悪役令嬢は魔神復活を応援しません!

豆狸

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32・誘拐犯には負けません!⑦

「マローネの国王陛下は、あなたの虜なの?」
「そうよ」

 リモーネを人質にした将軍が、疎ましげに唇を噛む。

「そんなのおかしいわ」
「なんですって?」
「だってマローネの国王陛下はドライアドの灰の中毒患者なんでしょう? ラーモ殿下が言っていたわ。国王陛下があなたの虜なら、言うことを聞かせるためにドライアドの灰を与える必要はなかったんじゃなくて」
「バ、バカね。あれは国王が欲しがったのよ。国王はね、あたしのように魔力の強い人間に憧れていたの。だから一時的にでも魔力を高めるドライアドの灰をあげたのよ」
「子爵も? 子爵もドライアドの灰の中毒患者だったわ。彼は魔力が強かったのでしょう? それを隠してモンスター退治の義務から逃げて、強い魔力は領民を苦しめることにしか使っていなかったのよね?」
「そうよ。だからどうだっていうの? ドライアドの灰を求めたことと、あたしの虜になったことはべつよ。それに、そうよ! 伯爵はドライアドの灰中毒じゃないわ」
「でも伯爵令息のクリゾリートにはドライアドの灰を飲ませたのよね」
「あれは、あのバカが望んだことよ。なにが伯爵夫人よ。あたしの首席を奪っただけなんだから、あのバカの子どもの魔力が弱いのなんか当たり前じゃない……ふふっ」

 彼女に刻まれた恐怖よりも、嫌悪のほうが強くなっていく。
 子どものリートが飲むことになるとわかっていて、ドライアドの灰を伯爵夫人に渡した彼女は、部下を通じて貴族の令嬢や侍女たちにドライアドの灰を与えるときもなんの罪悪感も持たなかったのだろう。
 だから、こうして幸せそうに笑えるのだ。

「わかったわ、あなたは子爵と伯爵とマローネの国王陛下を虜にしたのね」
「そうよ。あたしは魅力的なの」
「大公の父さまには相手にされなかったけど」
「……あ、当たり前じゃない。エルフを嫁にするような変態が、あたしみたいにマトモな女を相手にするわけないじゃない」

 どうやら彼女は、ドライアドに捕らわれた人間の妄想をエルフに重ねているらしい。
 両親をバカにされたことに対する怒りを、わたしは飲み込んだ。
 わたしはまだ、自分の魔力を制御できない。
 この状況では封印魔術の歌を最後まで歌うことも無理だ。
 前世の乙女ゲームの知識が教えてくれた状況の違いが、きっと意味を持つ。
 大切な人たちを助ける力になってくれる。

「ふぅん。じゃあマローネの国王陛下の中毒が治療されたら聞いてみたいわ。本当にあなたの虜になっていたのか。銀の賢者が創った浄化の水晶を隣国に貸し出したから、国王陛下が回復するのはもうすぐよ」
「え」

 疑問の声を発したのは、予想通り後ろの男だった。

「陛下が、陛下が回復なさるのか?」
「うるさいわね。なに、こんな子どもの言うことを本気にしてるのよ。国王はあたしが治療してやるって言っているでしょう? いい? あたしは、子爵に殺されるところだったお前を助けてやったのよ? お前は命がけであたしに尽さなくちゃいけないわ。一度裏切ったのを許してやっただけでも……ぐふっ」

 怒鳴りながら振り向いた彼女の胸を、男の剣が貫いた。

「きゅー!」

 吹き出す血が視界に入る前に、きゅーちゃんがわたしの顔にしがみつく。
 いつの間にかきゅーちゃんもリモーネの配下に入っていたようだ。
 ひどいこと、ひどいものを聞かせないように、見せないように。
 本当にそうやっていては生きていくことはできないけれど、わたしを思いやっての気持ちだということはわかるので、とても嬉しかった。

「……父さんと母さんを騙して、俺を子爵に売ったのも貴様たち親子じゃないか」

 幽かな呟きが聞こえた後、なにかが崩れ落ちる音がしてきゅーちゃんが離れた。
 彼女が倒れても、手を離れて転がった灯かりは消えていなかった。
 暗い地下通路を揺れるロウソクの炎が照らす。
 白黒の陰影は深いが、色は鮮やかではない。
 わたしは血塗れの死体を見ずに済んだ。
 剣を振るいながらも支えていたリモーネの体を、男が近くの壁に預ける。

