あなたが私を捨てた夏

豆狸

文字の大きさ
11 / 23

第十一話 私は迷いの森で聖獣様と暮らしています。

しおりを挟む
 夏が始まろうとしています。
 今年は城で誕生パーティが開かれることはありませんが、それでも年齢は増えていきます。
 二十歳になる夏は、十九歳の春と同じように穏やかに過ぎ去っていくことでしょう。……そう願っています。

 かつての大公領の近くにある迷いの森で、私は聖獣様と暮らしています。
 迷いの森という名前は、聖獣様が住み着いてからついたものです。害意を持つ人間が森に入っても心を乱されて道に迷い、同じ場所を堂々巡りして聖獣様のところまで辿り着けないことから、そう呼ばれるようになったのです。
 残念ながら害意を持つ人間を拒む聖獣様のお力は、聖獣様がお創りになる聖珠にまでは及んでいません。聖珠に防げるのは魔獣の大氾濫スタンピードだけです。

「……ふわあーあ」

 私が三人くらい背中に乗れそうなほど大きな聖獣様が、三日ぶりに昼寝から目覚めて伸びをなさいました。
 三日で起きるならまだ早いほうで、こちらに来てすぐのころ半月ほど眠り続けられたときは起こしたほうがいいのか起こさないほうがいいのかと、かなり悩みました。
 最近は慣れたので、聖獣様がお眠りの間は薬の調合を研究したり花や薬草の改良に励んだりしています。迷いの森は植物の生長が速いので、城にいたときよりも改良が進んでいる気がします。

「大したものだね、ロメーヌ」

 ご自分の背中を振り返って、聖獣様がおっしゃいました。
 聖獣様は長毛種の猫をそのまま大きくしたようなお姿です。月光色の長い毛並みとたぷたぷしたお腹は運動向きではないようで、一日のほとんどを寝転がって過ごしていらっしゃいます。
 ああ、お腹がたぷたぷしているというのは禁句でした。先日遊びに来た姪に言われたときは、腹筋に力を入れて誤魔化していらっしゃいましたっけ。

「お褒めいただき光栄です」

 と返してはみたものの、なにを褒めてくださったのかわかりません。
 お昼寝の邪魔をしなかったことでしょうか。
 先日遊びに来た姪とお義姉様は寝ている聖獣様をモフモフして怒られていましたっけ。

 聖獣様は香箱を組み、大きな口の両端を上げました。尖った牙が顔を覗かせます。

「アタシがなんのことを言ってるか、わからないって顔だね」
「申し訳ございません」
「アタシが褒めたのはね、アンタが植えたこの花々のことよ。アタシが気にならない程度の匂いなのに、鳥が来るのは防いでくれる。アンタが来る前は寝てる間に鳥どもが背中に巣を作るんで、おちおち昼寝も出来なかったからねえ」
「お役に立てたなら良かったです」

 聖獣様お気に入りの場所の周りに植えたのは、鳥避けの花ではなく虫除けの花です。
 エサがなければ鳥も来ないだろうと思ったのもありますが、正直に言うと私が虫を見たくなかっただけです。
 花や薬草の改良に役立ってくれるし、薬の材料として必要になることもあるのですけれど、どうにも苦手なのです……虫。

「ご褒美をあげようか、ロメーヌ。なにか欲しいものはあるかい?」
「欲しいもの……ですか」

 聖獣様のお言葉を聞いて、胸の奥がチクリと痛みます。
 ああ、私は莫迦です。
 もう一年も経つというのに、今でもあの方のことを忘れられていません。『欲しいもの』という言葉と同時に浮かんだのは、ニコライ陛下の面影でした。

 たとえ聖獣様であっても人の心を自由にはできません。
 できるのだとしても、偽りの恋心で愛する方を手に入れても虚しいだけです。
 私は吐息と共に未練を吐き出して、聖獣様に答えました。

「……犬を飼ってもいいですか? 兄の猟犬が仔犬を産んだのです」

 暮らしの中心は迷いの森ですが、実は毎月数日は城に戻っています。
 お兄様やお義姉様のお仕事をお手伝いしているのです。
 隣国ベルナールに嫁いでニコライ陛下を補佐するため、王妃として公務に当たるため学んでいたことが役立っています。

 今年の誕生パーティこそ行いませんでしたが、我がボワイエのほとんどの民は私の生存に気づきながら口を噤んでくれているようです。
 聖獣様のお世話係に選ばれたのなら仕方がない、と思っているのでしょう。
 嘘の片棒を担いでくださっている聖獣様が、苦虫を噛み潰したようなお顔をなさいます。

「却下だね。なに言ってんのさ、冗談じゃないよ。アタシは犬なんか嫌いなんだよ。キャンキャン鳴いて喧しいからね」

 そうおっしゃる聖獣様ですが、

「……そういや、犬みたいに喧しいアンタの姪っ子はどうしてる?」
「元気ですよ。昨日城から手紙が来ました。またこちらへ遊びに来たいそうですが、よろしいでしょうか?」

 私を見つめて、聖獣様は尻尾を立てています。
 猫と一緒で、これはご機嫌が良いときの仕草です。犬と違って尻尾を振っているときはご機嫌が悪いみたいです。
 ゴロゴロと喉を鳴らしながら、聖獣様は私から目を逸らしました。

