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初めての指名依頼編
32・バッドドラゴンのS級魔石
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その夜の『黄金のケルベロス亭』で、シオン君は言った。
「ああ。ロンバルディ商会の親子はインウィ出身だ。ロレッタ嬢が赤ん坊のころにラトニーへ移住してきた。ロレンツォは商人というよりも職人で、今、ロンバルディ商会が販売している魔道具のデザインは彼が考えたものだ」
販売や営業を担当していた奥さんが亡くなったのを機に、故郷を離れたのだという。
「母親に似たのか、商人としての才能はロレッタ嬢のほうがある。これまではロレンツォが慣れない商売に勤しんでいたが、これからは以前のように商品開発に専念して、販売と営業はロレッタ嬢に任せればいいだろう」
シオン卿として依頼したダンジョンアントの魔石の利用は、ロレッタちゃんが中心になって行う初めての事業なのだそうです。
「その分意地があったのだろう。俺の配慮が足りなくて貴様に迷惑をかけたようだな」
「そんなことないよ。ちゃんと仲良くなれた、と思うし」
いくつかお試しに魔石ごはんを作って、明日からの予定を確認して別れるとき、ラケルと離れたくないと泣かれてしまったけど、明日には機嫌が直っているはず。
……直ってるよね?
「大丈夫だぞ。ロレッタは俺より小さいからな。俺も面倒を見てやるぞ」
ラケルのほうが小さいと思う。今もわたしの膝の上だし。
でも気持ちは嬉しい。
「そうだね。ありがとう、ラケル」
前世でラケルがわたしの妹に対してお兄さんぶっていたことを思い出しながら、わたしは部屋のテーブルに広げていた羊皮紙を手に取った。
ふたりと一緒に、明日からの護衛旅行中のメニューを考えていたのだ。
魔石ごはんに付与効果がある以上、それを利用してメニューを組み立てたほうがいい。
冒険者ギルドのマスターのホセさんに付与効果やラケルが人間の言葉を話せることを伝えていたように、マルコさんにも付与効果については知らせているそうです。
ロンバルディ商会の旦那様、というかロレッタちゃんには利用されそうなので教えていません。
わたしが『転生してきた異世界人』だということは、だれにも秘密。
「港町のマルテスは治安が悪く、周辺の街道には盗賊が出る。『闇夜の疾風』のヤツらなら大丈夫だと思うが、疲労を減らして能力を増幅できるならそれに越したことはない」
「ごしゅじんの魔石ごはんならできるぞ!」
ラケルがドヤ顔で言う。
「その通りだ、ラケル殿。慣れた人間でも長旅は疲れる。往路と復路、出発してからの日数で味付けや量を変えるべきだろう」
「……朝はラーメンがいいと思う。HP回復率が上昇するから疲れが溜まり難くなる」
ベルちゃんの言葉に、シオン君が頷く。
「毎日だと飽きるだろうから、味付けを変えていくといいだろう。疲れると濃い味付けが欲しくなる。最初は塩で、しょう油、味噌、豚骨だな」
マルコさんがラーメンに飽きる日が来るのかなあ?
でもまあ今は珍しいものを食べたから夢中になってるだけかもね。
「四日目の夜にマルテスに着くから、五日目の朝食は『黄金のドラゴン亭』だ。宿に泊まっても疲れというのは完全になくなるものではない。六日目の朝はしょう油、以降は味噌、豚骨でいいだろう」
八日目の夜に王都サトゥルノへ戻ってくる予定だ。
それから、お昼やオヤツ、夕食についても話し合う。
決まったことを羊皮紙にメモって、わたしはちょっと気になったことを口にした。
「もしかしてケルベロス様は神獣だから、王都の宿屋さんしか名前を使えないの?」
個人的にはドラゴンのほうが格上な気もしたけど、ラケルのお父さんだからすごく偉いんだろう。神獣だし、大きくてもわんこは可愛いし。
「よくわかったな。そういうことだ。ラケル殿のお父上は偉大だからな」
「うむ。でもごしゅじん違うぞ」
「違うって?」
「ケルベロスは父上のお名前ではなくて種族名だ」
そういえば王都に初めて来たときに、シオン君がそのようなことを言っていた気がする。
「父上の真のお名前は女神様と母上しか知らないんだぞ。俺の真の名前も、この世界ではごしゅじんしか知らないだろ?」
