転生錬金術師・葉菜花の魔石ごはん~食いしん坊王子様のお気に入り~

豆狸

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葉菜花、旅立ちました編

43・八日目の王子様と聖女様

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「……やっと葉菜花が帰ってくる。……今日まで長かった」

 聖女イザベルは、しみじみ言って溜息をついた。

 ここはダンジョンアントに制圧されたダンジョンの側に設置された天幕内だ。
 ガルグイユ騎士団団長であり王弟でもあるコンセプシオンも相槌を打つ。
 ふたりはテーブルを前に向かい合って椅子に座っていた。

 コンセプシオンは純白の全身鎧姿である。
 青いマントも纏ったままだ。

「確かにこの八日間は長かったな」
「……自分が決めたくせに」
「ああ。だが、こんなに長く感じるとは思っていなかった。ご多忙な兄上とは同じ王宮にいても十日以上顔を合わせないことがある。だから八日くらい大丈夫だと思っていた」
「……家族と友達は違う」

 イザベルは眉間に皺を寄せた。

 何年離れていても昨日別れたかのように話ができるのが友達だが、それには長い年月をともに過ごしてきたという前提が必要になる。
 異世界からの転生者葉菜花が旅に出たのは、こちらにきて五日も経たないころだった。
 イザベル達との間に強い絆が結ばれるほどの日々は過ごしていない。

 生まれたときから一緒に暮らしてきた家族とは違うのだ。

「そうだな。今となってみれば旅に出したこと自体を後悔している」

 いつになく弱気なコンセプシオンの言葉に、イザベルは力強く頷いた。

「……そうよ。葉菜花はもう帰ってこないかもしれない」
「そんなことはない。『闇夜の疾風』は優秀な傭兵隊だ。ロンバルディ商会の親子も信頼できる。葉菜花の身には髪の毛一本の傷もつくことはなかろう」

 イザベルは、さっきよりも大きな溜息を漏らした。

「……はあーあ。あなたはわかってない」
「なにがだ」
「……葉菜花は年ごろの女の子」
「知っている。『闇夜の疾風』には女性もいる。ちゃんと葉菜花を見守ってくれているはずだ」
「……そういうことじゃない」

 コンセプシオンは兜の覗き穴から、イザベルに視線を送った。

「どういうことだ」
「……心の問題。旅先で葉菜花が恋に落ちる可能性もあるということ」
「……」

 純白の兜の中で、コンセプシオンが息を呑む。

「……葉菜花のいた世界の十五歳はまだ子どもだというけれど、この世界では大人。可愛い葉菜花に好きだと言われたら、相手はすぐに結婚を考えると思うわ。港町マルテスで情熱的な船乗りと結婚して戻ってこないかもしれない」
「それはない。ちゃんと俺の手のものが報告を送ってきている。葉菜花はマルテスを離れて帰路に就いた」

 聖女イザベルは言葉を続ける。

「……サトゥルノへ帰って来てから『闇夜の疾風』の中のだれかと結婚するかも。顔を合わせたことはないけれど、あの傭兵隊にいるイサクというドワーフはラース帝国の闘技場にいたとき帝国貴族のご婦人方を虜にしていたという。それにエルフもいるのでしょう? 普通の女の子は美麗で優しいエルフの男性を好むと聞く」

 彼女はいつになく饒舌だった。
 コンセプシオンは普段とは違う不安げな口調で反論する。

「そんなことあるはずがない。葉菜花は……」
「……そう言い切れるほど、私達は葉菜花を知らない。知る前にあなたが彼女を旅立たせてしまった」
「その通りだ。俺は焦り過ぎていた。この世界を知らない葉菜花が心配だったんだ。少しでも早く信頼できる人間に引き合わせて、この世界の空気を実感させておきたかった。アイツに聞いた異世界よりも、こちらは物騒なようだからな」
「……しばらく私達が面倒を見ていたので良かったと思う」

 今度はコンセプシオンが溜息をつく番だった。

「それは……そうだな。無理をさせる必要はなかった。もっとゆっくりこの世界のことを知っていくので構わなかったんだ」
「……あなたがやっていたのは騎士団の新人育成法。教育をして、ある程度育ったらギリギリ解決可能なくらいの課題を与えて成長させていく。……友達にはそんな対応しなくてもいい。まして葉菜花は異世界から来たばかり」
「聖女殿の言う通りかもしれないな。……葉菜花は帰ってくるだろうか。帰ってきてすぐに『黄金のケルベロス亭』を引き払って結婚するとか言い出さないだろうか」