「お嬢さん、目の前ですまなかった。マローネの国王陛下の話は本当だろうか。……いや、本当でなかったとしてもラーモ殿下を裏切るくらいなら、こんな女さっさと殺しておけば良かった」
「浄化の水晶の話は本当です。ただ、ほかの被害者を助けてからなので、少し後になるのですが」
「大丈夫だ。女癖は悪いものの、陛下は体を鍛えてらっしゃる。毒を飲ませるものがいなければ、これ以上悪化することはないだろう」

 今、と、乙女ゲームとの違い。
 それはマローネの国王陛下の生死。
 忠誠を誓った王が亡くなった後ならば、遺された王子と王妃を守ればいい。
 でも王が生きていたならば、忠誠が深ければ深いものほど王の命を優先するだろう。
 目の前の彼は、国王を救うという彼女の言葉を信じて従っていたのだ。
 ラーモ殿下は監禁されただけだった。
 彼女の目的はラーモ殿下誘拐の罪を父さまに着せることだったのだと思う。

 ……想像だけどね。

 あ、そういえば浄化の水晶の記憶を失わせる効果はどうするのかしら。

「お嬢さんは偉いな。あなたと同じ年ごろのときの俺は、いつか裏切ってやると心で唱えるだけで、実際はこの女の言うなりになることしかできなかった。やっと裏切ったのは成長して、この女が羨望している伯爵令嬢を攫って……傷つけろと言われたときだ。それからマローネに渡って、なんの後ろ盾もなかった俺を陛下が認めてくださって、なのに俺はなんの力にもなれず、殿下を裏切るような真似を……」

 彼は苦しげに自戒する。
 ラーモ殿下が言ったように最初から魔術師を疑ってはいたが、正体が彼女だということは国王が寝たきりになるまで気づいていなかったのだという。

「いえ、彼女と一緒にいたのが、マローネの国王陛下に忠誠を誓ったあなたで良かったです。将軍閣下……ですよね」
「その称号は取り消されているだろう。陛下と殿下、王妃殿下方がご無事なら、俺は思い残すことはない。だが、この女の死体でこの場所を穢さないよう、せめて地上まで運ぼう。魔術のほうは大丈夫か?」
「満月で魔力を強めているので、月が沈めば効果はなくなると思います。それに魔術師がいなくなったから……」

 将軍と話しながら、わたしはリモーネに近づいた。
 寝息は乱れていない。
 普通に眠っているだけだ。
 彼には、彼女の体よりもリモーネを運んでもらったほうがいいかしら。

「ん……お嬢さま?」

 術者が死んだせいか、リモーネが瞼を上げた。
 頭上の大公邸でもみんな目覚めているに違いない。

「なんだか薄暗いですね。私、一体……まあここは、大公邸に危険が迫ったときに逃げるための隠し通路じゃないですか。どうしてこんなところに?」
「隠し通路のことを知っていたの?」
「ええ? お嬢さま付きの侍女になったとき、大公さまと奥方さまに教えていただきました」

 ──その瞬間、

「ハア?」

 死んだはずの彼女の叫び声がして、目の前の壁に将軍の体が叩きつけられた。

「ぐうっ!」

 呻きながら剣を手にした将軍に、黒い泥のようなものが襲いかかる。

「オカシイワ、オカシイワヨ、オカシイワヨネ。アタシノホウガ綺麗ナノニ、アタシノホウガ有能ナノニ、ドウシテイツモアタシバカリ損ヲシテイルノ? 大公ハアタシニ隠シ通路ノコトナンカ教エテクレナカッタ。アノ男ヲ誘惑デキタラ、アノ女ヲ見返シテヤレタノニ、アタシノコトヲ相手ニシナカッタ」

 彼女の声でしゃべっているのは、彼女の体から流れた血が床に魔術呪文を描いたドライアドの灰と交じり合ったもののようだ。
 乙女ゲームの中に、こんなモンスター出て来ただろうか。

「憎イ、憎イ、憎イ。アノ女、伯爵令嬢、伯爵夫人。アタシモ貴族ニナリタイ。金ガアッテモ商人ナンカいや。アタシハ子爵夫人程度ノ女ジャナイ。えるふ、えるふ、アノ憎イえるふメ。アタシヨリ魔力ガ強クテ綺麗ダナンテ許サナイ。アタシヨリ若イ女タチガ憎イ。どらいあどノ灰、どらいあどノ灰サエアレバ、ミンナ自由ニデキル。ナノニドウシテ国王ハアタシヲ新シイ王妃ニシヨウト言ワナイノ。王子ナラ、えるふノ森デ魔力ヲ吸ッテ魔神ノ入レ物ニ相応シクナッテ年頃ニナッタ王子ナラ、アタシノ魅力ガワカルハズ」