「なるほどー」
そうでした。ラケルはチビ太でした。
「……強い魔力を持つ存在は真の名前によって自我を保つ。名前がないと自分自身の力に飲み込まれて……あ、出すの忘れてた」
ベルちゃんの黄金の腕輪が光って、テーブルの上に、ごろん、と真っ赤な石が転がった。
結構大きい。
わたしなら両手で抱えるくらい。
ルビーみたいだけど、こんなに大きいわけないよね。
赤は赤でもベルちゃんの瞳のように鮮やかな赤ではなく、どこか濁っている。
「聖女、まさかそれは……」
シオン君が眉間に皺を寄せるのに、ベルちゃんが答える。
「……そう。これは火属性のバッドドラゴンのS級魔石。コイツとの戦いに夢中になって、私はダンジョンコアを破壊してしまった」
「ほほう……」
ラケルが身を乗り出して、テーブルに前足をつけた。
「バッドドラゴン?」
「……ドラゴンはダンジョンコアから生まれる王獣の一種。ダンジョンのモンスターを食べて、ワームからワイアーム、ワイアームからワイバーン、ワイバーンからドラゴンへと進化していく」
ドラゴンには三種類あるのだという。
「……ダンジョンコアのランクが高くて、最初からドラゴンとして生まれたものがホーリードラゴン、ダンジョンモンスターを食べて魔力を蓄えて進化していったのがマジックドラゴン、ダンジョンを出て家畜や野獣などを食べて進化したのがバッドドラゴン」
魔石のランクもそれぞれ違って、バッドドラゴンはS級魔石、マジックドラゴンはSS級魔石、ホーリードラゴンはSSS級魔石になる。
魔力属性は魔石のランクには関係しない。
邪毒属性のホーリードラゴンとかもいるのかな。
「あれ? でもダンジョンの外で倒したモンスターは魔石にならないんでしょ?」
「……バッドドラゴンの狩場はダンジョンの外だけど、住処はダンジョンの中」
「そっか。ベルちゃんはそのドラゴンがダンジョンにいるときに倒したんだね」
「ふん。コアを壊してダンジョンを滅ぼすくらいなら、外にいるときに倒してもらいたかったぞ。外でも魔殻は採取できるのだから損はすまい」
「……ダンジョンの外だと、どこまでも飛んで行ってしまう」
シオン君は苦々しげな表情で首肯する。
「わかってる。あのまま家畜を奪われ続けていたら干上がる民も出ていただろう。バッドドラゴンを倒してくれたことには感謝している」
この世界ではモンスターを家畜にすることは少ない。
肉や皮、爪、牙などの魔殻素材は貴重だけれど、燃料魔石やミスリル銀の原料である魔石のほうが生活に密着しているからね。
とはいえ特定のモンスターをダンジョンから連れ出して飼う地域もあるそうです。
魔物使いの使い魔とかもいるし。
モンスター牧場かー、それはそれでロマンな話だなあ。
「ちょっと濁ってるけど綺麗な魔石だね。見せてくれてありがとう。……あ。もしかして魔石ごはんにするの?」
「……うん。そう思って『アイテムボックス』の大掃除をして探してきたの」
「そっかー」
わたしはシオン君を見た。
魔石って貴重なんだよね? ダンジョンアントのF級魔石ならともかく、こんな希少そうなものまで魔石ごはんにしていいのかな。
デスクロウの魔石はD級だったから、あんまり気にしてなかったんだけど。
「魔石はモンスターを倒した人間のものだ。本人が魔石ごはんにするのを望んでいるのだから、葉菜花がイヤでなければ変成してやればいい」
「バッドドラゴンの魔石は美味しいぞ! ごしゅじんが魔石ごはんにしたら、きっともっと美味しくなるぞ!」
ラケルはバッドドラゴンの魔石食べたことあるんだ。
ケルベロス様が倒したのかな?
それとも……やっぱりチートわんこなの?
「……葉菜花の魔石ごはんにしてもらいたい。この魔石を売らなくてもお金ならある」
「ベルちゃんがいいなら魔石ごはんにするよ。でもこの前のデスクロウのD級魔石のとき、たまたま大盛りラーメンになっただけで、わたしの意思はあんまり関係しなかったみたいなの。これも……そうなるんじゃないかな?」
「属性や種族によっては作れる魔石ごはんが決定しているということか。スライムのときも属性による縛りがあったな」
なんでも変成できるダンジョンアントの魔石が特別なのかもしれない。
混沌属性のモンスターってほかにいないのかな?
