからか、ダニエーレはいつもあたしの言うことを聞いてくれる。
十二歳は冒険者ギルドに加入できる最低年齢なのだ。
下町の子どもはみんな加入して、ドブ掃除やゴミ拾いなんかして小銭を稼いでいる。
ダニエーレはふたつ上でもう十四歳だし、体が大きくて逞しいほうだから、王都近くの森や北の山の麓なんかでモンスター退治も始めていた。ジョルジョさんも冒険者で、親子で獲ったモンスター肉を我が家に分けてくれたりする。
「ねえダニエーレ。うちのお母さんてジョルジョさんのこと好きだと思うんだけど、ジョルジョさんはどうなのかな?」
「さあな。死んだ母ちゃんには悪いけど俺小さかったから、もう母ちゃんのこと覚えてないんだよな。俺にとってはキアラん家のおばさんが母ちゃんみたいなもんだよ。親父とくっついてくれたらいいのにって思うけど……」
「まあ、難しいよね」
愛する人を奪われ、好きでもない男の子どもを産んだお母さんの心の傷は深いだろう。ジョルジョさんだって愛した人、息子の母親のことは忘れられないと思う。
それでもこれから採取する薬草で三年後の疫病でも生き延びて、ふたりが幸せになってくれたらいいのに、とあたしは思った。
ゲームの記憶はそれなりに役立ったけど、学園に入学して本編を楽しみたいとは考えていない。今の生活のほうが大切なのだ。
この世界って、前世で遊んだ乙女ゲーム『微笑んでシュクレ』じゃないかって。
なお、あたしはヒロインの立ち位置だったけど名前はシュクレじゃない。ゲームでのデフォルトネームもシュクレじゃなかった。どっから来た、シュクレ。
それはともかく、あたしはとある男爵家の庶子だ。
お母さんは男爵家の下働きだった。あたしを身籠ったお母さんが男爵家から追い出されて、王都の下町で生まれ育った。
ゲームでは十五歳のときにお母さんが疫病で亡くなって、父の正妻さんとあたしの異母姉になる娘さんも同じ病気で亡くなったので男爵家に引き取られる。それから魔法の授業のある学園に入学して、いろいろな人と出会って恋や友情を育むのだ。
平民は魔法の勉強なんか出来ないから、学園に入学出来るのは嬉しい。
嬉しいけど……お母さんを喪うのは嫌だなあ、とあたしは思った。
幸い、疫病の治療法は知っていた。王都の北の山に生えている薬草が効くのだ。
ゲームでは北の山にはドラゴンが棲み付いていて、エンディング前にそれを倒さなきゃいけない。
倒した後で薬草を見つけて、これがあればお母さんを助けられたのに、と主人公は思う。
お母さんは助けられなかったけれど、これから魔法の力で活躍して困った人を助けて行こうと決意してゲームは終わる。好感度の高いキャラクターごとのエピローグはあるが、本編はそれで終わり。ちょっと悲しいラストだよね。
ゲームでそうなっているからといって、現実でお母さんを見捨てるのは嫌だ。
学園に入学するのは楽しそうだけど、父親の男爵に引き取られるのも嫌。
だってお母さんは、べつにあの男が好きだったわけじゃない。ほかに好きな人がいたのに──それでもお母さんは、あたしを大切に可愛がって育ててくれた。前世の記憶はゲームのことがほとんどだから、今のあたしにはたったひとりの大事なお母さんだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「というわけで一緒に来てよ、ダニエーレ」
「なにがというわけなんだ、キアラ」
たぶんだけど男爵に殺されたお母さんの恋人の親友で、下町に来たお母さんとあたしの面倒を見てくれたジョルジョさんの息子が幼なじみのダニエーレだ。
あたしよりふたつ年上で、彼のお母さんはあたし達親娘が下町へ来る前に亡くなっている。
ゲームには出て来なかったから、きっとふたりも疫病で亡くなるのだろう。ダニエーレ達のことも助けたい。
「北の山にドラゴンが来る前に、薬草を採ってきて繁殖させておきたいの」
「お前、たまに不思議なこと言うよな。でもま、大体言う通りにしたほうが良い結果になるんだよな。いいぜ、行こう」
今のあたしは十二歳。
十五歳から始まるゲーム本編はまだ先の話だ。
それでもゲーム中に語られたエピソードを参考にして、生活に役立ててきた。前世の知識チートみたいなのもちょっとしたよ。だからか、ダニエーレはいつもあたしの言うことを聞いてくれる。
十二歳は冒険者ギルドに加入できる最低年齢なのだ。
下町の子どもはみんな加入して、ドブ掃除やゴミ拾いなんかして小銭を稼いでいる。
ダニエーレはふたつ上でもう十四歳だし、体が大きくて逞しいほうだから、王都近くの森や北の山の麓なんかでモンスター退治も始めていた。ジョルジョさんも冒険者で、親子で獲ったモンスター肉を我が家に分けてくれたりする。
「ねえダニエーレ。うちのお母さんてジョルジョさんのこと好きだと思うんだけど、ジョルジョさんはどうなのかな?」
「さあな。死んだ母ちゃんには悪いけど俺小さかったから、もう母ちゃんのこと覚えてないんだよな。俺にとってはキアラん家のおばさんが母ちゃんみたいなもんだよ。親父とくっついてくれたらいいのにって思うけど……」
「まあ、難しいよね」
愛する人を奪われ、好きでもない男の子どもを産んだお母さんの心の傷は深いだろう。ジョルジョさんだって愛した人、息子の母親のことは忘れられないと思う。
それでもこれから採取する薬草で三年後の疫病でも生き延びて、ふたりが幸せになってくれたらいいのに、とあたしは思った。
ゲームの記憶はそれなりに役立ったけど、学園に入学して本編を楽しみたいとは考えていない。今の生活のほうが大切なのだ。
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