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中編 子爵令嬢の決意
──侯爵令嬢スフォルトゥーナは正妻の娘ではなく、結婚前の侯爵がメイドに手を出して産ませた娘だ。
侯爵には正妻との間にミケーレやテレーザと同い年の跡取り息子がいる。
にもかかわらず侯爵家がスフォルトゥーナを引き取って令嬢として養育したのには、ふたつの理由があった。ひとつは彼女の母親のメイドが出産の際に亡くなったのを正妻が哀れに思ったこと、もうひとつは侯爵家と長年不仲だった隣領の大公家に彼女と同い年の息子がいて、融和のための政略結婚相手としてちょうど良かったことである。
正妻は実の娘だと思って厳しく育てようとしたのだが、侯爵は実母を喪ったスフォルトゥーナを溺愛して甘やかした。
トルッファトーレ男爵令息は、ミケーレ達が入学する前の年まで学園で教職に就いていた。これまでも女生徒に手を出しているのではないかという噂があったのだけれど、当の女生徒達が彼を庇って否定するので罰を受けたことはなかった。
そんな女性扱いの上手い彼が年上の男性に甘やかされるのに慣れたスフォルトゥーナを口説き落とすのは、とても簡単なことだっただろう。
家の都合で結ばれた政略結婚の婚約だ、学園時代の多少の浮気心は大目に見ようと考えていた大公令息も、妻子持ちとの不倫に興じる姿までは許容出来なかった。
スフォルトゥーナ有責の婚約破棄でなく、病弱という理由を作り出しての婚約解消にしたのは大公令息の恩情である。
男爵令息は学園を追われたものの、離縁はされていない。子どもが成人するまでは、と妻が再構築を受け入れたのだ。
そう、男爵令息自身が離縁ではなく再構築を望んだのだ。
彼にとって女生徒達はただの摘まみ食いで、生涯をともにする対象ではなかった。
もちろん娘に甘いモンティ侯爵も男爵令息のような男との結婚は許さなかっただろう。
調査書を読み終わって、ミケーレは頭を抱えた。
「君は……知っていたのか、テレーザ」
「学園内は密室で、世代ごとに秘密があります。私は兄がスフォルトゥーナ様と同世代でしたので」
「婚約者の君を差し置いてスフォルトゥーナ様と夜会やお茶会へ行くのはやめろと父に言われていたが、こんなことは教えてくれなかった」
「せっかく大公令息が内密に収めてくださったのに、ミケーレ様に話しているのを使用人にでも聞かれて噂になってしまったら、寄り親のモンティ侯爵家に申し訳が立たないと思われたのでしょう。それに……普通の方なら婚約者がいる身でほかの女性と出歩くこと自体、不適切であると考えて慎みますもの」
「……」
ミケーレとテレーザは、学園に入学する少し前に婚約した。
スフォルトゥーナの婚約が解消されたのは、それから少し後、彼女が学園を卒業する直前だった。
父親にテレーザとの婚約を解消してスフォルトゥーナと婚約したいと申し出たミケーレは、病弱な彼女ではマーリ伯爵家の跡取りが望めないと言われて諦めた。
「婚約解消の書類に署名していただけないのでしたら、調査書ごと返していただけますか?」
「あ、ああ。すまない、今後はスフォルトゥーナ様のことは忘れて君のことを大切にする」
「結構ですわ」
書類の束を受け取って、テレーザはミケーレを睨みつけた。
「貴方なんか違法薬物の密輸入とスフォルトゥーナ様殺害の罪で処刑されてしまえば良いのです。もしトルッファトーレ男爵令息に良心が芽生えて証言し、貴方が釈放されたそのときは私のほうが自害いたしますわ」
「テレーザ、そんな……」
「貴方がスフォルトゥーナ様との婚約を諦めたのは、彼女が病弱で跡取りが望めないと言われたからでしょう? 今回彼女が亡くならなくて、しばらくしてから貴方の子どもを産んでいたと言いに来たらどうなりました? たとえ私との間に子どもが生まれていても、彼女の子どもを溺愛したのではないですか?……モンティ侯爵のように」
「それは……」
「私だけならフォンターナ子爵家のために我慢いたします。ですが、子どもに辛い思いをさせたくはありません。貴方の妻になって子どもを産む道具にされるくらいなら、私は死にます。神殿は自害を禁じていますけれど事情を知ればきっと理解してくださいますわ」
テレーザは真っ直ぐにミケーレを見つめてくる。
意志の強い瞳に映されて、ミケーレは初対面のときのことを思い出した。
あのときのテレーザもこんな風にミケーレを見つめて、嫁ぐからにはマーリ伯爵家のために頑張りますわ、と言ってくれたのだった。