スライムにはいなかったよね。
「……美味しいもののほうがいいけど、できるものでかまわない」
「ごしゅじんの魔石ごはんなら、絶対美味しいぞ!」
「ありがとう、ラケル。……じゃあベルちゃん、やってみるね」
ベルちゃんに真剣な表情で頷かれて、わたしはバッドドラゴンのS級魔石を持ち上げた。
大きいので、合わせた両手に載せる形になる。
……なにができるかな。
スライムの魔石を変成したときと同じように、魔石の中に眠っているなにかを引き出す感じ。
赤くて、甘くて、いい匂いがする──
「ああ。ロンバルディ商会の親子はインウィ出身だ。ロレッタ嬢が赤ん坊のころにラトニーへ移住してきた。ロレンツォは商人というよりも職人で、今、ロンバルディ商会が販売している魔道具のデザインは彼が考えたものだ」
販売や営業を担当していた奥さんが亡くなったのを機に、故郷を離れたのだという。
「母親に似たのか、商人としての才能はロレッタ嬢のほうがある。これまではロレンツォが慣れない商売に勤しんでいたが、これからは以前のように商品開発に専念して、販売と営業はロレッタ嬢に任せればいいだろう」
シオン卿として依頼したダンジョンアントの魔石の利用は、ロレッタちゃんが中心になって行う初めての事業なのだそうです。
「その分意地があったのだろう。俺の配慮が足りなくて貴様に迷惑をかけたようだな」
「そんなことないよ。ちゃんと仲良くなれた、と思うし」
いくつかお試しに魔石ごはんを作って、明日からの予定を確認して別れるとき、ラケルと離れたくないと泣かれてしまったけど、明日には機嫌が直っているはず。
……直ってるよね?
「大丈夫だぞ。ロレッタは俺より小さいからな。俺も面倒を見てやるぞ」
ラケルのほうが小さいと思う。今もわたしの膝の上だし。
でも気持ちは嬉しい。
「そうだね。ありがとう、ラケル」
前世でラケルがわたしの妹に対してお兄さんぶっていたことを思い出しながら、わたしは部屋のテーブルに広げていた羊皮紙を手に取った。
ふたりと一緒に、明日からの護衛旅行中のメニューを考えていたのだ。
魔石ごはんに付与効果がある以上、それを利用してメニューを組み立てたほうがいい。
冒険者ギルドのマスターのホセさんに付与効果やラケルが人間の言葉を話せることを伝えていたように、マルコさんにも付与効果については知らせているそうです。
ロンバルディ商会の旦那様、というかロレッタちゃんには利用されそうなので教えていません。
わたしが『転生してきた異世界人』だということは、だれにも秘密。
「港町のマルテスは治安が悪く、周辺の街道には盗賊が出る。『闇夜の疾風』のヤツらなら大丈夫だと思うが、疲労を減らして能力を増幅できるならそれに越したことはない」
「ごしゅじんの魔石ごはんならできるぞ!」
ラケルがドヤ顔で言う。
「その通りだ、ラケル殿。慣れた人間でも長旅は疲れる。往路と復路、出発してからの日数で味付けや量を変えるべきだろう」
「……朝はラーメンがいいと思う。HP回復率が上昇するから疲れが溜まり難くなる」
ベルちゃんの言葉に、シオン君が頷く。
「毎日だと飽きるだろうから、味付けを変えていくといいだろう。疲れると濃い味付けが欲しくなる。最初は塩で、しょう油、味噌、豚骨だな」
マルコさんがラーメンに飽きる日が来るのかなあ?
でもまあ今は珍しいものを食べたから夢中になってるだけかもね。
「四日目の夜にマルテスに着くから、五日目の朝食は『黄金のドラゴン亭』だ。宿に泊まっても疲れというのは完全になくなるものではない。六日目の朝はしょう油、以降は味噌、豚骨でいいだろう」
八日目の夜に王都サトゥルノへ戻ってくる予定だ。
それから、お昼やオヤツ、夕食についても話し合う。
決まったことを羊皮紙にメモって、わたしはちょっと気になったことを口にした。
「もしかしてケルベロス様は神獣だから、王都の宿屋さんしか名前を使えないの?」
個人的にはドラゴンのほうが格上な気もしたけど、ラケルのお父さんだからすごく偉いんだろう。神獣だし、大きくてもわんこは可愛いし。
「よくわかったな。そういうことだ。ラケル殿のお父上は偉大だからな」
「うむ。でもごしゅじん違うぞ」
「違うって?」
「ケルベロスは父上のお名前ではなくて種族名だ」
そういえば王都に初めて来たときに、シオン君がそのようなことを言っていた気がする。
「父上の真のお名前は女神様と母上しか知らないんだぞ。俺の真の名前も、この世界ではごしゅじんしか知らないだろ?」
「なるほどー」
そうでした。ラケルはチビ太でした。
「……強い魔力を持つ存在は真の名前によって自我を保つ。名前がないと自分自身の力に飲み込まれて……あ、出すの忘れてた」