「嫌だって言ったって押しかけてくるんだろ? アンタの姪っ子とボワイエの王妃は猫が好きだからねえ。アタシは姿形が似ているだけで猫とは違うんだよ?」

 口では文句をおっしゃっていますが、姪やお義姉様ボワイエの王妃に構われるのはお好きなようです……ほどほどなら、ですけれど。
 私の誕生パーティにいらっしゃらなかったのは、ベタベタされるのが嫌というよりも聖獣様のお力を政治利用しようとする人間と会うのを避けるためだったのかもしれません。
 そんな人間が誕生パーティに押しかけないよう気を遣ってくださっていたのもありそうです。

 以前お土産に持ってきた羽玉は大変お気に召したようで、ふわふわでスベスベの毛皮の中に保管してくださっています。
 この前姪が来たときに取り出して遊んでいました。そもそも聖獣様が本気で嫌っていたら、ふたりは迷いの森に阻まれてここまで辿り着けていないでしょう。
 犬も飼い始めたら、ブツブツ言いながら可愛がってくれそうな気がします。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

この恋に終止符(ピリオド)を

キムラましゅろう
恋愛
好きだから終わりにする。 好きだからサヨナラだ。 彼の心に彼女がいるのを知っていても、どうしても側にいたくて見て見ぬふりをしてきた。 だけど……そろそろ潮時かな。 彼の大切なあの人がフリーになったのを知り、 わたしはこの恋に終止符(ピリオド)をうつ事を決めた。 重度の誤字脱字病患者の書くお話です。 誤字脱字にぶつかる度にご自身で「こうかな?」と脳内変換して頂く恐れがあります。予めご了承くださいませ。 完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。 菩薩の如く広いお心でお読みくださいませ。 そして作者はモトサヤハピエン主義です。 そこのところもご理解頂き、合わないなと思われましたら回れ右をお勧めいたします。 小説家になろうさんでも投稿します。

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

ローザリンデの第二の人生

梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。 彼には今はもういない想い人がいた。 私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。 けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。 あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。 吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) 1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。

あの約束を覚えていますか

キムラましゅろう
恋愛
少女時代に口約束で交わした結婚の約束。 本気で叶うなんて、もちろん思ってなんかいなかった。 ただ、あなたより心を揺さぶられる人が現れなかっただけ。 そしてあなたは約束通り戻ってきた。 ただ隣には、わたしでない他の女性を伴って。 作者はモトサヤハピエン至上主義者でございます。 あ、合わないな、と思われた方は回れ右をお願い申し上げます。 いつもながらの完全ご都合主義、ノーリアリティ、ノークオリティなお話です。 当作品は作者の慢性的な悪癖により大変誤字脱字の多いお話になると予想されます。 「こうかな?」とご自身で脳内変換しながらお読み頂く危険性があります。ご了承くださいませ。 小説家になろうさんでも投稿します。

壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~

志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。 政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。 社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。 ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。 ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。 一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。 リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。 ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。 そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。 王家までも巻き込んだその作戦とは……。 他サイトでも掲載中です。 コメントありがとうございます。 タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。 必ず完結させますので、よろしくお願いします。

【本編完結】笑顔で離縁してください 〜貴方に恋をしてました〜

桜夜
恋愛
「旦那様、私と離縁してください!」 私は今までに見せたことがないような笑顔で旦那様に離縁を申し出た……。 私はアルメニア王国の第三王女でした。私には二人のお姉様がいます。一番目のエリーお姉様は頭脳明晰でお優しく、何をするにも完璧なお姉様でした。二番目のウルルお姉様はとても美しく皆の憧れの的で、ご結婚をされた今では社交界の女性達をまとめております。では三番目の私は……。 王族では国が豊かになると噂される瞳の色を持った平凡な女でした… そんな私の旦那様は騎士団長をしており女性からも人気のある公爵家の三男の方でした……。 平凡な私が彼の方の隣にいてもいいのでしょうか? なので離縁させていただけませんか? 旦那様も離縁した方が嬉しいですよね?だって……。 *小説家になろう、カクヨムにも投稿しています

妹と王子殿下は両想いのようなので、私は身を引かせてもらいます。

木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるラナシアは、第三王子との婚約を喜んでいた。 民を重んじるというラナシアの考えに彼は同調しており、良き夫婦になれると彼女は考えていたのだ。 しかしその期待は、呆気なく裏切られることになった。 第三王子は心の中では民を見下しており、ラナシアの妹と結託して侯爵家を手に入れようとしていたのである。 婚約者の本性を知ったラナシアは、二人の計画を止めるべく行動を開始した。 そこで彼女は、公爵と平民との間にできた妾の子の公爵令息ジオルトと出会う。 その出自故に第三王子と対立している彼は、ラナシアに協力を申し出てきた。 半ば強引なその申し出をラナシアが受け入れたことで、二人は協力関係となる。 二人は王家や公爵家、侯爵家の協力を取り付けながら、着々と準備を進めた。 その結果、妹と第三王子が計画を実行するよりも前に、ラナシアとジオルトの作戦が始まったのだった。

婚約者を友人に奪われて~婚約破棄後の公爵令嬢~

tartan321
恋愛
成績優秀な公爵令嬢ソフィアは、婚約相手である王子のカリエスの面倒を見ていた。 ある日、級友であるリリーがソフィアの元を訪れて……。

処理中です...