侯爵には正妻との間にミケーレやテレーザと同い年の跡取り息子がいる。
にもかかわらず侯爵家がスフォルトゥーナを引き取って令嬢として養育したのには、ふたつの理由があった。ひとつは彼女の母親のメイドが出産の際に亡くなったのを正妻が哀れに思ったこと、もうひとつは侯爵家と長年不仲だった隣領の大公家に彼女と同い年の息子がいて、融和のための政略結婚相手としてちょうど良かったことである。
正妻は実の娘だと思って厳しく育てようとしたのだが、侯爵は実母を喪ったスフォルトゥーナを溺愛して甘やかした。
トルッファトーレ男爵令息は、ミケーレ達が入学する前の年まで学園で教職に就いていた。これまでも女生徒に手を出しているのではないかという噂があったのだけれど、当の女生徒達が彼を庇って否定するので罰を受けたことはなかった。
そんな女性扱いの上手い彼が年上の男性に甘やかされるのに慣れたスフォルトゥーナを口説き落とすのは、とても簡単なことだっただろう。
家の都合で結ばれた政略結婚の婚約だ、学園時代の多少の浮気心は大目に見ようと考えていた大公令息も、妻子持ちとの不倫に興じる姿までは許容出来なかった。
スフォルトゥーナ有責の婚約破棄でなく、病弱という理由を作り出しての婚約解消にしたのは大公令息の恩情である。
男爵令息は学園を追われたものの、離縁はされていない。子どもが成人するまでは、と妻が再構築を受け入れたのだ。
そう、男爵令息自身が離縁ではなく再構築を望んだのだ。
彼にとって女生徒達はただの摘まみ食いで、生涯をともにする対象ではなかった。
もちろん娘に甘いモンティ侯爵も男爵令息のような男との結婚は許さなかっただろう。
調査書を読み終わって、ミケーレは頭を抱えた。
「君は……知っていたのか、テレーザ」
「学園内は密室で、世代ごとに秘密があります。私は兄がスフォルトゥーナ様と同世代でしたので」
「婚約者の君を差し置いてスフォルトゥーナ様と夜会やお茶会へ行くのはやめろと父に言われていたが、こんなことは教えてくれなかった」
「せっかく大公令息が内密に収めてくださったのに、ミケーレ様に話しているのを使用人にでも聞かれて噂になってしまったら、寄り親のモンティ侯爵家に申し訳が立たないと思われたのでしょう。それに……普通の方なら婚約者がいる身でほかの女性と出歩くこと自体、不適切であると考えて慎みますもの」
「……」
ミケーレとテレーザは、学園に入学する少し前に婚約した。
スフォルトゥーナの婚約が解消されたのは、それから少し後、彼女が学園を卒業する直前だった。
父親にテレーザとの婚約を解消してスフォルトゥーナと婚約したいと申し出たミケーレは、病弱な彼女ではマーリ伯爵家の跡取りが望めないと言われて諦めた。
「婚約解消の書類に署名していただけないのでしたら、調査書ごと返していただけますか?」
「あ、ああ。すまない、今後はスフォルトゥーナ様のことは忘れて君のことを大切にする」
「結構ですわ」
書類の束を受け取って、テレーザはミケーレを睨みつけた。
「貴方なんか違法薬物の密輸入とスフォルトゥーナ様殺害の罪で処刑されてしまえば良いのです。もしトルッファトーレ男爵令息に良心が芽生えて証言し、貴方が釈放されたそのときは私のほうが自害いたしますわ」
「テレーザ、そんな……」
「貴方がスフォルトゥーナ様との婚約を諦めたのは、彼女が病弱で跡取りが望めないと言われたからでしょう? 今回彼女が亡くならなくて、しばらくしてから貴方の子どもを産んでいたと言いに来たらどうなりました? たとえ私との間に子どもが生まれていても、彼女の子どもを溺愛したのではないですか?……モンティ侯爵のように」
「それは……」
「私だけならフォンターナ子爵家のために我慢いたします。ですが、子どもに辛い思いをさせたくはありません。貴方の妻になって子どもを産む道具にされるくらいなら、私は死にます。神殿は自害を禁じていますけれど事情を知ればきっと理解してくださいますわ」
テレーザは真っ直ぐにミケーレを見つめてくる。
意志の強い瞳に映されて、ミケーレは初対面のときのことを思い出した。
あのときのテレーザもこんな風にミケーレを見つめて、嫁ぐからにはマーリ伯爵家のために頑張りますわ、と言ってくれたのだった。
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