ベルちゃんの黄金の腕輪が光って、テーブルの上に、ごろん、と真っ赤な石が転がった。
結構大きい。
わたしなら両手で抱えるくらい。
ルビーみたいだけど、こんなに大きいわけないよね。
赤は赤でもベルちゃんの瞳のように鮮やかな赤ではなく、どこか濁っている。
「聖女、まさかそれは……」
シオン君が眉間に皺を寄せるのに、ベルちゃんが答える。
「……そう。これは火属性のバッドドラゴンのS級魔石。コイツとの戦いに夢中になって、私はダンジョンコアを破壊してしまった」
「ほほう……」
ラケルが身を乗り出して、テーブルに前足をつけた。
「バッドドラゴン?」
「……ドラゴンはダンジョンコアから生まれる王獣の一種。ダンジョンのモンスターを食べて、ワームからワイアーム、ワイアームからワイバーン、ワイバーンからドラゴンへと進化していく」
ドラゴンには三種類あるのだという。
「……ダンジョンコアのランクが高くて、最初からドラゴンとして生まれたものがホーリードラゴン、ダンジョンモンスターを食べて魔力を蓄えて進化していったのがマジックドラゴン、ダンジョンを出て家畜や野獣などを食べて進化したのがバッドドラゴン」
魔石のランクもそれぞれ違って、バッドドラゴンはS級魔石、マジックドラゴンはSS級魔石、ホーリードラゴンはSSS級魔石になる。
魔力属性は魔石のランクには関係しない。
邪毒属性のホーリードラゴンとかもいるのかな。
「あれ? でもダンジョンの外で倒したモンスターは魔石にならないんでしょ?」
「……バッドドラゴンの狩場はダンジョンの外だけど、住処はダンジョンの中」
「そっか。ベルちゃんはそのドラゴンがダンジョンにいるときに倒したんだね」
「ふん。コアを壊してダンジョンを滅ぼすくらいなら、外にいるときに倒してもらいたかったぞ。外でも魔殻は採取できるのだから損はすまい」
「……ダンジョンの外だと、どこまでも飛んで行ってしまう」
シオン君は苦々しげな表情で首肯する。
「わかってる。あのまま家畜を奪われ続けていたら干上がる民も出ていただろう。バッドドラゴンを倒してくれたことには感謝している」
この世界ではモンスターを家畜にすることは少ない。
肉や皮、爪、牙などの魔殻素材は貴重だけれど、燃料魔石やミスリル銀の原料である魔石のほうが生活に密着しているからね。
とはいえ特定のモンスターをダンジョンから連れ出して飼う地域もあるそうです。
魔物使いの使い魔とかもいるし。
モンスター牧場かー、それはそれでロマンな話だなあ。
「ちょっと濁ってるけど綺麗な魔石だね。見せてくれてありがとう。……あ。もしかして魔石ごはんにするの?」
「……うん。そう思って『アイテムボックス』の大掃除をして探してきたの」
「そっかー」
わたしはシオン君を見た。
魔石って貴重なんだよね? ダンジョンアントのF級魔石ならともかく、こんな希少そうなものまで魔石ごはんにしていいのかな。
デスクロウの魔石はD級だったから、あんまり気にしてなかったんだけど。
「魔石はモンスターを倒した人間のものだ。本人が魔石ごはんにするのを望んでいるのだから、葉菜花がイヤでなければ変成してやればいい」
「バッドドラゴンの魔石は美味しいぞ! ごしゅじんが魔石ごはんにしたら、きっともっと美味しくなるぞ!」
ラケルはバッドドラゴンの魔石食べたことあるんだ。
ケルベロス様が倒したのかな?
それとも……やっぱりチートわんこなの?
「……葉菜花の魔石ごはんにしてもらいたい。この魔石を売らなくてもお金ならある」
「ベルちゃんがいいなら魔石ごはんにするよ。でもこの前のデスクロウのD級魔石のとき、たまたま大盛りラーメンになっただけで、わたしの意思はあんまり関係しなかったみたいなの。これも……そうなるんじゃないかな?」
「属性や種族によっては作れる魔石ごはんが決定しているということか。スライムのときも属性による縛りがあったな」
なんでも変成できるダンジョンアントの魔石が特別なのかもしれない。
混沌属性のモンスターってほかにいないのかな?
スライムにはいなかったよね。
「……美味しいもののほうがいいけど、できるものでかまわない」
「ごしゅじんの魔石ごはんなら、絶対美味しいぞ!」
「ありがとう、ラケル。……じゃあベルちゃん、やってみるね」
ベルちゃんに真剣な表情で頷かれて、わたしはバッドドラゴンのS級魔石を持ち上げた。
大きいので、合わせた両手に載せる形になる。
……なにができるかな。
スライムの魔石を変成したときと同じように、魔石の中に眠っているなにかを引き出す感じ。
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