この偽りが終わるとき

豆狸

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<馬車にて>

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 馬車が揺れる。
 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
 目覚めた私は馬車の窓から外を見て、息を呑んだ。

 王都ではない。
 ここは王都の外の街道だ。
 辺境伯領の方角へ向かっているようだが、私はそんなこと命じてはいない。御者に心を読まれたのだろうか。

 それとも父が命じていた?
 確か今は父も辺境伯領にいるはず。
 先日まで辺境伯領は魔獣の大氾濫スタンピードに襲われていたのだ。父と公爵家の騎士団は友軍として参戦していた。

 でも駄目だ。まだ早い。
 王宮の軟禁生活でおこなっていた美容は最低限のものだ。
 彼は私の赤茶の髪も黒い瞳も褒めてくれたけれど、だからこそもっと美しい私を見せたい。彼が怪我をしているのなら、それを癒す術も学んでいきたい。

「止めて!」

 窓から顔を出し、私は御者に叫んだ。

「馬車を止めて! 王都へ戻りなさい!」

 黒い髪の御者が手綱を繰り、馬が歩みを止めた。
 ……黒い、髪? 自分の動悸がうるさい。心臓が早鐘を打ち始めた。
 馬車の扉を開けた御者が、青い瞳で私を見つめる。懐かしいその笑顔に胸が温かくなっていく。そういえば、馬車までの護衛や荷物運びも、扉を開けるのも、王宮の人間がしてくれていたから御者の顔は見ていなかった。

「俺と一緒に辺境伯領へ行くのはお嫌ですか?」
「い、嫌じゃない! 嫌じゃないわ。あなたとなら、どこへだって行く。だけど、どうして? 体は……」
「俺は力が芽生えなかったんじゃなくて、芽生えても小さ過ぎて気づいていなかったみたいなんです。あなたと婚約して、あなたを愛したことで、力が高められて暴漢達の攻撃からは身を守れたんですが……」

 そうだ。彼とも神のもとで婚約の契約を交わしていた。
 だけど……それは王宮へ嫁ぐことが決まったときに解消されたはずなのに。
 彼を思う私の心が、指輪がなくても絆を結んでいたのだろうか。

「その後で兄上達に捕まっちゃいました。新しい国王陛下がお立ちになるまでは、あなたに近寄るなと」
「……」
「でも俺は耐えられなかった。形だけでもあなたがほかの男の妻になるなんて。それにあの女も一緒に行った。あの……他人を不幸にすることでしか幸せになれない女が。どうしてもあなたを救い出したくて、何度も何度も暴れていたら大公殿下……新しい国王陛下が見かねて周囲を説得してくださったんです。それで、陛下が十八歳になる前に聖印しるしを……」
「……」
「あの……俺、自惚れてましたか? 俺と一緒に来たくはないですか?」
「莫迦ね、グラン。さっき、あなたとならどこへだって行くと言ったでしょう? 私はね、ミセリアの産んだ黒髪に青い瞳の赤ちゃんでさえ愛しく感じたほど、あなたのことを愛しているのよ」
「あの女が俺の子を産むことはありませんよ。……え? 今、愛しているって言ってくれましたか?」
「ええ! だってもう私は偽りを言わなくてもいいのだもの」

 彼に愛しているというのは、実はこれが初めてだった。
 縁談が結ばれた最初のころは戸惑っていたし、ミセリアの力が芽生えなくて縁談を断ることになったときは言ってはいけないと感じていた。彼に真実を、王宮になど嫁ぎたくないと言えば連れて逃げてくれるとわかっていたから。
 まして王宮へ嫁いでからは言えるはずがない。

 ああ! 本当はずっと言いたかったのに!

「愛しているわ、グラン!」
「俺もです! 俺も愛しています、ユーフェミア!」

 黒い髪に青い瞳のこの人を、私はこれからどれだけ愛することだろう。
 もう偽ることなどない。偽りのときは終わったのだ。
 辺境伯領には父がいるので、着いたらすぐ結婚しようと彼は言う。縁談があったときの予定通り彼が公爵家の婿養子になってもいいし、公爵家の爵位と財産を王家に返上して私が辺境伯家に嫁いでもいい。もっとも三男の彼は辺境伯家を継ぐのではなく、兄君から騎士爵辺りを授かることになるのだろうけれど。

 ……でも、そんなことは後で考えれば良いことだ。
 私とグランは抱き合って、真実のキスをする。
 きっとこれからも何度も──
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