 コンセプシオンは適齢期の娘を持つ父親のようなことを言い始めた。

「……わからない。だから心配」

 イザベルはコンセプシオンを見つめる。
 純白の全身鎧に包まれていても、今の彼が狼狽えていることはわかった。
 ラトニー王国の聖剣に選ばれたガルグイユ騎士団団長の鎧はミスリル銀製で、見た目ほどは重くなく通気性もいい。ミスリル銀は白いほど純度が高かった。

「どこかに属していたほうが安心だと思って冒険者にならせたが、葉菜花のスキルを思えば顔も名前も出すべきではなかったかもしれない。冒険者にするにしてもスキルは隠して魔物使いテイマーにしておいたほうが……いっそ離宮でも与えて人目に晒さず守っていれば良かっただろうか」
「……葉菜花はお人好し過ぎるから、あなたが後ろ盾だと知らしめること自体は悪くないと思う。妙な輩が手を出しにくくなる」

 それにたぶん、とイザベルは話を続けた。

「……のん気なラトニー人食いしん坊以外は、葉菜花が錬金術で魔石ごはんを変成しているだなんて信じていない。錬金術師の詐欺師がよくやるように『アイテムボックス』を利用して魔石と料理を入れ替えたのだと思っている」
「それはそれで問題だが、葉菜花に危険が及ばないのならいい。……本当は心配する振りをしておいて俺は、ほかの男の目に葉菜花を触れさせたことを後悔しているだけだ」
「……あなた、もしかして葉菜花が好きなの? 友達として、という意味ではなく?」

 純白の兜が激しく上下する。

「好きだ。兄上が王妃をお迎えになって跡取りがご誕生になったら、葉菜花を妻にしたいと思っている。俺が先に結婚すると、兄上のことだから跡取りは俺の子どもでいいだろうとか考えて今以上に仕事にのめり込みかねないので、それまではなにも言うつもりはないが」
「……え。……そこまで?」
「肉の匂いに釣られて馬車の扉を開けたとき、ラケル殿を膝に乗せていた姿を見てひと目惚れした。俺も彼女の膝で眠りたい」
「……そう、なの」

 イザベルは返す言葉を思いつけなかった。

「俺は基本ものぐさな男なんだ。なんでも早めに済ませるくせがあるのは、余った時間でゴロゴロしたいからだ。時間があれば仕事を探している兄上とは違う。……以前葉菜花に土産用のケーキを作ってもらったことがあっただろう?」
「……あった。美味しかった」

 モンブランとガトーショコラ、チーズケーキと苺のムース。
 葉菜花はイザベル達の分も作ってくれた。

「俺は兄上に魔石ごはんを食べてもらって、幸せな気分で眠りに就いていただきたかったんだ。しかし兄上は、元気になったからと言ってしなくてもいい翌日の仕事まで片付け始めた。食べたあと休んでくださるのでなければ、もう二度と兄上に魔石ごはんは献上しない」
「……まあ、応援する。私は王都の聖神殿を離れられない。あなたと結婚して葉菜花が王宮に住むのなら、いつでも会える」
「結婚したら、俺は辺境に賜っている自分の領地で暮らすぞ。うちの領は聖女お断りだ。収入源のダンジョンを壊されてはたまらない」
「……前言撤回。邪魔する」
「冗談だ。どうせ貴様は葉菜花に付いてくるのだろう?」

 本人のあずかり知らないところで、葉菜花の将来が決まりつつあった。

「……当然」
「魔石ごはん目当てではなかろうな」

 聖女イザベルはいつになくきっぱりと答えた。

「魔石ごはんがなくても葉菜花は私の大事な友達。……聖女だからって利用しようとしてこないのは葉菜花だけ」
「異世界人だから聖女の価値を知らないだけだぞ」
「……それでもいい。最初は誤解だったとしても、今の私はちゃんと葉菜花が好き。一緒にいると楽しい」
「だったら言うことはない。そのときは俺も貴様が聖女を辞められるよう手を尽くそう」
「……感謝する。ふたりの子どもの世話は任せて。世界一のハンマー使いに育ててみせる」
「それは遠慮しておく」

 勝手なことを言ってはいるものの、ふたりは葉菜花の良き友人でありたいと思っている。
 無茶をすることはないだろう──おそらく。
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