 いくつも頭がある床から伸びた蛇のような姿で、ぶつぶつと呟き続けている。
 将軍は、二度目に岩壁に叩きつけられたきり動かない。
 胸の辺りが上下しているようだから、気絶しているだけだろう。

 ……だといいのだが。

 駆け寄って確認する余裕はなかった。

「な、なんですか、あれ! お嬢さま、私の後ろに」
「きゅきゅーっ!」

 わたしにリモーネが覆いかぶさり、リモーネの背中できゅーちゃんが布の翼を広げる。
 ダメよ。わたしがみんなを助けなきゃ。
 だって魔力が強いんだもの。
 前世の乙女ゲームの記憶があるんだもの。

 ……みんなのことが大好きなんだもの。

 だけどどうしたらいい?
 魔力を高める満月の夜だけど、暴走なんて自分の意思ではできない。
 封印魔術の子守唄は、あんな存在にも通用するんだろうか。

「魔神、魔神、マママ魔神。魔神ヲ復活サセレバ、世界ハアタシノ思イ通リニナル。ナルハズ、ナルノ、ナラナクチャ!」

 襲い来る数多の黒い泥が、きゅーちゃんの手前で霧散する。

 ……霧散?

 軽やかな足音が、通路の向こうから近づいてきた。
 黒い泥を霧散させた人物。
 床に転がった灯かりが、銀色の闖入者を照らし出す。
 わたしは呆然として呟いた。

「銀の……賢者?」
「はいはいラヴァンダ、久しぶり。クリゾリートはいないけれど、最初の授業だよ。ほら、こっちにおいで」
「お、お嬢さま、あの人なんなんですか?」
「大丈夫よ、リモーネ。エルフの森の銀の賢者だから」
「賢者さま? お嬢さまの家庭教師で、あの……きょきょきょ……のエルフですか?」
「きゅ?」
「本物だと思うわ。行きましょう。狭いから、そんなに距離もないし」

 この強い魔力と、銀に輝く髪と瞳は真似できるものではない。
 わたしはリモーネときゅーちゃんを促して、銀の賢者に近づいた。
 なんだか驚きが頂点を越えると、却って冷静になってしまうわ。
 というか、賢者を前にすると前世でいうところの塩対応になるんだと思う、わたし。

「どうしてここに?」
「俺、ラヴァンダの家庭教師になったよね? 家庭教師は家まで来なくちゃ。はい、見て」

 賢者は手のひらに光を生じ、彼女の死体の近くを照らした。
 彼が示す辺りを覗き込む。
 銀の賢者の魔術は相変わらず呪文もないし、血を滲ませてもいない。
 彼女がわたしの心臓に埋め込むと言っていた、どす黒い赤色の生臭い宝石もどきが割れている。どす黒いかけらに混じって、小さな石が転がっていた。

「これ、俺が投げたんだ。モンスターはこういう核を持ってるから、ちゃんと砕かないとダメだよ。これはね、術者の怨念が宿ることで核となったんだ」

 言いながら、賢者はかけらをさらに踏み砕いて粉々にした。

「最後に浄化」

 彼は手のひらの光を落とす。
 粉々になったかけらは、光と一緒に消え失せた。

「次のときはラヴァンダとクリゾリートにやってもらうから」
「はあ。……えっと、助けてくださってありがとうございます。森を出て大丈夫なんですか?」
「本当はもっと前から出られたんだ。だって千年も封印してるんだよ? 魔神の核だってそこまで強くない。でもね、俺が森から出られないってことにしておくと、いろいろ釣れるから、さ」
「ああ……今夜はどうして?」
「質問ばっかりだね、ラヴァンダ。初めての授業で浮かれているのかな? 今夜は……というか、この前人形を破壊したときから、ソイツ、人形を作った魔術師のことは見張っていたんだよ。今夜は魔術を使う気配がしたから覗きに来た」
「そうですか。えっと……彼女の体か、あちらで倒れている男性を運んでもらえますか?」
「俺、十八歳以上の巨乳美少女以外には触りたくない」
「……」

 とか言っている間に将軍が呻きながら体を起こしたので、彼に彼女の体を運んでもらって、わたしたちは隠し通路から出た。
 傷ついているのに申し訳ないとは思ったけれど、わたしやリモーネには運べないし、ここに置いていくのも心配だし、銀の賢者は……うん、ねえ?
 大公邸への入り口へ続く道は、リモーネが知っていた。

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